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#1 日常の異変=異常

#  #  #


町は、静けさを保っている。

異常とも取れる静寂は、おおよそ11時過ぎの町とは結びつかなかった。

この空間は図ったかのように、無人で、この上なく無人だった。


まるで、今日のニュースで、市民全員が夜間の外出を禁じられてしまったかのように。


こんな光景は深夜3時の町でもあり得ないと、脳内は意見を提出する。否定できる材料を持ち合わせていないあたり、この町は異常なのだな、とおぼろげに感じた。

適当な夜店に入ったところで、自分を出迎えてくれる人間などいない、と何故か断言できた。


きっと、これは夢なのだろう。

何かの間違いで、五感すべてが夢とリンクしてしまっただけの幻想なのだろう。

そうでないと説明がつかないし、そうでないと精神が持たない。

大規模な避難訓練に乗り遅れたかのような孤独。滅びる寸前の地球に、独り取り残されたかのような錯覚。


けれどこれが夢ならば、救いはあると思う。

何の変哲も無い日常に戻った時、自分はきっとより一層、それが大切なものだと実感できるだろうから。



―――これがゆめならば、のはなし、だが。


ふと時計を見る。二つの針は12の数字を挟み込む形で静止している。

三つ目の細い秒針は、ちょうど6の数字から動こうとしない(・・・・・・・・)

1分ほど待ってみても、結果は変わらなかった。時計はその針を縛られたまま、今も動き続けているはずの時についていこうとしない。


それはもしかしたら偶然、電池が切れてそうなってしまったのかもしれなかった。

しかし、そんな都合のいい話があるだろうか。

…言ってしまえば、それは俺にとって都合の悪い話でしかなかった。


不安が一層募る。いや、不安自体は今湧き上がったと言ってもいい。ならば、一層、という言葉は間違っている。

不思議なものだ。違和感を感じておきながら、俺は全く怖がりもせずに今までほっつき歩いていたのだから。


考えてみれば、人や車すら見えない11時過ぎの大通り自体、不気味に感じないと言ったら嘘になってしまうだろう。


…或いは既に、俺はこの空間を夢と認識してしまっているのだろうか。

そう考えてしまえば辻妻は合う。夢なのだから危機感なんてものは沸かないし、現実味が無い光景を嫌悪無く闊歩できるのかもしれない。


嘆息と同時に、空を見上げる。滅多に姿を見せない天の川の全貌が、夜空の大部分を覆っていた。

ちかちかした眩しいほどの景色、星が落ちてきそうな錯覚に捕らわれるほど、はっきりと光の粒子が見て取れた。



ちかちか、ちかちか。


そんな音すら、聞こえてきそうで。

―――何故、町の中でこんなにも星が綺麗に見えるのか。



視界を降ろすと、町の明かりは、ひとつ残らず消えていた。


「え……?」


何故、というよりも、驚きの方が勝った。

そして、頭に残ったのは、明かりを消してしまうと、こんなにも目の前は暗闇に包まれてしまうのかという、感動にも似た感想だけだった。


…きっと、停電、だろう。

偶然、風も無い日に時計の電池が止まって、ちょうど停電が起こってしまったのだろう。


偶然なのだ、心配することは無い。

一歩先が見えないだけで、世界はまだ壊れて崩れたわけじゃない。



暗闇は嫌いだ。


自分と、世界との、境界線、が、曖昧に、なるから。


自分の目だけが宙に浮いてしまっているような感覚。

おかしな話、俺は自分の手足の感覚でさえ、忘れてしまっているのだ。


自分がどこに居るのかさえ分からない。唐突に、そんな迷子にも似た不安を感じた。


もう一度、空を見上げる。


空には、まあるい月が浮かんでいた。



…おかしいな、さっきあんなにきれいなつきなんてあっただろうか。


静粛に犯された空間。自分の耳を切り取ってしまったかのように、耳鳴りすら起こらない此処で。

夢に近い周辺。体なんて在りやしない、ただ頭だけ取り残されたような錯覚の中。

無味無臭の街の空気。乾いてざらつく舌も排気ガスのにおいも消え去ってしまった星の下。


唯一働く視覚は、らんらんと輝く月と星をただ、見つめるだけだった。

綺麗な月だ。綺麗な星だ。



そうつぶやいて。


残された瞳は、そっと終わりを告げる。


日常の終わりか、それとも意識の終わりか。




これから眠りにつく俺には、いずれも関係の無い話だった。

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