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のじゃロリと影を纏いし戦士

 仲間から引き剥がすために一ノ瀬の体を掴み、空き地の端まで移動する。ある程度距離が離れると、徐々に減速して、一ノ瀬の体を放り投げたのちに停止する。

 奴は奇妙な力で地面に激突することなく受け身を取ると、ゆっくりと立ち上がり、服に付着した砂埃を払った。


「おやおや……随分な扱いだね」


「特別扱いは好きじゃろう?」


 全てを見透かしているかのような、一ノ瀬の黒い瞳。じっと見つめていると、催眠にかかったように、奴の手中に囚われそうになる。


「僕を皆から遠ざけたのは、話をするため、だろう? なら——」


「御託はよい。さっさと出てこんか、漆原骸久」


 ぴくり、と奴の頬が動く。奴のご高説を聞くつもりはない。先に動き出したのは一ノ瀬だ。話し合いで事を済ませるつもりがないことは、とうに分かっていた。


 そして、二人きりに見せかけたこの状況が、奴の罠であることも分かっていた。廃倉庫で戦った時もそうだ。漆原骸久は間違いなくあの場にいたが、最後まで姿を現さなかった。


 漆原骸久の潜伏地点は、恐らく一ノ瀬光之助自身の影。そこにいれば、不意の一撃にも対応できるからだ。それは、今回も同じ。



 一ノ瀬光之助が、にやりと微笑む。その直後、『僕自身』の影から短剣が伸びてきて——僕は、その短剣を持つ者の腕を掴んだ。


「ふむ。やはりこちら(・・・)にいたか」


 短剣の持ち主は、当然、漆原骸久であった。彼は無機質な表情でこちらを見つめ、僕の手を振り解きながら、影から飛び出した。


「太陽を遮るものがない空き地。わしと密着している間に、一ノ瀬の影からわしの影へと移ったのじゃろう?」


「信頼している仲間は、そばに置いておきたくてね」


 やれやれと呆れたように話す一ノ瀬のもとに、漆原が合流する。

 あくまで僕の推測だが、漆原は初め、一ノ瀬の影の中にいたはずだ。そして、僕が一ノ瀬の体を掴んだタイミングで僕の影に移り、奇襲の機会を窺っていた。


「信頼、か。あれらはどうなる。信頼できる仲間ではないのか?」


 背中を向けたまま、背後で戦いを繰り広げる灼堂たちを親指で指差しながら言うと、一ノ瀬は首を横に振った。


「利害が一致しているから、味方ではあるね。だけど、仲間ではない」


「そうか」


 灼堂も同じことを言っていた。利害が一致しているから手を組んでいる、と。僕が思っていたよりも、奴らの関係性は浅いものなのかもしれない。


 まだもう少し情報を引き出したいところだけど……どうやら、漆原はそうも思っていないらしい。刃まで真っ黒な短剣を握り締め、戦闘開始の合図を待っている。


「お喋りはここまで、か」


 後は、身動きが取れない状態にしてから、ゆっくりとお話するしかないらしい。僕は何の合図も無しに漆原との距離を詰めると、その腹部に速度を乗せた拳を叩き付けた。


 が、しかし。



「ふむ……お主が一番の手練れか。ひょろっとしておるのに」


「主人は……僕が守る」


 まるで、鉄板を殴ったかのような衝撃だった。奴の腹部に巻きつけられた黒い影のようなものが、鎧となって僕の一撃を防いだのだ。


「骸久。最悪、器は殺してしまって構わない。いいね」


「承知しました、我が主人」


 直後、漆原から凄まじい量の仙力が溢れ出す。纏衣を解放するつもりなのだろう。阻止したいところだが……もう間に合わない。せめて巻き添えを食らわないよう、奴から距離を取る。


「纏衣」


 たった一言、奴が呟くと、奴の足元の影が伸びて次々と体に巻き付いていく。


「っ……さしずめ、影の鎧といったところか……!」


 それは、まるで鎧のようだった。あの夜戦った影人にもよく似た姿だが、感じる仙力の圧が違う。


 そして……薄々感じてはいたが、この男、強い。恐らく、一ノ瀬の陣営では群を抜いて仙力の総量が多い。


(……いや、それもそうか。少なくとも、滅門した一〇年前には既に仙継士だったんだから)


 一〇年間、復讐心を抱いて腕を磨いてきたというのならば、強者であるのもまた必然。


「狐火っ!」


 ならば、先手必勝。あれが影の鎧ならば、あの夜と同じ戦法が通じるかもしれない。


 そう思い、光量に特化した狐火を投げ付ける。奴に着弾した狐火は、まるで打ち上げ花火のように炸裂し光をあげ……健在の漆原を置いて鎮火した。


「うむ、やはりそう上手くはいかん、かっ……!」


 意趣返しかのように、漆原が黒い球体を投げ付けてくる。球体は空中でうぞうぞと蠢くと、途端に巨大なウニのように、無数の針を突き出し、それを射出した。


 それと同時に、漆原本人も迫る。針を素手で叩き落としながら、一度、二度と繰り出される蹴りを躱し——躱し、切れない。


「ぬっ!?」


 完全に躱したと思ったはずの二発目の蹴りが、僕の肩に切り傷を入れる。落ち着いて見ると、奴の爪先から影で作り出したような刃が伸びている。


「形状も思い描いたままということか……!!」


 一度、後方に跳んで距離を取りながら、今度は加工無しの狐火を三発投げ付ける。僕を追いかける漆原はそれを全て正面から受け止め……無傷のまま、爆風の中から現れた。


「嘘じゃろっ!?」


 これで倒し切れるとは思っていなかったが、流石に無傷で現れるとは思っていなかった。

 爆発が駄目なら、今度は『質量』で押す。地面に着地してすぐに仙力を込め、今度はありったけの物量を込めた水の砲弾を放つ。


「禍ツ水っ!」


 高速で射出された水の砲弾は漆原の胸部に命中すると……奴の上半身をのけぞらせた。


——しかし、ゆっくりと半身を起こした奴は、少なくとも、負傷している様子ではなかった。胸部の鎧も少し凹んだ程度で、それも一瞬にして補修されていく。



「……参ったの。これはちと、予想しとらんかったな……」



 ダメージをも恐れずに迫る漆原。予想もしていなかったその狂戦士ぶりに、冷や汗がこぼれた。



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