のじゃロリと操られし者たち
「狐火っ!」
「破天吼っ!」
僕の放った小さな種火は、天音の放った蹴りによって、何もない宙空で炸裂する。
破天吼。天音が最も多用する仙力で、衝撃を増幅させる力を持つ。先ほどの蹴りも狐火には届いていなかったが、蹴りで発生した衝撃波を増幅させて爆発させたのだろう。
訓練ではない、本気の天音との戦い。初めて出会ったあの日以来のことか。初めて会った時よりも、天音は確実に力をつけている。ずっと、一緒に訓練をしていた影響もあるだろう。
そんな余韻に浸る暇もなく、次の攻撃が来る。天音の、ではなく、黒霧雲源の攻撃だ。
「ふんっっ!!」
「ぬぐぉっ!?」
単純なパンチ。そう侮り、腕を交差させて防いだものの……直後、とんでもない衝撃が襲いかかってきて、僕の体は大きく吹き飛んだ。
破天吼のように、衝撃波を増幅した感じの攻撃ではなかった。もっとシンプルな……力任せに殴りつけたような衝撃。
その一撃を放った黒霧雲源の姿は、いつもとは違っていた。頭からは鬼のような角が二本生え、筋肉はいつもよりも数段膨れ上がっている。まるで、桃太郎に出てくる鬼のような、そんな姿だった。
「や、やるのぅ、雲源殿……そういえば、お主の力は初めて見るが……」
「我も、貴殿とは手合わせしたいとは思っていた。このような形で叶ってしまったことは残念だが」
これが、黒霧雲源の纏衣状態なのだろう。彼は残念そうに首を振ると——直後、膝をついて体勢を整える僕に肉薄した。
「……鬼神滅殺」
「っ!! 災ガ悉地っ!」
——嫌な予感がした。この攻撃を受けたら、たとえ御狐様の力であろうとタダでは済まないと。
咄嗟に仙力で足元の土を押し出して、後方へ飛ぶと同時に、彼と僕との間に土の防壁を何重にも展開する。黒霧雲源が拳を振り抜くと同時に、雷が落ちたような轟音が鳴り響き、展開した土の防壁が次々と破壊されていく。
「ぬっ、おぉっ!?」
嫌な予感は見事に的中していた。こんなものを食らってはひとたまりもない。殺意に満ち溢れた一撃を何とか凌ぐと……回避した先には、既に茜音さんが先回りしていた。
「あ、茜音殿っ……!」
「残念ね、水樹ちゃん。私、あなたのこと……気に入っていたのよ」
いつもの親バカ感はどこにいったのか、真剣な面持ちで告げた茜音さんは、いつも手にしていた扇子をこちらへ向けると、ゆっくりと口を開いた。
「宵神楽」
扇子の先端に、仙力が集中していくのが分かる。それはやがて無数の針のような形状に姿を変え、僕に向けて飛来した。
「ぬっ、これはっ……!!」
凄まじい数の暴力。一撃一撃は小さなものだが、数が多すぎて避けられない。そしてそれ以上に、妙な違和感がある。
避けきれずに仙力を受け止め、その衝撃で僕は屋敷へ突っ込んだ。幸い、家臣の黒衣さんたちを巻き込んではいないようだ。折角屋敷を壊さないように気を遣っていたのに……これでは台無しだ。
「お、お主ら……本気でわしを殺す気かっ!?」
瓦礫を除け、彼女たちの前に再び姿を現すと、戦慄する二人の姿があった。天音と、黒霧雲源だ。茜音さんは不思議と、僕が立ち上がることが分かっていたような、そんな雰囲気を醸し出している。
「あ、あれだけ食らってまだ動けるのかにゃっ……!?」
「……やはり、茜音殿の言う通り、討つことは叶わぬか」
「……」
『討つ』とか言っている辺り、本気で殺す気だったんだろうな、この人たち。操られているとはいえ、親しかった人たちに殺意を向けられるのは……何とも言えない悲しさがある。
それに、正直なところ、三人の連携は当初想定していたよりも厄介だ。こちらも本気で戦わなければ、本当に殺されてしまうかもしれない。
だが、上手く加減ができるだろうか。必要以上に痛めつけるのは望ましくない、が……。
「まだか、一ノ瀬……隆盛……!」
第一の目的である、灼堂たちの救助。それさえ達成すれば、最悪、一度撤退することも可能だ。雪さんがここにいないということは、あの二人のもとへ向かっている可能性がある。まさか、二人は雪さんに……。
「水樹っ!」
そんな不安に心を蝕まれていると、少し離れた場所から聞き慣れた声がする。……隆盛だ。奴が、捕まった三人を背に、こちらに手を振っている。
「や、やりおったか……!」
「ばっ、隆盛……!? 何故捕虜共を連れてっ……まさか、陽動かっ!?」
まさか、最大戦力である僕が『囮』だとは思わなかったのだろう。天音は隆盛がこちら側についていることなど知らなかったし、そも、僕たちは協力者の存在がなければ、地下牢への地図さえ手に入れられなかったのだ。
驚く天音に笑顔を返すと、隣にいた黒霧雲源が拳を作って頷いた。
 
「……二人とも、ここは頼む……我は彼奴らの確保に」
そうして、彼が動き出そうとする。
……まずい。先ほどの一撃を見て感じたけど、黒霧雲源の力は、息子である黒霧風雅とは比べ物にならないに強い。一ノ瀬についた僕を殺そうとしたくらいだから、このまま行かせれば、隆盛も木っ端微塵にされかねない。
咄嗟に、手に仙力を集中させた。黒霧雲源を抑えつつ、隆盛たちを避難させる。しかし——どうやら、その心配は無用のものだったらしい。
「——その必要はないわ」
しゃらんと、鈴の音がする。見れば、茜音さんの髪が赤く染まり、彼女を中心として霧のような仙力が展開されていた。
……何か、甘ったるい匂いがする。本能的に距離を取って屋根に飛び移り、口を塞いだ。しかし、すぐ近くにいた天音と黒霧雲源は、この一瞬で大量の仙力を吸い込んでしまっただろう。
「そんな……ま、まさか、母様まで……」
「ごめんなさいね、天音ちゃん。少し……眠っていてちょうだい」
しゃんっ、と、締めに大きな鈴の音が響くと同時に、二人はその場に崩れ落ちた。どうやら……眠っているようだ。
見たところ、敵味方関係なく、無差別に昏睡させる仙力か。何ともまあ、凶悪な力だ。
二人が眠ると、茜音さんはにこりと微笑んで僕を呼んだ。屋根から飛び降りて彼女の前に着地すると、まだ若干、あの甘い匂いが残っていた。
「そうか……やはり、茜音殿が協力者であったか」
「あら、気づいていたの?」
「お主の攻撃にだけ、殺意が感じられんかった。もしや、と思ってな」
先ほどのあの一撃。あれだけ隙だらけだったのだから、手数で攻める範囲攻撃よりも、一撃で仕留める高威力な攻撃をぶつけるべきだった。あるいは、そんな攻撃手段がないだけだったのかもしれないけれど、とにかく、茜音さんの攻撃には僕に対する『殺意』が感じられなかった。他の二人には確かに感じられたのにも関わらず、だ。
二人の殺意は完璧だった。だが、黒霧雲源はともかく、天音は裏切られたからといって友人を即断即決で殺せるような人間ではない。だとしたら、あの殺意は『未切』が洗脳して引き出したものだと考えるのが自然だろう。
なら、その殺意が見えない茜音さんは協力者なのではないか……そう考えるのは自然なことだ。
茜音さんは見破られたことに少し驚きながらも、感心したように笑ってみせた。
「私もまだまだね。未切よりも先に、あなたにバレるなんて」
「じゃが、茜音殿……正体を明かしたということは、つまり、そういうことじゃな?」
隆盛は協力者の正体を話さないように言い付けられていた。それは、『陣営内に裏切り者がいる』というメリットを未切に潰させないためだ。
だが、今こうして、茜音さんは自らが協力者であると暴露した。それが意味するところは一つ。
——ここで、反撃の準備が整ったということ。
「ええ。……そういうことよ!」
茜音さんは扇子を振るいながら、先ほどの宵神楽という仙力を放つ。無数に分裂した針は、宵山家で最も高い建物の屋根に目掛けて飛来した。
そのうちの数本が、空中でおかしな挙動をして、止まる。まるでそこに、『目に見えない何かがいるかのよう』に。
……だらりと、何もない空間から赤い鮮血が滴り落ちる。それと同時に、靄が晴れていくように、一人の白装束が姿を現した。
「その女が未切芽亜……天音ちゃんたちを操っている女よ」
 




