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第9話


食堂を出た私は、ノワール先輩にギルドハウス内を一通り案内してもらい、調合室へと戻ってきた。


一通りと言っても、共用スペースの多い中棟と西棟のみだ。東棟は団員達が住む部屋しかなく、朝でまだ眠ってる人も多いだろうから、という理由で止めておいた。


ちなみに、私の部屋は東棟にはない。医療部署に所属している団員は、有事の際すぐに動けるようにと、医務室がある西棟に自室が用意されているのだ。


調合室のドアノブを捻り、扉を開ける。無人だと思っていた室内には、先客がいた。


「これと……あと………あ、二人とも、おはよう」


「おはようございます、リゼさん。何か入り用ですか?」


先客の正体はリゼだった。薬を保管していると思わしき棚を開けている所を見るに、何かを探しているらしい。


「うん、ちょっとね。兄さん達が模擬戦してたら怪我しちゃって……。あ、怪我って言ってもただのかすり傷とか軽い打撲なんだけどっ」


「あぁ、あのお二人ですか……」


兄さん達というのは、おそらくリゼの兄達の事だろう。リゼには双子の兄がいて、彼らもギルドに所属していると、昨夜の歓迎会の時に聞いている。


「そんな訳だから、傷薬と貼付薬を貰ってくね」


「分かりました」


薬棚から目当ての薬を取り出したリゼは、パタパタと扉の方へ歩いていく。


……今気付いたが、調合室の入り口付近、カウンターのようになっている所の上に、ちょこんと埴輪が乗っていた。


食堂で給仕係をしていた埴輪よりもだいぶ小さい、片手に乗せれる程の大きさだ。その小型埴輪に、リゼは話しかける。


「医療部署所属のリゼです。模擬戦で軽傷を負った団員の手当ての為に、傷薬一瓶と貼付薬一袋を持ち出します」


「はにはにはに…………はに!」


リゼの言葉に、小さい埴輪はもにょもにょと体を揺らした。やがてピカッと目が光ったかと思うと、両手を伸ばして体全体で丸を作る。


おそらく、持っていってヨシ、という意味だろう。リゼは薬を抱えると、礼の言葉を口にして部屋を去っていった。


「……ここにも埴輪がいるんですね」


「はい。この埴輪は薬の在庫管理を担当してもらっていますね。先程リゼさんが行っていた通り、ここの薬は持ち出し自由になっています。……あぁ、もちろん専門知識が必要な薬は、シン君か俺の許可がいりますが。

 持ち出す時は、持ち出す人の名前と持ち出し理由をそこの埴輪に伝える決まりです」


成る程……いや本当に万能だな、埴輪。給仕に掃除に洗濯、更には在庫管理までできるとは……。


「さて。今日からティアさんには調合室で働いてもらう訳ですが、その前にこの調合室について色々説明しますね」


「はい」


ピシッ、と背筋を伸ばす。


職場の規則というのは、働く者にとって重要な事のひとつだ。どこに何があるのか、どうやって仕事をするのか……それを覚える為にも、しっかりと聞いておかなければ。


「まず薬棚ですね。みっつ並んでますが、一番左……さっきリゼさんが開けていた棚が持ち出し自由の棚で、傷薬や解熱剤など一般的な薬が入っています。

 真ん中は解毒薬や麻酔など、専門知識が必要になる薬が入っている棚ですね」


「ふむふむ……、一番右の棚は?」


「一番右の棚には、毒薬や劇薬の類いが入っています。みっつの棚の内、左以外は施錠されていて、医療部署の団員以外は開けられないようになっています」


見ると、真ん中と右の棚には錠前のような物が備え付けられている。おそらく、特定の人物でないと解錠できない魔道具か何かだろう。


「薬の素材は壁に干してあるのと……こっちにも入っていますね。赤い印の引き出しは毒物が入っているので、ここも医療部署の団員以外は開ける事ができません。

 調剤器具はここに。使い終わったら洗浄して、乾いたら元の場所に戻して下さい」


ノワール先輩は丁寧に、ひとつひとつ棚や引き出しを開けて、どこに何があるかを教えてくれる。


壁に干してある薬草。魔植物の花粉や蝶型魔物の鱗粉が保管されている引き出し。調剤器具が仕舞ってある場所……。


「ん…………?」


調剤器具の場所を確認した時、ふと違和感を感じた。


器具の数が、多い。破損した時の為に予備を用意しているのかと思ったが、それにしても多すぎる。


それと、サイズにも違和感があった。使いやすい大きさの器具はせいぜい数個ほどで、後はそれよりも一回りか二回りほど小さい。


一応造りはちゃんとしている為、この小さい方でも薬を作る事はできるだろう。けれど、この器具を使うのは、まるで大人が幼児用の食器でご飯を食べるような……サイズに対する違和感が拭えなかった。


そんな私の考えは、相変わらず顔に出てしまっていたのだろう。


隣のノワール先輩の口から、くすっ、と笑みが漏れた。


「そうですね……言葉で説明するよりも、実際に見た方が分かりやすいですかね。丁度時間ですし」


そう言いながら、ノワール先輩は扉付近まで歩いていくと、扉を開け放った。


……この調合室には、扉がふたつある。ひとつは私達が入ってきた、廊下に繋がる扉。もうひとつは今ノワール先輩が開けた、中庭に繋がる扉だ。


「さあ皆さん、お仕事の時間ですよ」


「「「うさー!!!」」」


ノワール先輩が中庭に向けて声を掛けると、ウサギ達が室内に入って来た。彼らはぴょんぴょんと跳ねながら、先輩の前に整列する。


「さて、今日は傷薬と軟膏の在庫が少ないので、一班から三班は傷薬を、四班と五班は軟膏の制作をお願いします。

 六・七・八班は畑に薬草を取りに行って、乾燥処理をして下さい。……野菜を盗み食いしないように気を付けて下さいね?」


「うさ!」

「うしゃー!」

「うさうさ!!」


ノワール先輩の言葉を受け、ウサギ達は銘々の方向に散っていく。


薬草採取係のウサギは中庭へ。室内に残ったウサギ達は、大量に収納されていた器具を使って指定された薬を作り始める。


あの小さい器具は、どうやらウサギ専用の物らしい。人間が使えばおままごとみたいになってしまうサイズの道具も、ウサギが使えばしっくりくる大きさだった。


「………………」


まるころふわもちウサギ達が、小さい手を動かして薬を作っている……。そんな光景を目の前に突き付けられた私は、完全に呆気にとられていた。


「驚かせてしまいましたかね。これが、“赤のギルド”調合室の日常です」


……うん、驚いたか驚かなかったかで言えば、凄く驚いた。


ウサギが調合室の一員なのも、ウサギが薬を作っているのも。


いや、それよりも……


「先輩って、ウサギ見えてるんです?」


フロワさんから聞いた話では、今“赤のギルド”でウサギが見える人は私を除いて四人だけ。


ミーダ城で会ったサーリャさん。団長であるブラッドさん。そして、まだ会った事は無いけど埴輪達の主であるカズヒコさんと、トモキさんという人だけ、だったはず。


ノワール先輩が見えるという話は、聞かなかったはずだが……。


「いえ、本来は見えませんよ。サーリャさんが室内に特殊な結界を張ってくれて、調合室内であれば誰でもウサギが見えるようになっているんです」


成る程。よく見ると、部屋の四隅に極東の護符のようなものが張られている。これらを使って、結界を構築しているのだろう。


ウサギ達は実に慣れた手付きで薬を作っている。昨日疑問に思っていた「錬金釜を使わずにどうやって薬を大量生産しているのか」の答えがこれか、と私は一人納得した。


「見ての通り、ウサギ達は簡単な調合なら行う事ができます。でも、本当に簡単な薬だけ。難しい調合なら、失敗する事もあります。

 なので、簡単な薬はウサギ達にお願いして、調合が難しい薬は人の手で作る……という感じですね」


と、言っても。日常生活で負う程度の怪我や風邪に対する薬なら、ウサギ達で作成する事が出来るらしい。


ノワール先輩は解毒剤や麻酔薬など、難解な知識が必要だったりする薬を作る事が主、との事だ。


「なので、俺達の仕事はウサギ達の監督と、彼らでは作れない薬の作成。それと……これの更新ですね」


そう言いながら、ノワール先輩は引き出しから二冊の本を取り出して机に置いた。……正しくは本と言うより、紙を本のように綴じ合わせたものらしい。


促され、二冊の内片方を手に取ってページをめくる。中には様々な薬の製造方法が書かれていた。ただ薬草を煮出す簡単なポーションから、半年程かけてじっくり作るような高度な魔法薬まで、幅広く記されている。


「“赤のギルド”で作れる薬を纏めた薬学書……まぁ手作りの薬レシピ集みたいなものです」


そう言いながら、ノワール先輩は机の上に残った方の本の中身を見せるように、適当なページを開いた。


どうやら、そちらはウサギ専用のレシピ集らしい。まるで絵本のように、あまり文字は書かれておらず絵を用いて製造方法を記してある。


「ウサギ達はこれを参考にして薬を作るので、より簡単で効率的な作り方を見つけたら更新していく必要があります。

 ティアさんが今見ているのは、人間用の本ですね。もし、そこに載ってない薬の作成方法を知っているなら、是非書き加えて頂ければ、と思います」


ノワール先輩の言葉に返事をしながら、パラパラとページをめくっていく。…と、不意にとある事に気が付いた。


「……なんか、解毒剤だけやたら種類が多いですね?」


確かに一口に解毒剤といっても、何の毒を解毒するかによって色々と変わってくる。


蛇の毒、サソリの毒、草花の毒、魔物の毒、海辺だったらクラゲの毒なんてのもある。解毒剤というのは毒に含まれる成分に合わせて調合するものである為、色々な種類があってもおかしくはない。


けれど、さすがに本の三分の一が解毒剤のページで埋まってるのは度が過ぎてきるのではないだろうか……?


「あぁ、それは俺の趣味ですね。……実は俺、薬よりも毒の方がメインなんです。色々調合してオリジナルの毒を作ったりするので、それに対応する解毒剤も作成してるんですよ」


成る程……。私は詳しくないけれど、毒殺をメインとする刺客は万が一誤って自分が毒を飲んでしまった時の為に、必ずその解毒剤を用意する、と聞いた事がある。


ノワール先輩は開けたままだった引き出しに再度手を伸ばすと、もう一冊本を取り出した。


先の二冊と同じく、紙の束を本のように綴じた物。だがこちらは、薬棚に備え付けられているのと同じ錠前型の魔道具によって施錠されている。おそらく、毒の調合法が記されたものだろう。


「こっちは主に俺が作る事になると思いますが、時間がある時にでも目を通しておいて下さい」


ノワール先輩の言葉に頷く。“赤のギルド”の任務からして、毒に詳しくなっておいて損はないだろう。


「この錠前型魔道具は、先程も言った通り医療部署所属の団員でしか開ける事ができません。正しくは『医療部署所属の団員が持つ団員証』が無ければ、ですね。

 ティアさんは入団したばかりでまだ団員証を貰ってないと思うので、暫くは俺と一緒にいて下さい。任務に行く前……一ヶ月ぐらいすれば、ティアさんも団員証を貰えると思いますよ」


「え……それは嬉しいんですけど、いいんですか?」


私につきっきりになってしまっては、先輩がギルド本来の仕事である任務に行く事ができなくなってしまう。


“赤のギルド”がどういう仕組みなのかは知らないが、一ヶ月も任務に出ないというのは、あまりよろしくないのではないだろうか。


「気にしないで下さい。新人の教育も立派な仕事のひとつですから。……それに」


そう言うと、ノワール先輩はぐい、と顔を近付けて


「合法的にティアさんと一緒に過ごせるので、俺からしたらただの役得ですよ」


吐息がかかる程の距離。相手の瞳に映る自分の顔を確認できる近さで、ノワール先輩はそう言い放った。


「………ぅ」


ノワール先輩は相変わらずの無表情で、何を考えているのか分からない。


ただ、その口元がうっすらと、甘やかな笑みを浮かべている気がして。


私は、勝手に熱くなる顔を必死で抑えて、隠す事しかできなかった。



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