のじゃロリと、再出立
「一ノ瀬、準備はよいか?」
翌日。廃屋を散策して発見したリュックサックに食糧を詰め込み、僕たちは出発の準備を整えていた。
消費した仙力はとうに回復した。準備は万全。ならば、動くのは早い方がいい。あの三人が、いつまでも無事だとは限らないのだから。
滞在期間はわずか一日だったが……この廃屋には助けられた。実際のところ、漆原が用意したものなのか、それとも、偶然誰かが放置していたものだったのかは分からずじまいだったが、こうして体を休めることができたのは、間違いなくこの廃屋のおかげだ。
二つあるうちのリュックサックのうち、重たいものを一ノ瀬が背負う。纏衣状態でなければ、仙継士の身体能力は一般人とさして変わらない。ならば、咄嗟の状況で、僕が動けるようにしておいた方がいい。そう、一ノ瀬が判断したためだ。
「ああ……まさか君と、こうして肩を並べることになるとはね」
彼からすれば不思議なものだろう。自分が命を狙っていた相手と、肩を並べて、これから共闘しようというのだから。フィクションではありがちな展開だが、実際に自らの身に起こってみると、確かに不思議に思う。
「なんじゃ、わしでは不満か?」
「いや、心強い。骸久がいれば、もっと良かったんだけどね」
声色を変えずにそう言った一ノ瀬。
——漆原骸久。僕たちをここに逃した後、彼がどうなったのかは分からない。
「やはり……死んだのか?」
「分からない。あの時、確かに息をしていなかったはずなのに、骸久は仙力で僕たちを逃がしてくれた。あの瞬間、彼が生きていたことは確かだ」
息を吹き返したのか、あるいは、仙継士としての本能のようなものが、最後の最後に奴に力を貸したのか。
僕たちは漆原の末路を知らぬままここに来てしまった。万に一つでも、彼が生きている可能性があるとするなら……助けることはできないだろうか。
「もしかすると、奴らに捕虜として囚われているかもしれんな」
「いや、期待はしない方がいい。あの怪我だ。どのみち、もう助からなかった」
つま先を地面に打ちつけ、準備を終えた一ノ瀬は、やはり、声色を変えずに言った。
一ノ瀬からすれば、漆原は最も付き合いが長く、家族のようなものだろう。それにしては冷たい態度な気もするが……これで、内心は穏やかではないのだろう。
何となく、一ノ瀬光之助という男が分かったような気もする。この男は、激情をあまり表に出さない人間だ。復讐心や、憎しみも、言葉にするだけで表情や声色には表れない。表れるとすれば……敵を、目の前にした時くらいだろう。
(きっと……あの時の白装束を見つけたら、漆原の仇を取ろうと激昂するんだろうな)
その時は、彼が暴走しすぎないように抑えなくてはならない。
——そうだ。漆原と言えば。
「……そういえば、奴は最期になにか言っておったが……お主は聞こえたか?」
小さな声で……いや、声にもなっていなかったが、何かを伝えようと唇が動いていた。僕には上手く聞き取れなかったが、付き合いの長い一ノ瀬なら、彼の言いたかったことも分かるかもしれない。
ぴくりと一ノ瀬の肩が震え、そして、初めて寂しげな顔になる。
「……うん。『お元気で』、だってさ」
「……そうか」
家族に伝える最期の言葉だったのだろう。ならば、その意思は、僕が継いでやらなくてはならない。
「僕たちがすべきことに変わりはない。未切を倒し、彼らを解放する。その次は……三枝だ」
「うむ、分かっておる」
どれだけ悲しくとも、僕たちの道に揺るぎはない。皆を解放し、三枝を打ち倒す。散っていった漆原の憎しみも背負って、僕たちは戦わなくては。
「……全面戦争じゃ。待っておれよ、三枝」
扉を開け放ち、どこまで広がる青い空を睨み付けて、そう言った。復讐をするには勿体無いくらい、良い天気だ。
2章『のじゃロリと御狐様』完
次章 『のじゃロリと謀略の者たち』




