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12.5話

ティア達が任務に出発した後のギルドでのお話。

ノワール視点です。






「任務、気をつけて下さいね。リゼさんと一緒なら安全とは思いますけど」


「はい。いってきます」


「いってらっしゃい」


俺が手を振ると、ティアさんは会釈して廊下の向こうへ歩いていく。


歩く度にフードに付いたウサギの耳がピョコピョコと揺れて、可愛らしい。


ティアさんの姿が廊下の奥に消えるのを見届け、俺は朝食を摂る為に食堂へ足を運んだ。


……初任務に赴く彼女が心配だが、あのリゼさんと一緒なら大丈夫だろう。


そんな事を考えながら歩いていると、不意に後ろから声を掛けられた。聞き慣れた声、振り返ると予想通りの顔が……俺の義理の姉とも言えるフェノンさんが、そこにいた。


「おはようございます、姉さん」


「ん、おはよ。ノワも今からご飯? よかったら一緒に食べていい?」


「構いませんよ」


そんな事を話しながら、二人で食堂の扉をくぐり、席に座る。お冷を持ってきた埴輪に、各々朝食を注文した。


「ん……、そういえばさ、ノワ」


「はい、何ですか?」


「日頃からちょいちょいティアを口説いてるみたいだけど、あれ何? この前ティアから相談されたんだけど」


「……? 何、と言われましても。好きな女性にアプローチするのは当然の事では?」


「ぶっ……!」


お冷に口を付けていた姉さんがゴホゴホとむせ込む。


……そんなにおかしな事を言っただろうか。


「げほっ………ねぇノワ、多分それ、ティアには伝わってないと思うよ。

 だってティア、『先輩が何を考えているのかよくわかんない』って言ってたし」


「まぁ薄々は察してました。俺はただ、自分の気持ちをストレートに言葉にしてるだけなんですけどね」


「表情筋の問題じゃないかな」


そんな事を言われても。感情が表に出にくいのは生まれつきだから仕方ない。


だからその分、口で想いを伝えているつもりだったのだが………どうやら本気だと思われていなかったようだ。


けれど、こちらの言葉に対して、ティアさんはいつも顔を真っ赤にして慌てているので、少しは異性として意識してくれていると思いたい。


そんな事を話していると、給仕の埴輪が注文した料理を運んできた。


俺は普通の朝食を頼んだので、クロワッサンにコーンスープ、蒸し野菜が付け合わされた目玉焼きと、一般的なメニューが並ぶ。


対して、姉さんの前に並べられたのは、ヂョンファ風の料理だった。


包子(パオズ)という、小麦粉の生地で具を包んで蒸した白いパンのようなもの。茹でた卵を茶色いタレに長時間浸けて味と色を染み込ませた茶葉蛋(チャーイエダン)に、温めた豆乳に砂糖を加えた豆漿(トウチアン)


多くの人にはあまり馴染みのないメニューだろうが、ゴフィスール家では時折食卓に並ぶ事があったので、俺はそれなりに見慣れている。


食欲を刺激する香りに誘われるまま、俺と姉さんは各々食事へと手を伸ばした。


「……そういえば、姉さん」


「ん?」


「ティアさんから相談を受けた、と言ってましたけど。変なことは話してませんよね?」


「……ノワが思ってるような事は言ってないから、安心していいよ」


ならよかった。俺は何もしてないのに勝手に好感度が下がってる、なんて事があったら、いくら姉さんでも少し恨む。


「ん……にしても、ついにノワにも春が来たかぁ。いつから好きだったの?」


「最初から、ですかね。ティアさんがギルドに来た次の日からは、もう想いを伝えてましたよ」


「うわっ……私の弟、手ぇ早すぎ……?」


そんな事を言われても。本当に、最初(・・)から好きだったんだから仕方ない。


正直にそう言うと、姉さんは瞳を輝かせながらニヨニヨと口元を緩めた。


弟の恋路を茶化そうとしているのだろう、魂胆が見え見えである。


「ふぅーん、そうなんだ。ティアのどんなとこが好きになったの?」


「んー……、全部、ですかね」


「ぜんぶ」


「はい、全部です」


「……そういう所だよ、ノワ」


そう呟きながら姉さんは包子を手に取り、はふはふと頬張る。


俺の恋愛云々をからかおうとしたが、あまりに予想外の回答に毒気を抜かれたらしい。


慣れない事はする物じゃないですよ、姉さん。


「にしても、会って数日でそこまで惚れ込むなんてね。一目惚れってやつ?」


「………まぁ、そんな所ですね」


曖昧な返答を返しながら、スープをスプーンで掬い口へ運ぶ。


姉さんの言葉は一部間違いではあったが、訂正するのも面倒なのでそのまま流す事にした。


ついでに、このままだとまたからかわれそうな気がしたので、反撃に出ることにする。


「で、俺にそう言う姉さんこそどうなんですか? 彼氏さんとは」


……以前、ティアさんに『兄弟で入団している人は多い』と説明したが、実は一番多いのは恋人同士の団員だったりする。


ギルド内で付き合い始める事もあるが、元々交際していたり想い合っていた二人がそのまま入団してくるケースが多い。国から追放された聖女とそのお付の人とか、陰謀に巻き込まれて逃げてきた婚約者同士の貴族とか。


“赤のギルド”は、そういった人達に対して一種の避難所のような役割を果たしている。ヒノモト風にいうなら駆け込み寺、だろうか。


姉さんも、そんなギルドに所属するカップル達の一組だ。もっとも、ここは国外追放とか陰謀とか、そこまでの一大事があった訳ではないが。


「………………い」


「姉さん?」


「クレイは昨夜に潜入任務に行っちゃってもういないのー!」


みー!と謎の鳴き声を上げて、普段のキャラをかなぐり捨てた姉さんが机に突っ伏した。


「……あぁ、成る程」


普段は彼氏さんと一緒に食事を摂っているのに、なぜ今日は俺に声を掛けてきたのか。その謎が解けて、俺は一人呟く。


姉さんの彼氏は腹芸に長けている為、諜者としての任務に向かう事が多い。


勿論、潜入という事は、数ヶ月にも渡る長期任務になる事が殆どで。好きな人と長期間会えないとなると、姉さんが嘆きたくなる気持ちも分かる。


「まぁでも、仕事なんですから仕方ないのでは?」


「違うの! 私が嘆いているのはそこじゃなくて」


「なくて?」


「潜入先でまた(・・)変な女に捕まらないか心配なの………」


「………あぁ」


思わず口から、相槌のようなため息混じりの声が漏れた。


姉さんの彼氏は何というか、本人は至ってマトモなのだが………少々、特殊な女性に好かれやすいのだ。


例えば、寝床まで付け回してきて夜這いを仕掛けようとしたストーカーとか。私の物になってくれないなら……とか言って殺しにくるヤベー女とか。


いわゆる地雷女と言われる人達を、なぜか異様なまでに惹きつけてしまう性質らしい。


因みに、彼が一番最初に遭遇したヤベー女は、姉さんの種違いの妹……一応俺の義妹に当たる存在だ。話すと長くなる為、詳細は伏せる。


まぁとにかく、そんな彼氏が任務に向かったのなら、姉さんが心配するのも仕方ないかもしれない。


「まぁでも、何だかんだクレイ君なら大丈夫では?彼、姉さんのこと大好きですし」


「ん、そりゃ浮気とかの心配はしてないけど。でもほら、自分の彼氏に他の女が言い寄るって、何かこう、ね………?

 例えばノワだって、ティアが自分以外の男に言い寄られてるの、嫌じゃない?」


姉さんにそう言われ、食べる手を止めて考えてみる。


もし、ティアさんが見知らぬ男に言い寄られていたら……


「とりあえず、その男に麻痺毒を仕込みますかね」


「……ノワも十分にヤベー奴だよ」


そんな事を言われても。


それに、猛毒ではなく麻痺毒なのだから、まだ温情なのではないだろうか。


そんな事を考えながら、クロワッサンを口へと運ぶ。


彼氏が潜入任務に赴いた姉さんと、好きな人が初任務に向かった俺。


俺達は姉弟仲良く朝食を摂りながら、お相手の無事を祈るのだった。




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