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第11話


その後、執務室を後にした私はリゼと共に、食堂隣の掲示板へ訪れていた。私が初めて受ける任務を選ぶ為だ。


掲示板はマオさんが言っていた通り冒険者ギルドによくあるタイプで、依頼が書かれていた紙がペタペタと張り付けられている。


リゼと共にそれらを眺めているが………正直、こういうのは初めてなのでどういう点から選ぶべきなのか、よくわからない。


「うーん………あ、これなんかどうかな?」


そう言ってリゼが掲示板から一枚の紙を取り、こちらへ見せてくる。


「どれどれ……」とそこに書かれている内容に目を通す、と


不貞を働いている婚約者に婚約破棄されそうです。

依頼主:ファルベ王国 ファーブロス侯爵令嬢 マルグリット様


「……いやいやいやいや! ハードル高いって!!」


全力で首を横に振る。だって侯爵って、侯爵家の令嬢とかって書かれてた!


こちとら少し前まで一般市民相手に薬を売ってただけの、ただの薬剤師。侯爵なんてもう、雲の上の存在だ。


そりゃあ、薬の効力を聞き付けた貴族からお声が掛かった事もあったが、直接対応したのは男爵や子爵のような階級が下の貴族のみ。


上位貴族…しかも王族、公爵の次に偉い侯爵家のご令嬢からの依頼。


何をもってリゼは私にこの依頼を勧めたのか、小一時間問い詰めたい。


「落ち着いてティア、ホラここ見て」


どうどう、と私をなだめながら、リゼは依頼が書かれた紙を指さした。言われるがままに彼女の白い指の先を見ると、紙の端っこに何やら小さいの絵ような物が描かれている。


二つの曲がった四角をくっ付けたような、開いた本を思わせるマークだった。


リゼ曰く、これは依頼の概要を示す為の記号らしい。他にも色々な種類があって、例えば剣の印は討伐依頼、ハートの印はハニトラなど見目の良さが重要視される依頼……等々。


「えっと……じゃあこの記号は初心者向けのマーク、ってこと?」


「初心者向けって訳じゃないけど、確実に他の任務よりはやり易い…と思うよ!」


そこは「やり易いよ!」って確定してよ。すこぶる不安になるじゃんか。


……うーん、でも他の依頼にはだいたい剣のマークが付いているし……この依頼が一番安全、かもしれない、のかも……?


「……わかった。リゼを信じる」


「じゃあ決まりだね。 えっと、依頼の受注方法なんだけど」


そう言うと、リゼは依頼の紙を持ったまま、こっちだよ、と歩き出した。


言われるがままに、その後をついていく。案内されたのは、先程まで私達がいた執務室だ。


……今まで気付かなかったのだが、執務室にも埴輪がいたらしい。とあるテーブルの上に、小型の埴輪がちょこんと座っているのを見つけた。


「ここにいる埴輪にね、依頼の紙を食べさせるの」


「ふむふむ………ん?」


あまりにもサラリと言った為、一瞬流しかけてしまった。


軽く混乱してる私を余所に、リゼは掲示板から剥がした依頼の紙をくるくると丸め、机の上にいる埴輪へ近付けた。


紙を差し出された埴輪はそのまま、あーん、と口を大きく開け、ぱくりと一口で頬張る。


「はにににに………はに!」


咀嚼するように、モグモグと口を動かす埴輪。両目を模したふたつの穴がピカッと光ったかと思うと、机の上に置いてあった便箋とペンを手に持ち、物凄い勢いで何かを書き始めた。


途中で止まる事なく一息で書き上げ、埴輪は自慢気に便箋を渡して来る。リゼはそれを受け取り、何かを確認したかのように頷いた。


状況が理解できず取り残されていた私は、呆然とその様子を眺める事しかできない。


そんな私に状況を説明するように、リゼは埴輪から受け取った便箋をこちらに見せるように掲げた。そこにはやや角張った綺麗な字が綴られてる。


『ご依頼いただきありがとうございます』から始まったその文には、依頼を受諾した事と、正式に依頼を受けるにあたり直接合って話したい為、希望の日時を教えて欲しい旨が、とても丁寧な文で書かれている。


どうやら、依頼主である侯爵令嬢へ宛てた手紙らしい。


「依頼の紙を埴輪に食べてもらうとね、依頼主への返信を書いてくれるの。後はこれを、事務官の誰かに渡して送ってもらえば完了だよ」


そう言うと、リゼは近くの事務官らしき人へ声を掛け、「依頼お願いします」と埴輪から渡された便箋を差し出した。


……というか此処って、マオさん以外にも事務官いたんだ。てっきり一人で回しているものとばかり思ってた。


「はいはい、任務ね」


声を掛けられた事務官さんが振り返る。…なんというか、派手な髪色をしたお兄さんだった。


緑と黄色の中間のような鮮やかな髪色。だけどその下からは、赤紫の髪がチラリと覗いている。どうやら、髪の表面と内側が異なる色味をしているらしい。


事務官さんはリゼから便箋を受け取ると、内容に不備がないか目を通す。確認を終えた便箋を綺麗に畳んで封筒の中に仕舞うと、ギルドマークの封蝋を使ってその口を閉じた。


その封蝋がボウ……淡く輝いたと思ったら、次の瞬間、まるで最初から何もなかったかのように、音もなく封筒が消失する。


……これで、依頼主の元へ手紙が送られたらしい。


「……はい、オッケー。これで後は向こうの返信待ちだよ。…そっちの子は新人だっけ? 初任務頑張ってね」


「あ、ありがとうございます」


ぺこり、と頭を下げる。派手な髪色に気圧され勝手に軽率そうな印象を抱いていたが、それなりに良い人なのかもしれない。


「あと………はい、これに目を通しておいて」


事務官のお兄さんは紫水晶(アメジスト)のような瞳を細めて笑うと、何かを思い出したように立ち上がり、壁際の棚から取り出した一冊の本をこちらに差し出して来た。


反射的に受け取り、表紙に目を落とす。そこには


『色彩国の聖女 公式ファンブック ファルベの色相環』


そんなカラフルな書体の文字と、数人の男女が描かれていた。


「えっと、これは………何です…?」


「んー……強いて言うなら、攻略本?」


「こーりゃく、ぼん」


馴染みの無い単語に、思わずオウム返し気味に返答してしまう。


「まぁ、簡単に説明すると───っと」


説明しようとしてくれていた事務官さんの言葉が、不意に止まった。首を傾げながらお兄さんの視線の先を見ると、先程の埴輪が再びペンを取って便箋に何かを書いている。


どうやら、他の団員が依頼を受けに来たらしい。他の事務官も各々の仕事を行っており、対応できそうなのは彼しかいないようだ。


「あ…行って下さい。ティアには私から説明しておきますから」


「そう? 助かるよ。また出立日時が決まったら連絡するね」


「はい、お願いしますっ。行こ、ティア」


リゼの言葉に頷く。聞きたい事は色々あったが、任務の受注という一番の目的が果たされた以上、ここにいても邪魔なだけだ。


お邪魔しました、と頭を下げる。そんな私を見て事務官さんは軽く笑って手を振ると、任務を受けに来た団員の対応に戻っていった。




執務室を後にした私達は、医務室へとやって来た。私が初めて“赤のギルド”に来た際、ベッドに寝かされていたあの部屋だ。


室内にはノワール先輩とシンが何やら話している。仕事の事かと思ったが、会話内容的にただの雑談らしい。私達に気付き、こちらへ視線を向けた。


「ティアさん、リゼさん、おはようございます。いい任務は見つかりましたか?」


「おはようございます。うーん……いい任務かどうかは分からないけど、とりあえず受注はしてきました」


二人は朝食後のお茶を飲んでいたようで、私達に椅子に座るよう促すと、淹れたての紅茶を差し出してくれた。


お礼を言いながら今まで抱えていた本を机の上に置き、カップに口を付ける。この優しい香りと味は、よくリゼが調合しているハーブティーだろう。


「…成る程、本付きの依頼か。確かにそれなら初めての任務でもやりやすいだろう」


机の上に置いた本を見て、シンが眼鏡を押し上げながらそう言った。


「で、結局この本って何なの? 事務官のお兄さんはこーりゃくぼん、とか言ってたけど」


「その本はね、うーん、何て言えばいいかな……中を見てみて?」


リゼに促されるまま、ページをめくる。


その中身は……なんだろう、表紙に写っていた数人の男女の情報を、詳しく纏めたものだった。


とある国の男爵令嬢、第二王子、騎士団長の息子、宰相子息、魔導士団長の嫡男………彼らの身長や誕生日、好物や魔法の属性と言った情報までプロファイリングされている。


男爵令嬢はともかく、国の重鎮やその子供の情報がこんなに載ってるなんて……この本が敵対国とかの手に渡ったら大変だろうな。


そんな事を考えながらパラパラと流し読みしていると、とあるページが目に入り思わず手が止まった。


そこには、装飾は控え目ながらも上品なドレスを纏ったご令嬢の姿が描かれており、その隣には


『ヒロインの恋路を邪魔する悪役令嬢!

 第二王子の婚約者 マルグリット・ファーブロス』


そんな文章が、添えられていた。


「あれ………」


ちょっと、待って。


さっき私が受けた依頼、その依頼主の名前って確か──


「うん、ティアが考えてる通りだよ」


私の表情から思考を呼んだのか、リゼがゆっくりと頷いた。


彼女が言うにこの本は、ここではないどこか遠い異世界の誰かが書いた予言書なのだという。


依頼主であるマルグリット・ファーブロス侯爵令嬢をはじめとした、ファルベ王国内にいる数人の男女の間に起こる出来事を予知したものだと。


「正しくは予言書の写本、かな。この本が書かれた世界には、げーむ、っていう情報媒体があって、その内容を書き起こしたのがこの本……らしいの。

 …他の団員からの受け売りだから、私もそんなに詳しくはないんだけどね」


ページに目を通してながら、リゼの言葉にふむふむと相槌を打つ。


曰く、こういう予言書はその異世界に何冊もあって、一部例外はあるものの幾つかの特徴があるらしい。


例えば、本に書かれている誰かを主人公にした物語調で書かれること。予言は一本道ではなく複数に分岐すること。主人公の邪魔をする敵役が登場すること……等々。


成る程。確かにこの本も、一番最初に名前が出てきたヴィオラ・グラオという男爵令嬢が女主人公(ヒロイン)として書かれている。


敵が登場する、というのもそうだ。私達の依頼主であるファーブロス侯爵令嬢が、ヒロインの恋路を邪魔する悪役令嬢だとハッキリ書かれていた。


複数の分岐、というのがよく分からないけれど……予言書を流し読んで得た情報からして……なんだろう、台本が複数ある演劇のようなもの、と考えればいいんだろうか。


普通の演劇であれば、ヒロインと想いが通じ合うヒーローは最初から決められている。けれど、この本のヒロインは誰と付き合うか明確に決められていない。


例えるなら、上演しながらヒロインが誰を相手に選ぶか決めて、それに合わせて脚本(ストーリー)が変わる演劇のようなもの、だろうか。


ヒロイン……この本でいうヴィオラ・グラオ男爵令嬢が第二王子の手を取れば、第二王子の台本に。宰相子息を選べば宰相子息の台本に合わせて、周囲がその通りに演じ(動き)はじめる演劇。


そしてこの本はさしずめ、それらのシナリオを全て纏めた総集本、といったところか。


「……あれ。じゃあ今回の依頼って、男爵令嬢(ヒロイン)が第二王子を選んだから発生した、ってこと?」


掲示板に張ってあった依頼の紙には『婚約者が不貞を働いている』とあった。そしてこの本曰く、ファーブロス侯爵令嬢は第二王子の婚約者であるらしい。


つまりこれは、ヴィオラが第二王子の手を取った為に、第二王子と結ばれる台本………この本で言う『第二王子ルート』と言われる予言に分岐した、という事だろうか。


「さぁな、そこまでは分からん。予言書はあくまで指標だ。実際に現場に行ってみたら全く違う状況だった、というのも無くはない」


ただ、とシンは言葉を続ける。


「予言書が指標たり得るという事は、逆を言えば、何かが起きない限り基本的に予言の通りになる、という事だ。

 ……そして、予言通りに進んだ世界に“赤のギルド”が干渉する事はない。ここに依頼が来る時点で、大なり小なりイレギュラーが発生している事を示している」


用心しろよ。そう紡がれたシンの言葉に、私は思わず両手を握り締めた。




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