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のじゃロリと親子喧嘩

「どうしたの、子猫ちゃん。動きが鈍ってるわよ」


「うる……せぇっ!」


 炎を纏った獅子と、彼の攻撃を飄々とした動きで躱し続ける茜音。何か攻撃を仕掛けてくるわけでもなく、ただただ攻撃を避け続けるだけの茜音に、灼堂は妙な焦りと不安を覚えていた。


(なんだ、このババア……動きが読めねえ……!)


 本来ならば、暑さで体力を奪われ、茜音の動きは次第に鈍くなるはず。しかし、実際には彼女の動きは鈍らず、反対に、灼堂の速度が落ちていた。


 彼自身はそのことには気が付いていない。焦りと不安から、自身の動きが遅くなっていることに気付く余裕もないのだ。


「にしても暑いわね……せっちゃんが耐えられなかったのも無理ないわ。あの子、熱中症だとかは治らない(・・・・)から」


 扇子で顔を仰ぐ余裕を見せる茜音。そんな彼女に、更に不安感を煽られたのか、灼堂はより一層炎を大きくして逆上した。


「何をブツブツとほざいてやがるっ!」


 殴りや蹴りといった直線的な攻撃が当たらないのなら、この一帯を炎で包み込むまで。そう考えた灼堂は炎の範囲を広げ、茜音の体を包み込もうとする。



——が。



 途端に、世界が横に倒れる(・・・)。今まで真っ直ぐに見えていた景色が、転がってしまう。


「……なんだ、おい。どうなって、やがる……」


 彼が『倒れた』という事実に気付いたのは、少し時間が経ってからだった。なんとか起き上がろうとするものの、体に力が入らない。


「なんだ……起き、上がれねえ……」


 それどころか、どんどん力が抜けていく。腕で体を支えられなくなり、しまいには纏衣状態まで解除され、そのまま地面に倒れ伏してしまった。


(なんだこれ……どんどん、眠く……)


 瞼まで、重くなる。起きていることさえままならない。


 そんな状況で、薄まった視界の先に、つま先だけが見える。意識が薄れゆく中、茜音の声だけが彼の脳に響いた。


「特別強くしておいたわ。一週間はお眠りなさいな、子猫ちゃん」



……そうして、戦闘が始まって数分。両者共にかすり傷すら負うことなく、茜音は灼堂を無力化した。

 まるで赤ん坊のように、穏やかな表情で眠る灼堂。そんな彼をよそに、茜音は天音たち二人の方へ視線を向けた。


「……せっちゃん、あなた、そんな戦い方をして大丈夫なの……?」


 天音が隙を作り、雪が莉愛を撃破する。彼女の死をも恐れないような戦い方に危機感を覚えながら、茜音は二人のもとへ向かった。




——一方、その頃。



「……風雅」


 黒霧雲源は、息子である黒霧風雅へ、哀れみとも、あるいは怒りともとれるような視線を向けていた。


「っ……! 何故そのような目で見るのですか、父上っ!」


「お前は……何故そちら側にいる。それがどれほど危険なことなのか、分かっているのか?」


 逆上する風雅に対し、雲源は落ち着いていた。諭すかのように、息子に語りかけていた。


「何故……何故ですって!? 僕を閉じ込めた父上が、そのようなことを聞くのですかっ!」


 今にも殴りかかりそうな風雅。しかし、雲源は声一つ荒げず、問いを続けた。


「お前のためだ。あのままでは、必ず、あの二人に復讐をしていただろう。違うか?」


「それの何がいけないのです! あの二人は黒霧を舐め腐っているっ! 思い知らせなければ!」


 風雅のその言葉に、雲源はため息をこぼした。いつか、父……風雅から見れば祖父にあたる人物が言っていた言葉を思い出しながら。


『よいか、雲源。黒霧に楯突くもの、黒霧を舐めてかかるような家門は潰せ。争いこそが、この世の本質だ』


 かつての黒霧家の家訓。そんなものに疑問を持っていた雲源は、自身が当主になった途端、元当主である父を破門とし、屋敷から追放した。


 しかし、彼は破門された身でありながら、秘密裏に風雅に接触していたようだった。いつか風雅が当主になった時、再び自身を家門に迎え入れさせるために。


(……やはり、躊躇うべきではなかった。あの時、父を破門するのではなく、殺していれば)


 躊躇ったのは、その行為こそが父の教えそのものであると思ったから。自身の思想と異なる思想を抱く者を殺し、永久的に排除することは、まさしく黒霧家の家訓そのものであると思ったからだ。


 だが、今にして思う。風雅の、息子のことを思うのであれば、あの時、自らの手を汚してでも父を殺すべきだったと。


「……違うな。少なくとも、あの二人は今の黒霧家を下に見てなどいない。お前が舐められていると感じるのならば……つまりは、そういうことだ」


 雲源の言葉を理解した風雅は、俯き、わなわなと震える。


「……父上は、実の息子である僕よりも、あの二人の肩を持つのですか。あのような負け犬と、新参者の肩を!」


「その二人に負けたのだ、お前は。分かっただろう? 父上のような考え方では、いつか必ず、しっぺ返しを食らうと」


 再び諭すように語りかける雲源。しかし、その言葉は既に、風雅には届いていないようだった。


 風雅の髪が白く染まり、眼光が赤く輝く。実の父相手に纏衣を解放したということは、つまり。


「そうですか……父上も……いや、お前(・・)も僕を見下すのかっ……! 僕を、見下すのかっっ!!」


「……そうか。もう、元のお前はどこにもいないのだな。いや、元からどこにもいなかったと言うべきか」


 悲しげに告げる雲源と、荒れ狂う風を纏いながら迫る風雅。まるで、小さな嵐だ。


 雲源は慌てるわけでもなく、迫り来る風雅の一撃を躱すと、その後頭部に拳を落とす。

 直後、凄まじい破裂音が響き、地面が砕ける。隕石が落ちたかのようなクレーターに、拳を落とされた風雅の体が、漫画のようにめり込んでいた。


 まだ、辛うじて意識はあるようだ。父の過ちを繰り返さないためにも、ここで命を奪うべきなのだろう。雲源は数瞬、躊躇ったのちに……彼に背を向けた。


「風雅。お前を……破門とする。今後一切、黒霧の門を跨ぐことは許さん」


 つくづく甘い男だと、呆れるほど大きなため息をこぼしたくなる。


 こうして、黒霧家の親子喧嘩は幕を下ろす。黒霧雲源は心労からかその場に腰を下ろし、静かに、事の行く末を見守った。

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