第15話
その後、情報精査を一通り済ませ、依頼の見積もりや支払いに対する注意事項等の説明を行った私達は、宿を取る為に侯爵邸を後にする事にした。
マルグリット様は、屋敷内の客室を使ってはと言ってくれたが、夜間も調査に出て迷惑を掛けるかもしれないので、とリゼが丁重にお断りした。
「それでは。何かありましたら、使い魔を向かわせますので」
「かしこまりました。……どうか、よろしくお願いします」
門の前。頭を下げるエマさんに会釈して、私達は歩き出した。
時刻はちょうどお昼時。町の飲食店からは賑わいの声と、お肉が焼ける香りが漂ってくる。
「お腹へったね……、私達も何か食べよっか」
「……………」
「……リゼ?」
「え!? あぁ、うん。そうだねっ」
返事が無いことを不思議に思ってリゼの方を見ると、彼女はどこか鋭い目付きをしてとある方向を見つめていた。いや、睨んでいた、と言うべきか。
私がもう一度声を掛けると、リゼはハッとしていつも通りの笑顔をこちらへ向ける。
「……何かあった?」
「ううん、ちょっと考え事。とりあえず、ご飯食べる前にどこかで換金しなきゃね」
リゼの言葉に、確かにと頷く。
“赤のギルド”は転移魔法で依頼主のいる国へ直接向かう為、特定の貨幣を蓄えず宝石や貴金属を貯蔵し、転移先の国で換金して使うのが常らしい。私達もギルドを出る際、経費として宝石の付いた装飾品を幾つか持たされた。
街を歩きながら、これらを買い取ってくれるような丁度いい店を探す。
大通りにあるようなしっかりした店では、私達のような一見の客が宝石を持ち込んでもまず買い取ってもらえない。盗品の可能性があるからだ。
なので、私達は路地裏にひっそりと立つ、あまりお行儀の良くなさそうな店で換金をする事にした。
店に入ると、初老の店長が「……いらっしゃい」と無愛想な挨拶を投げてきた。
一見するとあまり良い印象を受けないが、こういうタイプの人は実家の商会でもちょいちょい見かけた事がある。
物品の出処は気にせず、持ち込み人への詮索もせず。ただ、物に対して適切な金額を払う職人のような人が多かった印象だ。
眼の前の御仁もそのような性格らしい。私達が買い取りを希望する事を伝え、指輪やら首飾りやらをカウンターに置くと、店長は何も尋ねることなく、ルーペ片手に鑑定を始める。
宝石の輝きや大きさを一通り確認した店長は「……全部買い取るんならこれぐらいだ」と手書きで簡素な見積もりを渡してきた。
元商人の私から見ても、妥当な金額だ。それでお願いします、と頷くと、店長は手にしていた首飾りとルーペを置いて立ち上がった。
「金庫から金を取ってくる。ちょっと待ってな」
そう言って、店長は店の奥へと消えていく。店内には私達以外の客がいないらしく、しんとした静寂が辺りを包んだ。
「……………」
ふと、隣のリゼへと視線を向ける。彼女は先程と同じような、鋭い目付きを浮かべていた。
その様子は、普段の柔らかい彼女からは想像もできない程に冷たくて。私は思わず息を呑む。
「………ティア、よく聞いて」
ぽつり、と。
リゼが私の名前を呼んだ。
「私達、つけられてる」
「…………っ!?」
大きな声が出そうになるのは、何とか堪えた。
つけられている。一体いつから?
侯爵邸を出た時。リゼが鋭い目をして何処かを睨んでいたけれど、まさかその時にはもう既に尾行されていたのだろうか。
「……一体、誰が?」
「わからない。……呼吸音からして三人。かなり手慣れてるみたい」
口元に手を当て、何か考え込むリゼ。
「ねぇ、ティア。ティアの魔法って特異属性だったよね?」
「え? うん、シャボン玉みたいな膜を張るだけ、だけど……」
「成る程、ね。あのさティア、ちょっとお願いしたいんだけど………」
暫く話していると、店長が金貨が詰まった袋を片手に戻ってきた。先程の見積りと袋内の金貨が同額であることを確認した私達は、お礼を言って店から出る。
先にリゼが出て、後から私が続く。店長に軽く会釈をしながら扉を閉めた。
パタン、と軽い音がして、扉が完全に閉じられる。
瞬間。
「───ッ!」
小さく空気が爆ぜるような音と共に、リゼの姿が消えた。
……いや、実際に消えた訳ではない。風魔法を使って脚部に風を集めたリゼが、物凄い速さで駆け出した為、消えたように見えただけ。
『私達を尾行してる人達が何なのか、確認したいの』『店から出た瞬間、私がそっちに向かって走り出すから、ティアは後から付いて来て』
先程、リゼと打ち合わせしたにも関わらず、あまりの速さに一瞬何が起こったのか分からなかった。
遅れて、私も走り出す。幸い、リゼの脚に宿っていた魔力の残滓が花弁のように空間に舞っている為、どっちに行ったかだけは分かる。
リゼが帯びていた緑色の魔力は、路地裏の更に奥へと続いていた。驚きの感情を孕んだ悲鳴は、私達を尾行していた者達のものだろう。
……そりゃあ、可愛い美少女の後を付けていたら、いきなりその子が魔法を使って自分へカッ飛んで来たんだから、悲鳴のひとつやふたつ上げたくなる気持ちも分かる。
そんな事を思いながら、リゼの後を追う。
路地裏の最奥、建物に囲まれた行き止まり。ちょっとした広場のようになっている場所に、彼女の姿はあった。
何処からか取り出したのか、リゼは薄緑色の剣を手に持ち、追跡者と思われる男達と対峙している。
リゼが先程言っていた通り、男は三人。どこかで見たことがあるような、黒ずくめの服を身に纏っていた。
三人の内、一人は何本もの剣で壁に縫い止められており、身動きが取れずにいる。
もう一人は短剣を手に、リゼが振るう剣と風魔法を防いでいた。
そして、最後の一人は、リゼの風を掻い潜りながら、ここから逃げようとして──
「ティア、お願い!」
──そして、私の魔法に阻まれた。
シャボン玉のような膜を張る、という私の特異属性魔法。
普段はそれこそシャボン玉みたいに、綺麗な球状にして使っているソレ。だが今回は地面を円の中心としてドーム状に展開し、私達ごと男達をシャボン玉の中に閉じ込めたのだ。
それを見て、逃げられない、と悟ったのか。リゼの剣を短剣で何とか凌いでいた男は「まいった!」と叫んだ。
持っていた武器を投げ捨て、両手を上げて降参の意志を示す。逃げ出そうとしていた男も、それに倣った。
「まいった。我々は決してお前達に危害を加えるつもりは無い。だから、攻撃するのを止めてくれないか」
男の言葉を受け、リゼはゆっくりと剣を下ろした。
だが、警戒は解いていない。ゆるやかに立つその足は、何時でも踏み込めるように片足だけ半歩前に出されている。
男達が何か妙な動きを見せれば即座に斬り捨てる、とリゼの目が語っていた。
「……では何故、私達の後をつけていたのですか」
冷酷さを滲ませたまま、リゼが男達に問う。
なんか、敬語のまま喋っているのが余計に怖い。凄味を感じる、と言うのだろうか。
「我々はとある事情で、ファーブロス侯爵家の調査を行っていた。侯爵邸に張り込みを行っている最中、お前達が屋敷を訪れた為、我々が調査している事柄と関係あるかどうか判断する為に尾行をしていたのだ」
答えたのは、最初に武器を捨てて降参を選択した男だった。どうやら、彼がこの三人の中でリーダーのような存在らしい。
「とある事情、というのは?」
「流石にそれを教える事はできない」
リーダー格の男は毅然とした態度で、首を横に振る。まぁ流石に、そう簡単に教えてくれる訳はないか。
……それにしても。この男達が着ている衣装、どこかで見たような────
───あっ。
「もしかして、ファルベ王家の“影”……?」
そうだ、思い出した。
予言書のとあるページ……ヴィオラや恋人候補以外の人物……いわゆる端役をまとめたページに、彼らと同じ服を着た人物の姿絵があり、王家直属の密偵部隊と説明されていた。
本に描かれていたのは女性だったが、身に纏う黒い服は眼の前の男達が着ているものと一致する。
「…………何故、我々の正体を知っている?」
私が“影”という単語を溢した瞬間、男達の目が変わる。
リーダー格の男、逃げ出そうとしてシャボン玉に阻まれた男、未だ壁に縫い止められている男までもが、弾かれたようにこちらを見た。
三人の男達に睨むように注目され、思わず肩が跳ね上がる。
瞬間、視界の端で影が跳ねた。
地面を蹴ったリゼが一飛びで私の前まで移動し、男達の視線から私を庇うように立った。警戒を緩めず、手に持った剣を彼らに向けている。
「ごめん、リゼ。失言だった……」
「ううん。むしろナイスだよ、あのままだと膠着状態が続いてただろうし」
お互いにだけ聞こえるぐらいの音量で、私達は言葉を交わす。
勿論、男達からは目を逸らさず、常に意識を向けたままだ。
「それにしても、まさか王家の影とはね……」
どうしようか、とリゼが呟く。
王家直属の影ということは、先程彼らが言ってたいた『ファーブロス侯爵家の調査』も、王家から受命されたという事になる。
……私達にとって重要なのは、その調査命令が何に対してなのか、だ。
侯爵家そのものか、それとも侯爵家内の誰かなのか。もし個人が対象だとしたら、それは一体誰か。
ファーブロス侯爵か侯爵夫人、もしくは侯爵家に仕える使用人なら問題はない。だがもし、その対象が侯爵令嬢……マルグリット様だとしたら、私達にも多少の関係がある。
私達が下手をする事によって調査が難航したり、マルグリット様に悪影響が出るのは避けたい所だ。
「………」
私達がとれる選択肢は、ふたつ。
このまま逃げるか、素直にこちらの正体を明かすか。
……正直、難しい選択だ。
逃げるだけなら、容易だとおもう。彼らを泡のドームに閉じ込めたまま、リゼの足の速さをもってすれば、この場はすぐに逃げ出せるだろう。
だが、それはただの先延ばしでしかない。彼らがファーブロス侯爵家を張り込んでいる以上、いずれまた鉢合わせる事になるだろう。
だが、こちらの正体を明かすのも少し考える。私達の正体や目的を彼らに話すなら、マルグリット様から受けた依頼についても触れる事になる。
第二王子が関わる依頼である為、何かあった際には依頼内容を第三者に話す可能性がある事はマルグリット様に説明しているし、彼女の許可も取っているが……あまり積極的に話す事は避けたい。
知る人が多くなればなる程に漏洩のリスクが増え、計画が頓挫する可能性が増える。商談と一緒だ。
メリットとデメリット。そのふたつを天秤に掛け、思案する。
さしあたって私達が知るべきなのは、彼らの調査対象がマルグリット様か否か。なら……
「…ねぇリゼ、こっちの正体を明かしてみない?」
私の考えている事を理解したらしく、リゼが男達に向けていた剣をゆっくりと下ろす。
「……できる?」
「まかせて。こういうの、実家の商会で叩き込まれてるから」
こちらの正体を少しだけ開示する代わりに、向こうから情報を引き出す。……こういう交渉術も、商談の基本だ。
一歩前に踏み出し、リゼの隣へ立つ。
気取られないようにゆっくりと深呼吸し、“赤のギルド”としての口調で彼らへと話し掛けた。
「“影”の皆様、取引を致しませんか?」
「取引……だと?」
「えぇ。我々が何者なのか、何故“影”の事を知っているのか……皆様には疑問に思う事が多々あるでしょう。こちらの提案を受け入れて頂けるのなら、その疑問にお答え致します」
「……提案とは?」
「我々からの質問に、嘘偽り無く答えて頂くだけです。そうですね……」
口元に右手を当て、少し考え込むような仕草をとる。数拍の沈黙の後、私は包帯が巻かれた右手の指を一本、火傷の無い左手の指を三本立て見せた。
「私達の質問にたったひとつ答えて下されば、皆様からの質問にみっつお答えします。勿論、この取引は他言無用、王家の“影”がファーブロス侯爵家を調べていた事も口外致しません」
私の言葉に、男達は顔を見合わせた。提案を受け入れるかどうか、迷っているのだろう。
……このような駆け引きは、よくカードゲームに例えられる。手元にある情報をチラつかせ、いかに相手の手札を開示させるか。
その例に沿って考えれば、私の提案は一見すると、男達にとても有利なものに見える。彼らはたった一枚の情報を見せるだけで、私達から三枚のカードを取る事ができるのだ。
では、これは私達にとって不利な提案かと問われれば、それは違う。
私達は予言書のお陰で、彼らの情報を幾つか把握している。カードゲームの例えで言えば、相手の手札が数枚透けて見えているのだ。
対して、向こうは私達のことを何ひとつわからない状態。こちらの正体、目的、何もかもが謎のまま。
そんな私達に、三枚のカードを開示させる事が出来る。しかも、自分達はカードを一枚切るだけ。
多少怪しく見えるが、彼らは乗ってくるだろう。何故なら彼らは王家の“影”であり、本来はその存在すら気取られてはいけない存在。そんな自分達を、一介の冒険者が知っているとなれば、情報の出処を探る必要があるだろう。
……それにホラ。普段は金貨一枚でひとつ買える物が、今だけ金貨一枚でみっつ買えるって言われたら、みんな買いたくなるでしょ?
「……ひとつ、条件がある」
「何でしょうか」
「質問はこちらから行わせてもらうこと。回答に虚言が混じらないよう、魔道具を使わせてもらう。このふたつだ」
「分かりました。ですが、こちらからもひとつ条件を。こちらからの質問にも、その魔道具を使用させて頂きたく思います」
「無論だ」
私の言葉に頷いたリーダー格の男は、懐から何かを取り出した。
木を短剣の形に削ったものだ。一見、騎士とかが模擬戦で使う木剣のナイフ版のような物に見える。
……予言書に書かれていたから知っている。これは『聖木の剣』という、ファルベ王国にのみ存在する魔道具だ。
司祭や聖女など、聖職者の祈りを受けて育った木を剣の形に削った物であり、何もなければただの木剣に過ぎないが、嘘を口にしてこの木剣の刃部分に触れると、本物の剣のように傷が付く……といった代物だ。
優れた魔道具ではあるが、種を植えてから加工できるぐらい育つまで毎日祈りを捧げる必要がある為に大量生産が難しく、また木という材質上すぐに劣化してしまうといった欠点がある。
その為、この魔道具の存在はごく一部しか知らず、国王と大司教、そして彼ら”影“にしか所持を許されていない。
予言書に書かれていた聖木の剣は国王が持つものであり、一般的な剣のような長さと華美な装飾が施されていたが、目の前にあるそれは本当に木をナイフの形に削っただけの無骨なものだった。
黙ってナイフを見ている私を、魔道具の説明を求めていると思ったのだろう。男はこの木製ナイフが嘘を暴く物である事だけを告げると、実演するように「自分は女だ」と分かり易い嘘を口にし、刃部分に指で触れる。
皮が薄く切れ、じわりと血が滲む指先を私達に見せると、こちらへ魔道具を突きつけて来る。質問に答える時は同じようにしろ、という事だろう。
「では、質問させてもらおう。お前達は何者だ?」
「我々は異世界探偵事務所、通称“赤のギルド”の団員です」
回答し、木で出来た刃に指を滑らせる。
しっかりと磨かれた木の滑らかさと温もりを感じる手触りだ。勿論、私の指に傷はできていない。
「ふたつ目、何故我々が王家の影だと知っている?」
「……一言で回答するのは難しいですが、我々ギルドはとある方から王族絡みの依頼を受けまして。その遂行の為に情報を集めて、影の存在を知りました。
もっとも、我々が知っているのは影が纏う服装のみであり、所属している方々を把握している訳ではありません。皆様が影の服を着ていたので、そうではないかと思い口にしただけです」
嘘は、言っていない。
依頼主は第二王子の婚約者であり、その王子の浮気が事の発端である為、王族絡みなのは間違っていない。そして、その任務の為に(予言書を読んで)情報を集め、影のことを知ったのだから。
屁理屈ではあるけれど、言った事は別に間違ってはいないはずだ。そう思いながら、再び木製ナイフに触れる。
指は切れず、内心ホッと一安心。
「……最後の質問だ。お前達の目的は?」
「勿論、依頼の完遂です」
「………その依頼の内容を聞いている」
男の口調は、先程よりもやや鋭い。
王族絡みの依頼、という言葉に警戒しているのだろう。暗殺依頼かもしれない、と。
「……わかりました。本来は秘さねばならない事ですが、お話し致します。我々はファーブロス侯爵令嬢から依頼を受けました」
ナイフに触りながらマルグリット様から受けた依頼内容をざっくり話しつつ、腰のポーチから証拠を取り出す。マルグリット様が依頼の為にギルドへ送った、ファーブロス侯爵家の家紋が刻まれた封筒だ。
テオバルド殿下とヴィオレッタ・ドゥンケル公爵令嬢との不貞は、“影”も知っているらしい。
聖木の剣によって真実だと判明した私の言葉と、証拠である便箋に書かれた文字とファーブロス侯爵家の家紋を見て、男達は納得したように息を吐いた。
「……成る程な。他の“影”からテオバルド殿下が婚約破棄を考えている、という報告は聞いていたが」
深刻そうに呟いて、リーダー格の男はガリガリと頭を掻く。他二人の男も、顔を曇らせて俯いてた。
「色々と憂い事はあるでしょうが、まずは約束通り我々の質問にお答え下さい。…と言っても、薄々察しはついていると思いますが」
一呼吸置いて私は男達へ、王家の“影”へと問い掛ける。
「“影”の皆様、お答え下さい。皆様が王家より賜った命令は、マルグリット様と……我々の任務と関係がある内容ですか?」




