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第10話


「はー、お腹すいた」


「ふふ、お疲れ様です」


ノワール先輩とそんな事を話しながら、食堂の扉を潜る。夕飯の時間という事もあり、食堂内はかなりの賑わいを見せていた。


空いている席に座り、お水を持ってきてくれた埴輪に料理を注文する。もう一ヶ月近くも繰り返してきたので、慣れたものだ。


……そう、一ヶ月。正しくは三週間と五日ほど。私が“赤のギルド”に入団してから、それぐらいの時間が経った。


最初は不安だったここでの生活も、住めば都とはよく言ったものだ。


いや、下手したら都よりも快適かもしれない。食事は無料で食べられるし、掃除や洗濯は埴輪達が行ってくれる。


仕事は今まで行ってきた薬の調合の為、気疲れなどは特に無い。初めは見慣れない植物や希少な魔物の素材が並んでおり萎縮してしまったが、新しい薬学知識を得る事は嫌いでは無いし、今まで作れなかった薬が作れるのは純粋に嬉しかった。


その仕事も、在庫が不足した分の薬を作ってしまえば、後はフリー。新薬制作の為に研究しても、リゼとお茶をしても、もちふわウサギ達を存分にもふもふしても、何をしても自由なのだ。


何より嬉しかったのは、フードを被る必要が無くなった事だ。皆が私の火傷に慣れてくれるから、顔を隠したり右手を包帯で巻く必要が無くなった。


………もしかしてここ、楽園では?


「おまたせしましたー」


そんな事を考えていると、料理が運ばれて来た。


今日の夕飯は、お肉と野菜がごろっと入ったビーフシチューに、カリカリに焼いたバゲット、瑞々しい野菜が使われたサラダ、といったメニューだ。


普段なら、美味しそうに湯気を上げる料理に目が行くところだが……今日は他の事が気になった。


食事の配膳は、普段であれば給仕係の埴輪が行うはずだ。だが、今料理を運んで来たのは、どう見ても人間の女性だった。


確か……ベルゼさん、だったっけ。初めて団長に挨拶をしに行く時に廊下ですれ違い、サーリャさんと何か話していた覚えがある。


「おやベルゼさん、お疲れ様です。珍しいですね」


「うん、ちょっとティーちゃんに用事があってね」


「………あ、私ですか?」


ティーちゃん、というのが自分を指している事に気付かず、やや反応が遅れる。どうやらベルゼさんは、人のことを独特の渾名で呼ぶクセがあるらしい。そういえばサーリャさんのことも『サっちん』とか呼んでたっけ。


「フェノちんのパパさんから伝言だよ。入団して一ヶ月になるし、そろそろ任務を任せたいから、明日朝ご飯食べ終わったら執務室に来て欲しい、って」


「……あぁ、もうそんな時期ですか」


ノワール先輩が呟く。そういえば入団する時にマオさんが、一ヶ月後辺りで任務に行ってもらうとか言ってたっけ。 


「明日の朝に執務室、ですね。わかりました」


「確かに伝えたからね。そんじゃ、ごゆっくりー」


私が頷いたのを確認して、ベルゼさんは手を振って去っていく。私とノワール先輩は「いただきます」と手を合わせて、それぞれ料理を口にする。


一口大に切られたブロック肉をスプーンで掬い、頬張る。噛むと肉汁がじわぁと溢れて、口の中に旨味が広がった。


「わ、美味しい………このお肉、とてもいい奴なんじゃ……」


「…そういえば。義姉さんが、どこかの王族から受けた依頼の報酬で沢山お肉を貰ってきた、と言ってましたけど……もしかしてこれの事かもしれませんね」


えっ。てことはこのお肉、王族御用達の超高級牛肉……? うわぁ、物凄く味わって食べよ。


……にしても、依頼、かぁ。


「……ノワ先輩も、依頼に行った事ってあるんですよね?」


「はい、何回も。……もしかして、不安ですか?」


先輩の言葉に「はい」と素直に答える。正直言って、凄く不安だ。


……ミーダ城での一件を思い出す。果たして私に、あれと同じ事ができるのだろうか。


そんな事を考えていると、不意に左手に温もりを感じた。見ると、テーブルの上に置いていた私の手を、ノワール先輩の手が優しく包んでいる。


「大丈夫ですよ。最初の依頼は簡単なものですし、他の団員が必ず同行しますから」


ね?と安心させるように、穏やかに微笑むノワール先輩。


心から私を心配してくれているのが分かる。分かる、のだけど……


「あの………先輩?」


「はい、どうかしましたか?」


「……ち、近い……です」


「おや、これはすみません」


……やっぱり、ノワール先輩の考えている事は読めない。





次の日。


朝食を終えた私は、言われた通り執務室に足を運んだ。


ノックして扉を開ける。室内には二人の男性がいて、私を待っていた。


一人は、私を呼んだ本人であるマオさん。もう一人は───


「あれ、カズさん?」


もはや人外レベルに整った顔面を持つ赤茶髪の青年、カズヒコさんだった。


ちょうど一週間前、技術部署に挨拶に行った時に会った事を覚えている。確か、私やサーリャさんと同じく、ウサギが見える人の一人だったはず。


「珍しいですね、アトリエから出るなんて」


「あぁ、これを渡しに来た」


そう言って、カズヒコさんは手に持っていたソレをこちらに差し出した。


銀のバングルだった。細やかな彫り細工で描かれた模様の中に、大粒のルビーがひとつ嵌め込まれている。


赤い宝石を覗けば、その中にはうっすらと、交差した二本の剣と獅子と雷を模した紋章……“赤のギルド”のシンボルマークが浮かんでいた。


このバングルは、見覚えがある。ミーダ城で会ったサーリャさんやフェノンさん、ブラッド団長やノワール先輩やリゼやシン……、私が出会ったギルド団員は皆、これと同じ物を着けていた。


この銀の腕輪は、“赤のギルド”に所属する者の証……団員証だ。ノワール先輩がこれを使って、調合室にある錠前型魔道具を開けていたのを見た事がある。


先輩に聞いた話では、このバングルは魔道具の一種であり、色々な魔法が込められているらしい。魔力を流せば誰でも簡単に使う事が出来るが、持ち主以外の魔力では起動しない特殊な作りになっているとの事だ。


「腕に付けて魔力を籠めてくれ。そうすればその腕輪はティア専用になる」


カズさんの言葉に頷いて、私はバングルを左手に通す。埋め込まれているルビーに指を置いて魔力を流し込むと、指の下で一瞬赤く煌めいた。


……なんか、学校で受けた魔力制御の授業を思い出すなぁ。他の科目は平均前後だったけど、薬草学と魔術学だけは成績が良かったっけ。


そんな幼い頃の思い出をしみじみ振り替えっている私を他所に、カズヒコさんは魔力が込められたバングルをじっと見つめると、「……よし」と呟いた。


「魔力認証、問題なし……っと。これなら調整する必要もねぇな」


あれこれ確認するようにバングルを観察したカズヒコさんは、やがて納得したように頷く。


「登録完了、これでその団員証(腕輪)はお前の物だ。再発行は手間と時間が掛かるから無くすなよ」


「はい、ありがとうございます」


頭を下げる私にヒラヒラと手を振って、カズヒコさんは出口へと歩いていく。扉を開け「あぁ、そうだ」と思い出したように振り向いて、


「任務行く前に、一回こっちに顔出して装備見繕っておけよ」


そう言って、カズヒコさんは執務室を去っていった。……欠伸をかみ殺していたのを見るに、また徹夜でアトリエに籠っていたのだろう。


カズヒコさんは何というか……芸術肌というか職人気質というか、一度熱中したら寝食を忘れて物を作り続けるタイプだと、サーリャさんから聞いた。


「はは、相変わらずだね、カズヒコ君は」


そんなカズヒコさんの様子にマオさんも苦笑を漏らすと、さて、と切り替えるように呟いてこちらを見据える。


「さて、ティアさん。君が入団してから、約一ヶ月が経った。以前話した通り、今日から任務もお願いしたいと考えているけど、いいかな?」


「はい。……と言っても、私が任務で戦力になるかは微妙ですけど」


私は冒険者でも兵士でもない、ただの薬剤師だ。一人旅をしていた為、自衛するぐらいの力はあるけれど、それも一般人に毛が生えた程度だろう。


「あはは、大丈夫さ。任務と言っても、討伐任務ばかりじゃないよ。……ほら、“赤のギルド”の正式名は探偵事務所、だからね」


だから討伐任務よりも、浮気調査とか身辺調査等の依頼の方が多いんだとか。勿論、依頼によっては魔物討伐や傭兵業も行う……要するに、何でも屋みたいなものらしい。


なので、重要なのは個々の戦闘力ではなく様々な分野の知識と技術、そしてそれを扱える人材の質なんだとか。


「でもまぁ、確かに任務先での危険はつきものだからね。不安なら、ギルド内で魔法や武術の稽古を受ける事もできるよ」


……稽古、か。確かに武術はともかく、魔法の腕前は磨いておくべきなのかもしれない。


私は特異属性を持っているが、それ故に火や水など一般的な魔法の腕前が壊滅的なのだ。火魔法はマッチの火レベル、風魔法はそよ風程度ぐらいしか出せない。


今までは周囲に私より魔力が高い人がいなかった為、教えを乞う事ができなかったが、ギルド内なら私より魔力に優れた人なんて沢山いるだろう。


……むしろ、ギルド内だと下から数えた方が早いんじゃないかな、私の魔法の腕前。


「さて、まず“赤のギルド”の任務だけど、大きく別けて、通常任務と特殊任務のふたつある。

 通常任務は……まぁ、一般的な冒険者ギルドと同じようなものだね。食堂入り口の隣に、掲示板があるのは知っているかい?」


マオさんの言葉に、素直に頷く。今まで食堂に向かう際、何度も団員達が掲示板の前に集まっているのを見たことがあった。


そこには依頼が書かれていると思わしき紙が幾つも張ってあり、団員達がそれを見て色々と話していた覚えがある。


「うん、知っているなら話は早いね。張られている依頼の中から好きな案件を選んで受注……という良くある流れだよ。掲示板に張られている任務は、誰にでもこなせる任務と思ってくれればいい。

 そしてもうひとつ、特殊任務。これは、団長と作戦立案部署から下される出撃命令に近いものだと思って欲しい」


出撃命令。要請とか要求ではなくて、命令。


急に穏やかじゃない単語が出てきて、思わずゴクリと唾を飲み込んだ。


「特殊任務とは、特定の団員でなければ遂行できない、と判断された任務の事を指すんだ。例えば、とある専門知識とか魔法技術を持っている人が必要、とかね。

 先程も行った通り、これは出撃命令のようなものだ。余程の理由がない限り、拒否は認められない」


マオさんの声が念を押すように、僅かに低くなる。


……普段温和な人が出す真剣な声って、三割増しで怖いよね。


まぁ、それはともかく。“出撃命令”だの“拒否は認められない”だの厳格すぎる言葉が使われたので身構えてしまったが………要は『お前以外だと遂行できない任務だから、ギルドの一員として逃げずにちゃんとお仕事しろよ』という事だろう。


……まぁ、衣食住が整えられた“赤のギルド”での生活を続ける為の労働と考えれば妥当かもしれない。


働かざるもの食うべからず、だ。……いや私はもう薬剤師として働いてはいるけど、決められた薬をちゃちゃっと作って後は自由……なんて勤務状況で三食おやつ付きの暮らしは正直、贅沢が過ぎると思っていた。


「あぁ勿論、体調面等の理由で本当に無理なら出撃拒否してくれても構わないし、連続で特殊任務を発行するとか、そういう事はしないから安心して欲しい」


マオさん曰く、団員一人に対して特殊任務による出撃命令が下るのは月に一回あるかどうか。一ヶ月に二回起こる事は滅多に無く、下手したら半年も言い渡されない事も珍しくない、とのこと。


「それに、ティアさんはまだ入ってきたばかりだから。よっぽどの事がない限り、特殊任務は下りないと思うけどね。

 今回は初回だし、掲示板の中から簡単な任務を選んで貰う予定だよ。勿論、手慣れの団員が一人同行するから、安心して欲しい」


成る程。それならまぁ、何とかなるかもしれない。最初っから特殊任務で出撃命令……なんて、正直荷が重いかったし。


……後は、同行してくれる団員がノワール先輩とか、優しい人だったらいいんだけど……。


そんな事を考えていると、執務室のドアがノックされた。マオさんが「ん、来たね」と呟いたのを聞いて、同行者が来たのだと知る。


そわそわと緊張している私をよそに、マオさんはノックの主へと入室を促した。


「失礼します」


鼓膜をくすぐる柔らかい声。その高さからして、女性のものだと分かる。


……って、ちょっと待って。この声って


「すみません、遅れちゃったみたいですね」


「いや、大丈夫だよ。……昨日話した通り、君にはティアさんの初任務に付き添って貰いたい。お願いできるかな?」


思わず後ろを振り返ると、そこには


「はい!お任せ下さいっ」


ふわり、と揺れる緑色のリボン。


そこに立っていたのは、私と同じ医療部署に所属するリゼだった。




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