のじゃロリと天音の実力
——三日後。時間の指定がされていなかったことから、朝早くに旧漆原邸にやってきた僕ら。一〇年前に滅門した漆原家の跡地は、屋敷が取り壊され、雑草が生え放題の広大な空き地になっていた。
由花の話では、この場所で何が起こったとしても、三枝家が内々に処理をしてくれるそうだが……果たして、本当なのだろうか。
「やあ。僕としたことが、時間を伝えていなかったね」
空き地の中央には、一ノ瀬光之助たちがいた。全部で五人。一ノ瀬、莉愛、灼堂、黒霧風雅と、見知らぬ女。漆原骸久の姿は見えない。またしても、どこかで奇襲の機を狙っているのかもしれない。
「待たせたか?」
「いや、僕たちも今しがた来たところだ」
「それは良かった」
まるで恋人同士のやり取りだ。今から争うというのに。
こちらの人員は、僕と天音、茜音さんに黒霧雲源と雪さん。黒霧家の二人の仙継士には宵山、黒霧両家の護衛を任せ、隆盛と由花もそちらにいる。漆原を含めれば人数的に不利ではあるが、戦力的には恐らく同等。勝てない戦いではない。
双方、動き出す気配はない、こちらの陣営には、僕が合図をするまで動くなと伝えてある。できれば戦わずに、話し合いでこの場を抑えたい。
が、しかし。
「あまり時間を無駄にするのも好きじゃないんだ。早速やろうか、玉御月命」
一ノ瀬側の人間が、戦闘態勢に入る。やはり、話し合いは難しいか。ならば。
「うむ、よかろう。ならば……頼んだぞ、皆の者」
すぐさま纏衣を解放し、一ノ瀬に突撃。その体を掴んで、味方から引き剥がす。僕の狙いは、あくまで一ノ瀬光之助だ。
「先生っ!」
「あなたの相手は私です」
「お前は私と、この前の再戦といこうか」
その後を追おうとする莉愛の前に、雪が立ちはだかる。修道女のような格好をした女の前には、天音が。
「あらあら。そちらはあなたに譲りますよ、黒霧の当主様」
「かたじけない。というわけだ、風雅」
黒霧風雅の前には、父である黒霧雲源が。青い顔をする黒霧風雅をよそに、灼堂大牙は纏衣を解放し、燃え盛る獅子となった。
「あら……天音ちゃんと違って、可愛げのない仔猫ちゃんね」
懐から取り出した扇子を広げ、口元にあてながら笑う茜音。この場に残された全員が、それぞれ、戦闘を開始した。
三日前、宵山家に襲撃を仕掛けた犯人を前にして、天音は酷く冷静であった。
「戦う前に名乗っておこう。私は宵山家次期当主、宵山天音だ」
天音が名乗りをあげると、修道女のような格好をした女は、にこりと聖女のような笑みを浮かべる。
「……希玲香と申します。あなたとお会いするのは、これが二度目ですね」
「ああ。前回は逃げられたが……今度こそ捕える」
マスクの位置を調整し、構える天音。玲香もまた、酷く冷静で……聖女のような笑顔から一変。獲物を付け狙う蛇のように、不気味な笑顔を浮かべた。
「それはどうでしょう……本当に私を捕らえられますか?」
そう言った玲香の姿がぶれ、二重になる。天音が驚きのあまり目を見開くと、今度は二重になった姿がずれ、二人になった。
幻の類ではない。本当に二人に増えてしまったかのように、そこに実体がある。
「増えた、だと……!?」
「前回あなたが戦ったのは、私の半身。果たして、今回はそう上手くいくでしょうか?」
その言葉に、天音は一人、納得する。分身の能力がありながらも、前回の襲撃ではそれをしなかった理由。
聞けば、黒霧家に攻め込んできた者も、同じく修道女のような見た目をしていたらしい。今時、そのような珍しい格好をしている者も多くはない。
この女は、分身をして二人になった状態で、宵山家と黒霧家を襲撃したのだ。つまり、あの時は本来の実力ではなかったということ。
「なるほどな……黒霧家を襲撃したのもお前だったということか」
全てを察した天音は、静かに纏衣を解放する。猫の耳と尻尾が生え、全身から仙力が溢れ出す。
同時に、玲香が動いた。一人は愚直に正面から天音を攻め、それを天音が回避したところを、二人目が追撃する。
「にゃっ!?」
「ほう、これを避けますか」
すんでのところでそれを回避した天音。嬉しそうに笑う玲香の体が……再び、ぶれる。
「では……これならどうでしょう」
二人になった彼女、そのどちらもが再び分身を作り出す。冗談は程々にしろ、と内心怒りを露わにした天音を嘲笑うかのように、玲香は四人に増えた。
「まだ増えるのかにゃっ……!」
屋敷で戦った時は本気を出していなかったのか。増えるのは二人までと油断していた天音は、驚きからか、一瞬体を硬直させてしまった。
「宵山様、ご覚悟を」
四人から一斉に飛来するナイフのようなものと、同時に襲いかかる四人の玲香。当然、人がそのような同時攻撃に反応することができるはずもなく、天音は無惨にも体を貫かれ——なかった。
「……は?」
ナイフが命中した天音の体が、ぶれる。まるで陽炎のように、ゆらゆらと揺らめいた天音は、そのまま煙のように消えてしまった。
「何を驚いているにゃ。増えるのはお前の専売特許じゃないにゃ」
玲香たちの上空から、天音の声が響く。そこには、先ほど消えてしまったはずの天音が、彼女たちに拳を振り抜かんと構える姿があった。
天音と水樹が初めて出会った日。彼女は水樹に手がぶれるという『幻覚系』の仙力を披露していた。つまり、たった今玲香たちが襲撃を仕掛けていた天音は天音本人ではなく、彼女が生み出した幻覚だったというわけだ。
「良い感じにまとまってくれてありがとうにゃ。叩きやすくて助かるにゃ」
彼女はゆっくりと拳を引き抜き、そして、目に止まらぬ速さで、集結した彼女たちに向けて振り抜いた。
「仙力——破天吼……にゃ」
訓練場で鎧を着たカカシを爆散させた仙力。その実は、衝撃を増幅させる能力。纏衣状態で向上した身体能力で放たれた、音速にも迫る勢いの拳は、直接命中こそしなかったものの、仙力によって衝撃を増幅され、四人の玲香に迫った。
一人は直前でそれを回避。しかし、三人はその衝撃で頭部にダメージを受け、血を吐いて倒れた。
しゅたり、と猫のように着地した天音は、脚についた埃を払うと同時に、残った玲香を鋭い眼光で睨みつける。
「四人に増えたところで、水樹一人より弱いお前たちに負けるわけないにゃ。少し自信過剰すぎるにゃ、お前たち」
尻餅をついたまま後退り、何とか態勢を整えようとする玲香。が、それを天音が許すはずもない。
「ほら、少し眠ってるにゃ」
彼女の頭を、平手で、左右から激しく叩き付ける天音。仙力で増幅された衝撃が、今頃、彼女の頭を激しく揺さぶっていることだろう。死なないように威力は調整したものの、今日一日、起き上がることはないはずだ。
玲香を撃破した天音は、仙力節約のために纏衣を解除する。そして、顎に手をやり、悩みこんだ。
「……やっぱり、私ってそこまで弱くないよな? 最近はあいつにやられっぱなしで自信を無くしていたが……」
水樹との訓練で、中々勝ち星を上げることができない天音。やはり水樹が異常なのだと納得した天音は、まだ戦っている仲間の応援に向かった。




