第6話
さて、ここで一度、私の人生を振り替えるとしよう。
私、ティア・スキューマが覚えている中で一番古い記憶は、燃え盛る林の中だった。
森林火災でも発生したのだろう。赤く焼けつく空間を、出口を求めてただ彷徨っていた。
けれど、周りを囲む炎の壁は高くて、どこまで走ってもこの灼熱地獄からは逃れる事ができなくて。
そして、倒れた。
……気付いた時には、どこかのベッドの上だった。
こうして、私は奇跡的に生き延びた。
けれどその代償に、他は全て燃え尽きて黒焦げになってしまったらしい。
目覚めた私は、自分の名前とか両親の事とか、火事に合う前の記憶を全て失ってしまっていた。
自分が何者か、何故こんな所にいるのか。全てが分からずに困惑する私を、大人達はもっと困惑した目で見ていた。
どうやら私は数週間ほど意識を失っていて、その間に大人達は私の親を探していたらしい。
けど、見つからなかった。
町中の人に尋ねても。近隣の村に問い合わせてみても。誰一人、私の保護者だと名乗り出る人はいなかったらしい。
途方に暮れた大人達は、私が起きるのを待つ事にした。私に直接、親について聞けばいいと。
けれど、実際に目覚めた私は記憶を失っていて。大人達はますます途方に暮れてしまった。
親がいない、記憶を失った少女。
そんな私に対して、人々は色々なウワサを口にした。
ある人は『君はあの森に住んでたんだろう』と言った。森の中で家族と暮らしていたが、火事によって死別したんだろう、と。
別の人は『君は森に捨てられたんだろう』と言った。口減らしか何かで捨てられて、偶然火事に巻き込まれたんだろう、と。
また別の人は『お前は人間じゃないだろう』と言った。お前は森に住む魔物で、あの火事もお前が原因なんだろう、と。
ぐるぐる、ぐるぐる。色々な話が混ざり合って、どれが正解か不正解か分からないまま、予測だけが積み重なっていく。
……あぁ、最後の魔物説だけは不正解って判明したかな。協会から貰った聖水飲んでも何ともなかったし。
まぁ、とにかく。大人達は保護者が見つからなかった私をどうしようか、やはり孤児院に送ろうかと話し合って。
そこで「ウチで面倒を見よう」と手を上げてくれた人がいた。
私を引き取ってくれたのは、商豪で知られるスキューマ家の老当主。
子供達が皆独立し、妻に先立たれ一人で過ごしていた彼は、私を養子として受け入れ、ティアという名前を付けて、学校に通わせてくれた。
だが、それを面白く思わない人達がいた。老当主の実子達だ。
……まぁ、考えてみれば当然かもしれない。義兄達にとって私は、父の遺産を食い潰す部外者だったのだから。
幼いながらそれを何となく感じてた私は、学校を中等部で卒業し、すぐ自立の為にスキューマ商会で働き始める事にした。
商会には既に義兄達がいたが、養父の手前、表立って私を邪険にする事は無かった。でも、義兄達は私に物凄くギスギスした態度を取っていたから、商会の人達は薄々察してたと思う。
養父が亡くなった後、私はすぐにスキューマ商会を抜け、ティア個人としての名義で商人ギルド『セレーネ』に入団した。
養父というブレーキが無くなった後、義兄達からどんな目に合うか分からなかったし、今まで以上にギスギスした雰囲気になるのは商会の人達に申し訳なかったから。
けれど、商人ギルドに入った後も面倒事は付いて回った。スキューマ商会はギルド内でもそれなりのシェアを誇る大手だったのだ。
スキューマ商会の前当主の養子であり、現当主と確執がある私は、ギルドにとって扱いにくい存在だった。
腫れ物を触るような扱いに耐えきれず、飛び出すように行商を始めたのが一年ほど前。幸い、私は薬草調合に明るかった為、自作の薬を売り歩く事で生計を立てる事はできた。
一年に一度、ギルドに戻って報告をすればいいだけで、あとは気ままな行商の旅。
自由、と言えば聞こえはいいが、正直言って帰る場所がない放浪に近い。
一応商人ギルドに所属している事にはなっているが、名義借りのような状態だ。面倒事を起こさない限りは追い出されないが、何かあったらすぐに切り捨てられるギリギリの存在。
それが、今の私が置かれている立場だ。
……だから、“赤のギルド”からの入団の誘いは、正直嬉しかったりする。
まぁ、あまりにも強引な誘いだったから、それを伝える暇がなかったのだけれど────
「はい、終わりです。お疲れ様でした」
透き通った声に促され、ゆっくりと目を開ける。
自分の記憶を本にして読み返すような体験から戻る。まだ夢の中にいるようなフワフワした心地がして、それを払うように頭を振った。
目の前には青いグラデーションの髪を揺らす美女。その指には蒼く輝く蝶が止まっている。
“赤のギルド”に入る時は彼女──フロワの魔法で、その者の過去を精査する決まりらしい。悪意を持った者が入団しないよう検査の意味を込めてとのことだ。
「問題なし、ですね。むしろ入団を好意的に見て貰えているようで、何よりです」
「ま、まぁ………」
ふふ、と微笑むフロワから、何となく目を背ける。言葉に出せなかった謝意を詳らかにされる、というのは、思ったよりも恥ずかしかった。
なんとか話題を逸らそうと、私は捲し立てるように言葉を紡いだ。
「そ、それにしてもっ。過去を読む魔法でも、火事以前の事はわからないんですね」
いつか侍女の少女にも語ったが、私は幼い頃に火事に合った事がある。
その火事は私の右半身に火傷を刻み付けただけでなく、それまでの私という存在を、全て燃やし尽くしてしまった。
私の記憶には、欠陥がある。だからこそ、過去を調べると聞いた時、もしかしたら記憶を失う以前の事も分かるかもしれない、と少しだけ期待した。
けれど実際は、私が覚えている事を追体験しただけ。本当に少ししか期待してなかったけれど……やっぱり人生そんなに甘くないようだ。
「私の“過去を覗く魔術”は精神系魔法の応用ですので……本人が記憶している分しか見る事が出来ないんです。
記憶喪失してる部分を見るとなると、時間系や概念系の魔法が必要なのですが……半人半魔である私ではこれが精一杯ですね」
すみません、と頭を下げるフロワに、首を横に振って応える。そもそも自分が勝手に期待しただけなので、彼女が謝る必要は無い。
フロワも私が特に気にしてない事を分かってるようで、切り替えるように「さて」と手を叩いた。
「次は執務室へ向かって下さい。えーっと……ウサギさん、いますか?」
『うさ!』
フロワの言葉に、私の足元で丸まっていたウサギが鳴いた。たいへん元気が良い返事だが、フロワがそれに反応する様子は見られない。
先程、団長室でサーリャに言われた事を思い出し、ウサギが足元にいる事を伝える。そうだ、このウサギは普通の人には見えない(…らしい)んだ。
「ティアちゃんを、マオさんの所まで案内してもらえますか?」
『うしゃ!』
フロワの言葉にウサギは頷いて、また私の服の裾を咥えようとする。
流石に何度もあの力で引っ張られる訳にはいかない。私は足元のウサギを素早く抱え上げ、両手でだっこするように確保した。
「………あの、やっぱりフロワさんにも見えないんですか? この子」
「はい、見えませんね」
きっぱりと言い切られてしまった。
……いやまぁ、確かにサーリャから普通の人にウサギは見えないとは聞いていたけど。
でも、フロワさんは人間の夢魔のハーフだから、もしかしたら……と思ったのだが。
「……逆に、このギルドでウサギが見える人って、何人いるんです?」
「今所属してる人の中だと……サーリャちゃん、カズヒコ君、トモキさん。あとブラッド君も、ボンヤリとなら見えると言ってましたね」
と、言うことは私を除いても四人か。ウサギを見る事ができる人は、想像していたよりも多くないのかもしれない。
………というか、それにしても。
「何というか……見えるのって殆ど極東の人なんですね?」
カズヒコやトモキという名前は、音の響きからしてヒノモト特有の名前だろう。
サーリャの『ナルカミ』という姓も確か、ヒノモトで『雷』を示す言葉ではなかっただろうか。
ウサギが見える人達の中で、ヒノモトに関係ないのはブラッドだけ。後はみんな、ヒノモトに通ずる名前を持っている。
「うーん、その辺りは私も詳しくないので何とも。ですが……」
「ですが?」
「サーリャちゃんから聞いた話ですけど、元々“赤のギルド”の前身組織はヒノモトで結成されたらしいんです。その後にこちらへ移り、今の“赤のギルド”になったとか。
なので、見える人にヒノモト出身の方が多いのは、そういう理由なのかもしれませんね───」
フロワとの会話を終えた私は、ウサギの案内に導かれて執務室へとやって来た。
「ん、いらっしゃい。待ってたよ」
出迎えてくれたのは、ミーダ城で見た水色髪の女性。たしか、フェノンと呼ばれていたか。
「お城ではゴメンね、巻き込んじゃって」
「いえいえ…あの、マオさん、って人は?」
「ん、パパならそこだよ」
そう言ってフェノンが示した先には、眼鏡を掛けた黒髪の男性がいた。
……フェノンにパパと呼ばれていたという事は、彼はフェノンの実父ないしそれに近い年齢なのだろう。
けれど、その雰囲気は落ち着きを纏いながらもどこか瑞々しい。フェノンがパパと呼ばなかったら、年が離れた兄妹か何かと勘違いしてしまったかもしれない。
「ティアさん、だね。はじめまして、僕はマオ・ゴフィスール、“赤のギルド”の事務官だよ」
「あ…ティア・スキューマです、よろしくお願いしますっ」
頭を下げようとする私を手で制し、マオはニコリと微笑んだ。
……そういえば。ベッドで起きてからずっと、素顔を曝したままだったな。ブラッドもフロワもマオも、みんな火傷の事について気にする素振りもなかったから、すっかり忘れていた。
「入団の件はブラッド君達から聞いているよ。強引な勧誘だっただろう? すまないね」
「いえ、まぁ……あはは」
笑って誤魔化す。うんまぁ、確かに強引だった。
「……さて。ティアさんは“赤のギルド”に入団した訳だけど、明日から早速任務───なんて事はしないから安心して欲しい。
任務に行くのは……だいたい一ヶ月後辺りかな。最初はゆっくりと、ここでの暮らしに慣れていってくれれば、と思ってるよ」
「わかりました」
よかった。環境に慣れる時間が貰えるのはありがたい。
如何せん、私が前に働いていたスキューマ商会が『習うより慣れろ』『見て盗め』『自分の面倒は自分で見ろ』という昔気質な雰囲気で、入ってすぐ現場に放り出された事がある為、少し身構えていたのだ。
「普通なら、その一ヶ月の間に色々と適正を確認して配属部署を決めて行くんだけど……ティアさんは薬の調合に明るいと聞いてね、最初は医療部署に入ってもらいたい、と考えている。
……勿論、嫌なら断ってもいいし、雰囲気が合わないと思ったら後で移動しても構わないよ」
「医療部署、ですね。わかりましたっ」
薬の調合なら今までやってきた事と変わらないし、医療、ということは先程会ったリゼやシンと同じ所だろう。
彼らとは一言二言話した程度だが、全く見ず知らずの人の所へ行くよりかは多少気楽だ。いい人そうだったし。
「了承してくれてありがとう。…実はギルド内で薬草調合の知識を持っているのは一人しかいなくてね。人手不足だったから、助かるよ」




