のじゃロリと驚愕の発表
「……っ!?」
布団に横たわる彼女が目を覚ます。悪夢にでもうなされていたのか、額には大粒の汗をかいて。
気が動転したように、きょろきょろと辺りを見渡す彼女の様子がおかしくて、思わず、僕は笑ってしまった。
「……お目覚めじゃな、天音」
「み、水樹っ……!」
天音は布団を蹴り飛ばして起き上がると、弾丸のような勢いで飛びついてきた。明らかに様子がおかしい。いや……あるいは、正常に戻ったからか。この慌てようを見るに、未切に洗脳されていた時の記憶が残っているのだろう。
「水樹っ、わた、私はっ……!」
「よい、よい。お主は何も悪くない。気に病むな」
「しかし、私はお前を殺そうとっ……!」
涙目で訴える天音の頭を、そっと撫でる。呼吸を荒くする彼女を落ち着かせるように、優しく、優しく。
「気に病むな、と言ったじゃろ。お主が目覚めてくれて、本当によかった」
「水樹っ……」
それから暫く、わんわんと大声で泣き続ける天音を介抱した。隣で大きないびきをかきながら眠り続ける黒霧雲源も、もう少し、彼女のしおらしさを見習ってほしいと思う。
「いやぁ、貴重なものが見られたの。初めて会った時以来か?」
「……頼むから忘れてくれ」
ひとしきり泣いて落ち着いたのか、天音は目の下を赤く腫らしながら、いつもの執務机に突っ伏していた。その足元に、黒猫のヨルが擦り寄っている。
そんなヨルの頭を撫で、水樹はバツの悪そうな表情で僕を見つめる。
「……本当にすまなかった、水樹。敵の能力に堕ちていたとはいえ、大切な友であるお前を傷つけてしまった」
「ほとんど無傷じゃが」
「そういう問題ではない!」
天音が勢いよく、机を叩いた。空気を和ませるために冗談を言っただけなのに、本気で怒られてしまった。
いや、まるきり冗談だというわけでもない。僕は本当に、気にしていないんだ。確かに、天音たちに殺意を向けられたことは悲しかったが……彼女たちは未切芽亜に洗脳されていただけだ。本気で僕を殺そうと思っていたわけではない。
「何度も言っておるじゃろう。過程はどうあれ、お主が目覚めたのであれば問題はないと。それでも気に病むというのなら、今度、高級な茶菓子でもよこせ」
「うぐ、わ、分かった……」
心の底から納得した様子ではなかったが、天音はそれ以上は謝らなかった。僕は頑固だから、何を言っても聞かないと悟ったのだろう。
それはそうとして、部屋の隅っこで膝を抱え、気まずそうにしている黒霧雲源も、観察している分には面白い。
「……お主もじゃぞ、黒霧雲源。なにも気に病む必要はない」
黒霧雲源はビクッと体を震わせると、首振り人形のようにカクカクと首を縦に振った。天音よりもやばい攻撃を放った記憶が残っているのだろう。多分、しばらくはこの調子だ。
全く、この人たちは……結果的に皆が無事だったんだから、何も気にしないでいいものを。律儀だというのか、心配性だというのか。
「それに、言い換えればお主らのおかげで三枝への足掛かりを得られたのじゃ。むしろ、胸を張って誇るがいい」
僕が胸を張って拳でドンと叩くと、天音は砕けたような笑みを浮かべ、黒霧雲源は顔をあげて安堵の表情を見せていた。天音はともかく、黒霧雲源はゴリラのような体躯で膝を抱えるのをやめてほしい。
そんなやり取りを経て、ようやくまともな会話ができるようになった。やはり洗脳中の記憶は残っていただとか、洗脳というよりは『催眠』に近い状態だったとか。
会話の中で、元凶である未切芽亜に触れると、天音が不思議そうに声を上げた。
「で、その……未切芽亜という女は今どこに?」
「分からぬ。なにやら、茜音殿と一ノ瀬と共に地下牢に連れていかれたが……なにをしておるんじゃろうな」
……あの時、一ノ瀬は確かに仙具を起動して未切芽亜を殺そうとしていた。それを『利用価値がある』といって制止した茜音さんは、そのまま二人を連れて地下牢へ向かってしまったのだ。
そこから先のことは、分からない。かれこれ二時間近く経過するが、いまだに帰ってきていないのだ。あの二人はどちらも未切の能力に抵抗があるから、大丈夫だとは思うが……流石に、あと一時間待って帰ってこなければ、様子を見にいった方がいいかもしれない。
「拷問でもしてるんじゃないか? 茜音さん、そういうの好きそうだし」
茶菓子を口に放り込みながら、隆盛が冗談めいた口調でそんなことを言う。直後、執務室の扉が開き、その奥から鋭い眼光と強烈な殺気が向けられる。
「誰が、拷問が好きそうな女ですって?」
「ひっ!?」
……隆盛の小さな悲鳴が響き渡る。扉を開けた細い隙間から、茜音の殺気がバチバチと飛んできている。同調して余計なことを言わなくてよかった。
「全く……水樹ちゃんも隆盛君も、淑女への敬意が足りていないわね」
「え、わしも?」
ため息をこぼしながら、部屋に入る茜音さん。その後に続いて、一ノ瀬と雪さんも入室した。未切芽亜の姿は……ない。
「まあ、よいか……それで、未切は?」
黒衣数名が、席についた三人のところへお茶とお茶菓子を運ぶ。暑そうに扇子で顔を仰ぎながら、茜音さんはソファに背を預けた。
「放っておくと彼が殺してしまいそうだったから、その前に少しお話しさせてもらったわ。ほんの少しお願いしたら、色々と聞かせてくれたわよ」
「……俺、茜音さんに変なこと言うのやめよ」
「わしも」
『お話し』だとか『お願い』だとか、絶対に言葉通りの意味として捉えられない言葉ばかりが出てくる。いまだにこの人の底がしれない。下手なことをすると、死ぬよりも酷い目に遭いそうだ。
「まず、そうね……未切家のもう一人の仙継士について。これはさっきも言ったように、現当主の未切宗玄が該当するわ。能力自体は未切芽亜と似たものらしいけれど、未切芽亜よりも残虐なやり方を好むらしいわ」
「そして、僕が追っていた白装束も、この未切宗玄だということが分かった。未切芽亜が吐いてくれたよ」
「そうか……」
落ち着いているように見えるが、一ノ瀬の拳は、強く握り締められている。未切芽亜が復讐の対象でなかったことに、多少なりとも怒りを覚えているのだろう。
「他にも、三枝傘下の情報なんかは色々と話してくれたけど……重要なのは、『三枝家の居場所』ね」
「まさか、分かったのですか!?」
僕たちが最も欲していた情報に、天音が食いつく。いや、天音だけではなく、この場にいる全員が茜音さんに注目していた。
「残念ながら、居場所は分からなかった。けれど、行き方は分かったわ」
彼女はそう言って、懐から何かを取り出した。金色の——鍵、だろうか。一般的な鍵ではなく、漫画やアニメに出てくる宝箱の鍵のような、大きなものだった。
「鍵?」
「ええ。水樹ちゃんも知っているだろうけど、未切家には『転移』の能力を持った仙継士がいる。この鍵は彼女の力が宿ったもので、これを使うことで三枝家の屋敷へ転移できるみたい」
転移の能力。確かに、覚えがある。黒霧との戦の時、宵山家の屋敷に迎えにきた、三枝家の遣いがそうだった。転移系の能力を持つ仙継士は、日本国内には彼女一人だけだという話だったはずだ。
鍵は、一見するとただの鍵にしか見えない。彼女が作ったものだとすると、これは一種の『仙具』だという扱いになるのだろうか。
「ほう……ということは、いつでも乗り込めるということか?」
「いえ……この鍵一本で運べるのは一人だけ。つまり、ここにいる全員を運ぼうと思ったら、それだけ鍵が必要になるわ。それに、この鍵は行き帰りで使用した後に、必ず一度、彼女に仙力を込めてもらう必要があるらしいのよ」
「そりゃまた……難儀だな」
鍵一本で一人。それも、行き帰り……つまり、残されているのは『帰り』の分だけ。あの鍵を使えば、たった一人だけ、帰る方法がない状態で三枝家の領地に乗り込むことができる。
……あまりにも無謀だな。いざという時の切り札にはなるかもしれないけれど、作戦そのものに組み込むには問題点がありすぎる。
しんと静まり返る室内。にゃおんと鳴くヨルの鳴き声だけが部屋に響いていた。
「まあ、ここまではあまり良くない話だったけれど……ここからは良い話よ」
茜音さんはそう言うと、隣に座る一ノ瀬の肩に手を置いた。
「一ノ瀬光之助が、仙継士になったの」
『え……ええぇぇええっっ!?』
……室内に響き渡る、皆の声。それもそうだ。茜音さんめ、未切芽亜には利用価値があるとか言ってたが……さては、これが本命だな?




