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第13話


ふわり、と浮遊感を感じた。


雲の上にいるような、ふわふわと頼りない感覚。


やがてそれは段々と薄まって、靴底が石畳を踏むような硬い感触と、ざわざわという人々の喧騒が耳に届く。


瞼を上げ、眼前の光景を確認する。


……私達は、薄暗い路地裏にいた。私とリゼ以外は誰もいない。


おそらく、何も知らない人に転移の瞬間を見られると目立ってしまうから、トモキさんが人気の無い所を選んでくれたのだろう。


隣を見ると、リゼも私と同じように周囲を伺っているようだった。


「……うん、座標のズレは無し。間違いなくここはファルベ王国の王都だね」


「分かるの?」


「さっき路地裏の外を通った人達が『ファルベの王都に来るのは久しぶり』って喋ってたから」


……驚いた。こんな路地裏から表通りの人々の会話を盗み聞くとは、リゼは物凄く耳が良いらしい。


聞くに、リゼの家系は殆どが風か音の属性を持って生まれてくるらしく、その影響からか皆聴力に優れているんだとか。


リゼも風属性を持っていて、四人兄妹の中で一番耳がいいらしい。魔法で音をかき集めれば、地上にいても地下室で床に落としたコインの音ぐらいなら聞き分けられる、との事だ。


「とりあえず、まずはファーブロス侯爵のお屋敷に行かなきゃね」


リゼの言葉に頷き、私達は路地裏から出た。出来るだけ自然な風を装って人混みの中に紛れ込む。


トモキさんが教えてくれた通り、道なりに進んで十字路を右へ。五分もしない内に、立派なお屋敷が見えて来た。


広さは“赤のギルド”のハウスよりも小さいが、装飾の美しさや手入れされた庭との調和性はこちらの方が高い。


……というかギルドハウスの大きさが異常なだけだよね、アレ。


そんな事を考えながら、お屋敷へと近付く。門の近くでは門番と思わしき男性が一人、立っていた。


「………あの、すみません。こちらはファーブロス侯爵様のお屋敷でしょうか」


軽く深呼吸して心を落ち着かせ、門番へと話しかける。


……今回は私の初依頼という事もあり、依頼主や要人との会話業務は出来るだけ私が行うと、事前にリゼと話し合って決めていた。


本来なら付き添いの団員が行うらしいが、私は薬売りとして貴族と話した経験があるとの事で任されたのだ。


貴族と話した経験、と言われても男爵や子爵しかなんだけど……とは思ったが、まぁ平民からしたら下位も高位も貴族である事には変わらない。


そもそも実家の商会で接客技術はそれなりに叩き込まれていたから、あとは言葉の節々を“赤のギルド”風に調整すればいいだけだ。


「はい、こちらはファーブロス侯爵邸ですが……何かご用ですか」


「我々は異世界探偵事務所、通称“赤のギルド”と申します。此度はファーブロス侯爵令嬢、マルグリット様より賜ったご依頼の件で参りました。

 お取次ぎをお願いできますでしょうか」


「はぁ……」


私の言葉に、門番は曖昧な声を漏らしながら訝しげな視線を返してくる。


まぁ、当たり前の反応だ。見慣れない冒険者が『お宅のお嬢様から依頼を受けたから』と言って訪ねて来ても、普通は警戒するだろう。


しかも私、フード被ってるし。怪しさは倍増だろう。


そう思いながら、私は腰のポーチから封筒を取り出し「こちらを…」と門番に見せた。


それは、ファーブロス侯爵令嬢が“赤のギルド”に送って来たものだ。今日の十時に侯爵邸へ来て欲しい、という旨が書かれた手紙。


転移魔法の都合で封蝋は“赤のギルド”の紋章だが、封筒や便箋はファーブロス侯爵令嬢が用意した物であり、それらには侯爵家の家紋が描かれている。


そして、便箋に書かれている文字は間違いなくファーブロス侯爵令嬢によるもの。便箋の筆跡と家紋を見た門番は、驚いたように目を見開いた。


「しょ、少々お待ち下さい……!」


そう言って、門番は小走りで屋敷の方へ去っていく。……他の使用人を呼びに行ったのだろう。


「凄いね、ティア。言葉使いも対応もバッチリだよ」


さすが商豪の娘だね、と笑うリゼ。まぁこれぐらいなら飛び込み営業みたいなものだし、容易いものだ。


むしろ問題はこれから。“赤のギルド”としては初心者である私が、ちゃんと依頼主と話すことができるのだろうか。


「大丈夫だよ、もし困ったら私がフォローするから」


「…うん、頼んだ」


いやほんとマジでお願いねリゼ。頭の中で何回も予行練習してるけど、本番になったら絶対どこかで言葉に詰まったりしちゃいそうだし。


そんな事を話していると、屋敷の方から人影がこちらに歩いて来るのが見える。先程の門番が帰って来たらしい。


門番は一人ではなく、侍女を伴っていた。黒い髪をひとつに纏めた侍女は、私達の前までやって来ると丁寧に頭を下げる。


「“赤のギルド”の方々ですね? お嬢様がお待ちです。どうぞこちらへ」


そう言われて案内されたのは、高価そうな調度品で上品に飾り付けられた応接室だった。


……こういう貴族のお屋敷には応接室が幾つかあって、来客の身分等によって通される部屋が変わる。私達が案内された応接室はおそらく、商人等を通す為の一番ランクが低い部屋だろう。


けれど、生まれも育ちも平民の私からしたら、十分な豪華さだ。その部屋の圧とでも言うべき雰囲気に、思わず気圧されそうになる。


そして、そんな部屋の気品にも負けない程の優雅さを湛えたご令嬢が、こそにいた。


予言書に描かれた絵の通り、黒く豊かな髪に、夕焼けを閉じ込めたような瞳。透き通るような白い肌。


ご令嬢───マルグリット・ファーブロス侯爵令嬢はこちらに向き直ると、穏やかに微笑んだ。


「お待ちしておりました、“赤のギルド”の方々。書面にてご存知かとは思いますが、改めてまして……私はファーブロス侯爵家が娘、マルグリットと申します」


「お初にお目にかかります、私は“赤のギルド”団員のティアと申します。こちらは、同じくギルド団員であるリゼです」


……正直、吐くほど緊張してる。


私は震えそうになる声を何とか抑えながら、ゆっくりと頭を下げた。リゼも私に続いて礼をする。


ファーブロス侯爵令嬢に「どうぞお座り下さい」と促され、私達はソファに腰を下ろす。フカフカとした感触が、身体を包み込んだ。


「さて、ファーブロス侯爵令嬢様」


「マルグリット、とお呼び下さいませ」


「そんな……侯爵令嬢様をお名前でお呼びするなど」


「今回の依頼は、ファーブロス侯爵令嬢としてではなく、私個人としてお願いしたものです。

 なので是非、名前でお呼びいただければ」


「……かしこまりました」


念を押すように名前で呼ぶ事を希望され、私は頷いた。クライアントがそう望んでいる事を謙遜し続け拒否するのは、逆に失礼に当たる。


ふと、いい香りが鼻腔をくすぐる。見ると、私達をこの部屋まで案内した侍女がお茶を淹れてくれていた。


「では、マルグリット様。本日のご依頼は『婚約者が不貞を働き、マルグリット様との婚約を破棄しようとしている』とお伺いしましたが、詳細をお聞かせ願えますでしょうか」


私の言葉にマルグリット様は頷き、侍女が淹れた紅茶を一口飲むと、ポツリポツリと語り始めた。


マルグリット様はこの国の第二王子であるテオバルト・ズィルバーン殿下と、幼い頃から婚約関係にあった。


この国の第一王子は生まれつき体が弱く、順当に行けばテオバルト殿下が王位を継ぐ事になる。


そんなテオバルト殿下の婚約者として選ばれたのが、古い歴史を持ち、何代か前の王妃を輩出したファーブロス侯爵家。そして、侯爵の子供の中で唯一の女児であり、殿下と同歳だったマルグリット様だ。


いわゆる、政略結婚。燃え上がるような恋は無いが、それでも穏やかな親愛を育んでいきたいと、思っていた。


最初の違和感は、婚約を結んで数年経った辺り。テオバルト殿下の態度が、段々とよそよそしくなっていったという。


特に何をした覚えは無い。テオバルト殿下の周囲で何かあったのかと思い、城で働く侍女や彼のお目付け役である老執事に聞いてみるも、「特に変わった事は無かった」という答えしか返ってこなかった。


それでも、まだ婚約者として接する事は出来ていた。定期的に開かれるお茶会で親睦を深めようと尽力し、然るべき場では殿下の婚約者として相応しく振る舞う。


殿下のすげない反応も、もしかして勉学や剣の修練が上手くいかずに苛ついているのかもしれない等と、淡い希望を握り占めて。


全てが完全に狂い始めたのは、今から一年と少し前。マルグリット様とテオバルト殿下が、王立学園に入学してから、との事だ。


マルグリット様はテオバルト殿下とはクラスが異なっていたが、婚約者として殿下のクラスには時折足を運んでいた。


そして、見た。


自分の婚約者であるはずのテオバルト殿下が、とある令嬢と中睦まじく接しているのを。


ただの友人、と言うにはどう見ても距離が近すぎる二人。自分には決して見せないような、テオバルト殿下の蕩けるような笑み。


それを見た瞬間、二人がどういう関係なのか、マルグリット様は理解したという。


彼女はすぐに、婚約者へ注意した。愛妾を持つのは否定しないが、醜聞が広がってしまうから人目に付く場所で逢瀬をするのは止めて欲しい、と。


だが、長年素っ気ない態度を取っていたテオバルト殿下は、彼女の注意を侮蔑と捉え激昂した。


後はもう、成すがままだった。テオバルト殿下はその令嬢と逢瀬を重ね続け、マルグリット様は噂がどう捻れて伝わったのか、浮気相手の令嬢を虐める悪女として人々の口の端に上る事になる。


そんな、針の筵のような学園生活を送っている時、ふと、殿下と件の令嬢が密会している場面を見かけてしまった。


咄嗟に身を隠した為、見つかる事は無かった。だが代わりに、テオバルト殿下の言葉が聞こえてきたのだ。


『君と婚約を結ぶ為に、次に学園で開かれる創立記念日を祝うパーティーで、マルグリットを断罪し婚約破棄を突き付ける』と。


「──以上が、私が皆様に依頼を送る事になった経緯です」


一通り話し終えたマルグリット様は、再度カップに口を付けた。


彼女の話は、おおむね予言書の内容と一致する。…マルグリット様視点の話である為、所々に主観が混ざってはいるが。


マルグリット様と第二王子(テオバルト)殿下が幼い頃より婚約関係である事。その理由が、第一王子が病弱であり、テオバルト殿下が王位を継ぐ可能性が高い為。


この辺りは、予言書にもしっかりと記載されていた。


浮気相手のご令嬢というのは……おそらくヒロインとして描かれていたヴィオラ・グラオ男爵令嬢の事だろう。


……にしても。断罪、とは随分な言い種だ。むしろ罪があるのは、浮気をしたテオバルト殿下の方ではないのだろうか。


「……成る程、事のあらましは理解しました。では早速、依頼を遂行する──その前に、ひとつだけ伺いたい事があるのですが」


「はい、何でしょうか?」


聞きたい事、というよりは確認だ。


こういうギルドに限らず商人や職人相手にも、誰かに何かを依頼をする時は必ず明らかにすべき事項。


「それは、マルグリット様の希望です。私達“赤のギルド”に依頼するにあたり、何を成したいのか……それを教えて頂きたいのです」


……そう、彼女から送られてきた依頼の手紙には『こうしたい』という内容は一切書かれていなかった。


どんな優れた職人であろうと、客からのオーダーがしっかりと定まっていなければ、どう作っていいのか迷ってしまうのと同じ。


「私の希望、ですか…」


「はい。例えば──」


……どうしよう。こういう時は似たような過去の事例を幾つか挙げるものなんだけど、私自身が知っている事例がミーダ国の一件しかない事に、言いかけて気が付いた。


提示できるプランが復讐しかないとか、流石にそれはどうかと思う。内心慌てていると、それに気付いたのか、リゼが私の言葉を引き継ぐように口を開いた。


ありがとうリゼ、ナイスフォロー。本当に助かる。


「例えば、過去にマルグリット様と同じような依頼を受けた際には『婚約者の不貞を公にしたい』と希望される方が一番多く、次いで多かったのが『婚約者と関わりたくないので他国に逃げたい』という希望でした。

 他にも『婚約者に復讐したい』と希望される方、少数ではありますが『婚約者とよりを戻したい』という方もいらっしゃいましたね」


リゼが次々と過去の事例を挙げていく。


それを聞いたマルグリット様は暫く考え込むように沈黙すると、己の気持ちを整理するようにポツポツと言葉を紡ぎ始めた。


「……私は、不貞を働いたテオバルト殿下の婚約者を続けたいとは思えません。殿下へ復讐したいと考えた事もありません。

 ただ、知りたいのです。殿下の言う断罪とは何なのか。もしそれが、幼い頃に殿下が急によそよそしくなった理由と関係があり、原因が私にあるというなら、甘んじて罰を受け入れましょう。


 ……ですが、もしその罪が冤罪であるのなら、それが偽りだと暴いて頂きたいのです。

 ティア様、リゼ様。どうか──全てを白日の下に晒して下さいませ」


深々と頭を下げるマルグリット様。


私とリゼは互いに顔を見合せ、こくりと頷き合った。


「『冤罪からマルグリット様をお守りする』。依頼、承りました。どうか我々“赤のギルド”にお任せ下さい」



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