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のじゃロリと協力者の存在

——それは、凄惨な光景だった。


 巨大な炎が山を包み、人々は次々に炭と化していく。民家を優に超えるであろう津波は、瓦礫を飲み込みながら進み、地響きは大地を砕いて蹂躙していく。この世の地獄とも呼べるような光景が、目の前に広がっていた。


 人々の声が聞こえる。肉を焼かれ、砕かれ、苦しみながら悲痛な叫び声をあげている。そんな彼らに向けて、彼女は、手を差し伸べた。



 ああ、そうか。これは彼女の——御狐様の——。





「……んぁ」


「起きたかい、篠宮水樹」


……最悪な目覚めだ。妙な夢は見るし、汗はぐっしょりと服を濡らしているし。もう冬だというのに、あの夢のせいだ。


 一ノ瀬光之助は、随分と早く起きていたのだろう。黒い外套に身を包み、最後の調整をしているところだった。



……時刻は深夜。闇に乗じて宵山家を襲撃すべく、僕たちは屋敷の近くでしばしの休息を享受していた。


「もしや……うなされていたか?」


「多少ね。悪い夢でも見たかい?」


「むぅ……悪い夢、というほどではないが……」


 夢で見た内容は、鮮明に覚えている。あれは恐らく、遥か昔、風鳴村を含む周辺の村々を襲った大災害だろう。空に浮かぶ誰かの、一人称視点の夢だった。


 御狐様、だろう。僕の中には御狐様の魂がある。となれば、あれは夢ではなく、御狐様自身の記憶(・・)の可能性もある。何にせよ……人が大勢死ぬところを、映像として見てしまったんだ。悪夢といえば、悪夢だろう。


「まあ、体調に支障をきたすほどではない。お主はどうじゃ?」


「問題ない。いつだって動けるよ」


 にこりと微笑む一ノ瀬。どちらかといえば、準備ができていないのは僕の方か。


 準備を整え終えた頃には、夢のことなどすっかり忘れていた。過去に起きた大惨事よりも、今、目の前で起こっていることの方が重要だ。あの記憶をこのタイミングで見せてきた御狐様の意図は分からないが……やるべきことは変わらない。


「うむ……では行くか」


 一ノ瀬と頷き合って、簡易拠点を後にした。




 宵山家への道のり。暇さえあれば通っていた、見慣れた道であるはずなのに、何故だか今日はいつもと違って見える。これから屋敷を襲撃するからだろうか。思えば、手土産も無しに屋敷を訪れるのは、初めての頃以来かもしれない。


「……む」


 暗闇の中を歩きながら、どこからか視線を感じて、その場に立ち止まる。敵に捕捉されないために纏衣状態にはなれないが、宵山家での特訓の甲斐もあってか、通常時でも一般人に比べて高い感知能力を得ることができた。

 特に、視線や敵意、殺気には敏感になった。この姿になってから、何かと誰かに狙われることが増えたから。


「……尾けられているね」


「ああ。一人か?」


 隣を歩く一ノ瀬も気づいていたのか、僕の言葉に首を縦に振った。


 視線の方向からして、背後。二本先にある電柱の陰に隠れているようだった。僕たちを尾行する可能性があるとすれば……敵。宵山家や黒霧家、三枝家の人間だろう。


 どのみち、位置を捕捉されてしまったのなら仕方がない。このまま後を尾け回されるくらいなら、ここで捕らえた方がいいだろう。


 すぐさま振り返って駆け抜け、壁を蹴って尾行してきた者の背後に回る。段々、雪さんのことを笑えなくなってきたような身体能力を発揮して、そのまま奴を背後から押さえ付けた。


「かはっ……!」


「お主、何者じゃっ! ……って、お主は……」


 腕を後ろで掴み、地面に押さえ付けた者の正体は……何だか、見覚えのある男だった。黒いフードからちらりと覗く横顔に、見覚えがありすぎる。

 ゆっくりと、フードを外す。僕の気のせいではなかった。僕たちを尾行していたのは……篠宮の当主補佐であり、僕の親友でもある隆盛だった。


「よ、よう……」


 気まずそうに苦笑しながら、そんな呑気な挨拶をする隆盛。ハッとなって拘束していた腕を離す。


「隆盛! お主、こんなところでなにをして……いや、まさかっ……!?」


「ち、違う違う! 俺は洗脳されてないって! 水樹たちの協力者の味方だよ!」


 天音たちと同じように、未切の能力で操られているのではないか。そんな懸念が頭をよぎるも、隆盛の一言でそれは別の疑問に変わった。


 協力者……僕たちに密告をした人間のことを知っている。いや、未切に操られていて、カマを掛けただけだろうか。


 そんな風に迷っていると、少し遅れて一ノ瀬がやってきた。一ノ瀬は隆盛を一瞥すると、僕に視線を移す。


「彼は?」


「柳田隆盛。篠宮家の当主補佐じゃ」


 一ノ瀬はしゃがみ、いまだ地面で這いつくばる隆盛と目を合わせる。


「彼はなんて?」


「協力者の味方、だそうじゃ」


 僕の言葉を受け、彼は何度か納得したように頷くと、立ち上がった。


「……うん。多分、彼は本当に洗脳されていないんだと思う」


「分かるのか?」


「なんとなくね。何度も見てきたから」


 嘘を吐いている様子はない。確かに、考えてみれば、一ノ瀬は未切の能力に対抗すべく、奴の能力が効かない人間を味方にしてきたわけだから、当然、その過程で未切の能力を何度も目にしてきたはずだ。そのような能力が身についても不思議ではない。


 彼の、心の奥を見透かすような目も、そうやって養われたのだろうか。そんなことを考えていると、一ノ瀬が差し伸べた手をとって隆盛も立ち上がった。


 隆盛は体の土埃を払いながら、申し訳なさそうに頭を下げる。


「わりぃ。紛らわしいことしちまって」


「いや、それは構わんが……なぜお主がここにおる?」


 ここは既に、宵山家の領地内だ。屋敷にいるのならばまだしも、その道中に潜伏していたのは、正直、怪しさを感じる点ではある。


 僕の率直な質問に、隆盛は真剣な面持ちで答えた。


「頼まれたんだ、水樹たちのこと」


「頼まれた?」


「ああ。二人とも、捕まった三人を助けにきたんだろ? その手助けをしてやってくれってさ」


 隆盛の言葉に誤りはない。僕たちは確かに、あの三人を助けにきた。そして、今のところその目的を知っているのは、僕たちに矢文を送りつけた密告者——隆盛が言うところの、協力者という人物だけだ。

 まあ、少し考えれば、敵陣営の人間でも予想できることではあるが。ただ、『宵山家で囚われている』という情報は、あの場から離脱した僕たちは本来(・・)知り得ない情報だから、隆盛の言う協力者と、僕たちに密告をした人物は、同一人物だと考えていいだろう。


「ふむ……その協力者とは誰じゃ?」


 再び質問をすると、隆盛は表情を変えずに首を横に振った。


「それは言えない。そういう約束なんだ」


 名前は出せない、か。


 むしろ……真実味が増したな。僕たちから向こうの正体は分からないが、それは協力者の身が危険に晒されないようにするための措置だろう。

 僕たちが協力者の正体を知れば、少なからず、そちらに意識が向いてしまう。それを敵に察知されれば、『陣営に裏切り者がいる』という利点を潰すことになりかねない。


 ちらりと一ノ瀬の様子を窺うと、偶然、目が合った。彼は『大丈夫』だとでもいうような様子で、小さく頷いた。意見は一致したか。


「……うむ、分かった。話してくれ、隆盛。お主の知っていることを」


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