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第12話


その後、予言書を一通り読んだ私とリゼは、昼食を摂り、そのまま装備を整える為に被服室と鍛冶場に顔を出す事にした。


まずは、距離的に近い被服室へと向かう。


私が今持っている服は、ギルドハウスに来た時の着古しと、私の特徴ともいえるウサギを模したフード付きの上着。それとリゼから譲ってもらった数枚の普段着のみ。


流石にそれで任務に行くのは如何なものか、という事で、冒険者風の服を見繕う事にした。


まず足を運んだのは被服室……の隣にある服の保管庫。部屋全体が大きなクローゼットのようになっており、市民の普段着から貴族が着るような華やかな物、ヒノモトやヂョンファなど異国風の物まで、様々な服が納められていた。


これらの服は基本的に潜入任務時に使われる物だが、服飾部署のお許しが出れば団員が個人の服として持っていって良い事になっている。


最も、よほど特殊な服でない限り、ほぼ許可は下りるとのことだ。


勿論、ギルド団員が任務に行く時に着るような冒険者風の服も、数多く納められている。私はリゼとあれこれ話しながら、服を選んでいった。


「ティアの髪は純白だし肌も白いから……濃い目の色が似合うんじゃないかな、これとか!」


「や、可愛くはあるけど、流石にスカートの丈短くない……?」


……なんか、友達とショッピングしてるみたいで、ちょっと楽しい。学校に通っていた頃はクラスに馴染めてはいたけど、休日は家の手伝いやら何やらで遊ぶ事は出来なかったし。


そんな事を思いながら掛かっている服達を眺め、時折手に取ったり体に当てたりしてみる。


暫く悩んだ結果、ワンピースの上に白のローブを羽織る事にした。これならフードを被っても、冒険者パーティーに所属する白魔導師のように見えるだろう。


ただ、白いローブだけでは協会所属のシスターや聖女と勘違いされる可能性がある為、装飾部署に所属するお針子さんに魔導師に見えるよう刺繍をお願いする。


「……あ、ついでにウサギ耳の袋も付けてもらえる?」


「あ、それにも付けるんだ……」


私が添えた注文に、リゼが思わず苦笑を漏らす。


いやだって、便利だよ? ウサ耳の袋。


「刺繍と耳袋の取り付け、ですね。分かりましたっ」


そんな苦笑するリゼを余所に、お針子の少女はコクコクと頷いた。


茶色く伸ばした髪に薄紫の瞳、緑色のリボンを付けているこの針子の名前はリア。見た目や名前やお揃いのリボンで察する事ができるが、リゼのひとつ下の妹だ。


リゼとリア。そっくりな姉妹ではあるが、双子というほど似通ってはいない。身長や声や目元の垂れ具合など、色々な部位で見分ける事ができる。


「今日の夕方頃には完成すると思います。出来上がったらティアさんのお部屋まで届けますね」


にっこりと微笑むリアちゃんに「お願いね」と手を振り、私達は被服室を後にした。




続いて訪れたのは鍛冶場。こちらはギルドハウスの裏庭に建つカズヒコさんのアトリエ小屋に併設されている。


埴輪を使い魔としているカズヒコさんのアトリエらしく、小屋の中には沢山の埴輪がいて、鉄を打ったり武器の刃を研いだりしていた。


給仕や掃除、在庫管理や代筆が出来る事は知っていたけど、埴輪って鍛冶までできるんだ………。


「あら、いらっしゃい。待ってたわよ」


そんな埴輪達の向こう側から、声が投げ掛けられる。このアトリエの主であるカズヒコさん……ではなく、サーリャさんだった。


「サーリャさん、お疲れ様です。……カズさんは?」


「あぁ、カズはね。徹夜してるのに『あ、新しいアイデア下りてきた』とか言って鉄を打とうとしたから、流石に寝かせたわ」


ぐっ、と握り拳を見せるサーリャさん。……寝かせた(気絶)じゃないことを願おう。


「マオさんから聞いたわよ。ティアが初任務に行くから、装備を見繕いに来たんでしょ?」


「はい」


……と言っても。私は基本的に武器という物に縁がない生活をしてきた。今まで手にした事がある刃物は、調理や薬草採取の時に使うナイフぐらいだ。


「そうね、素人がいきなり剣や槍を握っても、逆に怪我をしかねないし。だから……こんなのならどうかしら」


そう言ってサーリャさんが机の上に置いたのは、鞘に納められた戦闘用短剣(ダガー)だった。


手で促され、ダガーを持ち上げる。ズシリとした重みを感じるが、これなら普通に振り回せるだろう。


鞘から取り出してみる。磨き上げられた刃が微かな光を反射して、きらりと輝いた。肉厚な両刃は、刺す箇所によっては人の命を確実に奪える鋭さだ。


「まぁ、実際に戦闘を行うと決まった訳じゃないけど。自衛の手段は必要でしょう?」


サーリャさんの言葉に頷く。


元々、女の身で一人旅をしていたこともあってか、自衛の重要さは理解している。


旅をしている間も、魔物や野党に教われて、薬草採取用のナイフで対抗した事も一度や二度ではない。


刃を鞘へと仕舞う。手に感じる確かな重さ。柄には“赤のギルド”の紋章が刻まれていた。


……じわり、と実感が迫る。


私は“赤のギルド”の団員として任務に向かうんだ、という実感。


「はにはに!」


それを噛み締めていると、不意に埴輪の一人が鳴き声を上げた。


サーリャさんがその埴輪に近付き、一言二言なにか話すと、クルリとこちらへ振り替える。


「ティア、リゼ、執務室から連絡よ。貴女達の依頼主から返信があったわ。先方は明日の午前十時に相見を希望、ティアとリゼは明日の九時に転移室に集合するように、って」




そして、次の日。


いつも通りに起床して食事を終えた私は、一度自室に戻り、保管庫から選んだ冒険者風の服を身に付けた。


膝が微かに見える丈のワンピース、その上にローブを羽織る。私の白い髪に同系色のローブでは色がぼやけてしまいそうだが、中に着たワンピースやローブに施された刺繍が差し色となって引き締めてくれている。


ベルト部分には、小さなポーチと鞘に納めたダガー。足元は踵が低めの歩きやすいブーツ。ウサギの耳が付いたフードを被れば………うん、旅の白魔導師としておかしくない格好だ。


頭の中には、期待と不安が半分ずつ。……例えるなら初めて制服に袖を通して入学式に向かう学生のような気持ちで、部屋から出る。


「おや、ティアさん。おはようございます」


集合場所に向かっている途中、ふと、ノワール先輩と出くわした。


「おはようございます、先輩」


「今日はギルド団員としての装いですね、とても似合っていて可愛らしいですよ」


「むぐ………」


……ノワール先輩は相変わらずの無表情で、本気なのか冗談なのか、その言葉の意図が分からない。


顔を赤くする私を見て、ノワール先輩はふふと笑みをこぼす。……こういう事はこの一ヶ月の間に何回も言われてるのに、なかなか慣れない。


我ながら、そっち方面の耐性が無いにも程がある。世の中のモテるお嬢様方には、是非こういう言葉を言われても動じない方法を教えて頂きたいものだ。


「任務、気をつけて下さいね。リゼさんと一緒なら安全とは思いますけど」


「はい。いってきます」


「いってらっしゃい」


手を振る先輩に会釈して、廊下をさらに進んでいく。


転移室は中棟の三階、一番端の部屋だったはず。


廊下を掃除する埴輪達を横目に階段を上っていくと、目的の部屋の前にリゼがいるのが見えた。


向こうもこっちに気付いたらしく、挨拶の言葉を口にしながら私に向かって手を振っている。


「ごめんリゼ、待った?」


「ううん、大丈夫。今来たとこだよ」


そう言って微笑むリゼも私と同じように、冒険者風の服を見に纏っていた。


ケープのような黒いマントから覗くのは、薄緑色のチュニックにショートパンツ。白い足を包むのは、膝丈の編み上げブーツ。


全体的に動きやすそうな服装だ。このままフードを被れば、冒険者ギルドに所属する斥候か何かに見えるだろう。


………正直、意外だった。リゼのイメージからして、私のように魔導師や聖職者風の装いだと思っていたから。


ただ、別に今の服装が似合わないという訳ではない。裾に花のようなフリルが施されたチュニックはふんわりとした印象で、機能性を損なう事なくリゼの持つ可愛さを引き出している。


「ティア、準備は大丈夫?」


主に心の、とリゼの目が言外に語りかけてくる。


震える心を誤魔化すように、コクリと頷いた。正直まだ不安はあるが、もうここまで来たら覚悟を決めるしかないだろう。


「よし、じゃあ行こっ」


そう言って、リゼは転移室のドアノブへと手を伸ばした。ノブを捻ろうとして、何かを思いだしたように「あ」と声を漏らす。


「……そういえばティアって、この部屋に入るのは初めてだよね?」


「……? うん、そうだけど」


だって今まで、ここに用事がなかったし。正直、この部屋が何をする為の物なのかすら理解していない。


「まぁ、任務行く時しか使わないもんね、この部屋」


「うん。……何かあるの?」


「あるって言うか何というか……、初見だとビックリするかも、と思って。……開けるよ?」


リゼの言葉に、特に何も考えずに頷く。


カチャという軽い音。扉がゆっくりと開き、室内の様子が見え───


「……え?」


僅かに空いた扉の隙間。そこから覗き見えた室内の様子に、私は思わず声を出してしまった。


黒い。その一言で説明できるほど、室内は暗闇に覆われていた。


カーテンが閉めたままだとか、照明が灯ってないとか、そんなレベルではない。夜の森の方がまだ明るいのではないかと思う程の、一条の光もない闇。


そんな闇に塗りつぶされた室内に、リゼは何の躊躇いもなく入っていく。その背を追って私もおそるおそる足を踏み入れると、リゼがパタリと扉を閉めた。


そんな事をすれば真っ暗になって何も見えなくなるのでは……と焦りかけて、気が付く。


見えている。光が無い暗闇では、本来何も見えないはずなのに。自分の手も、扉を閉じてこちらへ向き直るリゼも、全てが見えている。


「トモキさん、いますか?」


困惑している私を横目に、リゼは暗闇へ向けて声を投げた。ここは室内であるはずなのに、壁や床に反響するような感覚がない。


まるで何の遮蔽物もない草原に向けて叫んでいるようだ。


「お、呼んだかー?」


そんな、どこまでも続きそうな暗闇の中から、一人の男性が現れた。


気さくな雰囲気の男性だった。年齢は二十半ば程だろうか。黒い髪と瞳を持ち、キモノというヒノモトの民族衣装を着ている事から、ヒノモト人である事がわかる。


「おっ、そっちの子は新入りだっけか。俺はギルド内で転移を担当してるトモキ・ヒトトセ、よろしくな」


「あ……ティア・スキューマです、よろしくお願いしますっ」


ニカッと歯を見せて笑うトモキさん。反射的に、私も自己紹介して頭を下げた。


トモキ、という名前は聞いた事がある。私と同じ、ウサギが“見える”人の一人、だったはず。


「ティア………あぁ! そういや最近入った子が俺達と“同じ”だってカズ君から聞いたけど、君の事か!」


どうやら、トモキさんも他の人から私が見える人である事を聞いたらしい。


「っと……無駄話して依頼主との約束に遅れるのはよくねぇな。転移先はファルベ王国でよかったか?」


「はい、お願いします」


「オーケー。エン君!ユカリちゃん! 転移門展開、始め!」


「承知しました!」


「了解なのです、なのですよ」


トモキさんが、暗闇に向かって声を上げる。誰かに呼び掛けるようなその言葉に対し、返答が届いた。


今まで気付かなかったけど、この部屋には私達三人以外にも誰かいる……?


そう思って暗闇に目を凝らすも、眼前には一面の黒が広がるのみ。


そんな目の代わりに変化に気付いたのは、耳だった。


───シャン、シャン


そんな音が、聞こえた。


鈴の音か何かかと思ったが、よく耳を澄ますと全く違う事に気付く。


これは、葉が擦れ合う音だ。


…ほら、村に住む子供達とかがよくやる、そこら辺に生えている草を千切ってバサバサ振り回して遊んでいるような、そんな音。


それが一定間隔で規則正しく鳴るものだから、まるで鈴か何かだと勘違いしてしまったらしい。


そして、そんな葉の音が空間を満たしていくにつれ、視界にも異変が現れる。


黒しかない暗闇に、ぽつり、と。


夜空に瞬く星のように、か細い光の粒が現れたのだ。


そしてそれは、ひとつだけではない。


音に合わせてふたつ、みっつと数を増やし、やがて本物の星空と見まごう程の光が、視界一面に広がっていく。


それを見て、トモキさんが動いた。


懐から扇子を取り出し、バッと一気に開く。貴婦人が持っているような装飾華美なものでは無い、紙が張られたヒノモト製の扇子だ。


トモキさんが手首を返しながら扇子を振り上げる。その動きに呼応するように、光の粒が一点に集い、何かを形作っていく。


扉だ。お城の正門もかくやという程の大きさの、両開き戸。


「──はい、一丁上がり!」


扇子をパチンと閉じたトモキさんは、先程と同じようにニカッと眩しい笑顔を浮かべる。


「転移先はファルベ王国の王都に繋げといた。道なりに歩いて、十字路を右に曲がればファーブロス侯爵家のお屋敷があるはずだぜ」


トモキさんの言葉に返答しながら、私とリゼは光の粒でできた門へと向き直る。


そして、互いに顔を見合せて、コクリと頷き合った。


両開き戸の形をした転移門。そこにふたつ並ぶように付いているドアノブに、私とリゼは手を掛ける。


リゼは左の扉、私は右の扉。二人で一斉に戸を開けるような体勢だ。


「…行くよ?」


「ぅ…………、…うん」


せーの!というリゼの声に合わせて、扉を開け放つ。


勢いよく開かれる転移門。震える心を抑えながら、私は扉を潜り抜けた。




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