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朝目覚めたら『のじゃロリ』になっておったのじゃがっ!?  作者: クレイジーパンダ
一章『のじゃロリになってしまった件』
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のじゃロリ、風呂場の洗礼

 一体何の木材が使われているのかは分からないが、やはりここでも、意識すれば古い木の香りを感じる。一人ならば、湯に浸かりながらその香りを堪能しつつ、のんびりとしていたことだろう。



……だがしかし、今、僕の背後には椿さんがいる。僕と一緒に入るためだけに、わざわざ水着まで着用して。



「つ、椿殿……やはり、別々に入らぬか? ほれ、お主もあとでまた入り直すのは手間じゃろ?」


「ううん、いいよ。手間よりも可愛さを優先するから」


 首を傾げて表情を窺い見ると、それ以上何も言えなくなった。

 口角は吊り上がって、表情としては笑っているように見える。しかし、目が笑っていない。意地でもでも一緒に入るという強い意志を感じた。


 駄目だ、逃げられない。逃げたら何をされるか分からない。


 このまま、大人しくしておくしか選択肢はないのだ。取って食われるというわけでもなし、椿さんの目的は一緒に風呂に入ることであって、何か邪な目的があるわけではないはずだ。


(……多分)


 自信はない。



「じゃあ、頭から洗っていくね」


「う、うぬ……」



 幸いなのは、浴室内に鏡がないことだろうか。出発前に一人で風呂に入った時も、可能な限り自分の裸を見ないようにはしていたが、そこに椿さんも加わるとなると、僕はどうなってしまうかわからない。水着を着ているとはいえ、これまで女性とは無縁だった僕には刺激が強すぎる。何度も言うが、僕は健全な男子高校生なのである。


 少しぬるめに設定されたシャワーで、全身をさっと流される。

 それから、頭に何か被し物のようなものをはめられ、椿さんは手にシャンプーを取り始めた。



(……まさか、一七歳にもなってシャンプーハットを使われる日が来るなんて……)



 頭の被し物の正体は、子供用のシャンプーハットだった。この歳になって使われる日が来るだなんて思ってもみなかった。


「うぅん……狐の部分はシャンプー……でいいのかな? それともボディーソープ?」


「好きにしてほしいのじゃ……」


 そう言って、しゃこしゃこと、頭を洗い始める椿さん。

 まずはその長く整った白い髪から。泡が全体に行き届くと、今度はぴょこんと生えた狐耳に。



「……ォッ」



 耳の中に泡と水が入らないよう、丁寧な手付きで(こす)られる。自分で洗った時には気にならなかったが、それが何とも言えない快感を生み出している。思わず、変な声が出てしまうほどに。


「ごめん、力、強かった?」


「い、いや……丁度良いのじゃよ……」


 ふさふさとした耳を入念に洗われ、ここにも泡が行き届くと、まずは耳からシャンプーハットにかけての部分をシャワーで洗い流す。

 これのおかげで、どれだけ激しく洗われても目には水が入らない。今になって思うが、シャンプーハットはかなり便利な発明品だと思う。


 上側部分が洗い終わると、今度はシャンプーハットを取り外し、残った下側と前髪部分だ。前髪部分は極力顔に水がかからないように、これまた丁寧に洗い流してくれる。


「ふぉぉぉ……」


「どう? 気持ち良い?」


「うむ……とても、心地良いのじゃ……」


 この姿になって刺激に弱くなったのだろうか。ただ頭を洗われているだけなのに、耐え難い快感に襲われている。



 そして……この快感は恐らく、あと一度、残されている。今の僕には、耳と同様、白い毛に包まれた大きな尻尾が生えているから。



 魅惑の入浴タイムはまだまだ続いていく。介護されるかのように丁重に扱われながら、僕は一時の快感に身を委ねた。






——入浴を終え、だぼっとした大きめの寝巻きに着替えて脱衣室を出ると、既に隆盛は戻ってきていた。

 机には古びた本や手作りの冊子らしきものが山積みにされている。例の書庫とやらから借りてくることが出来たようだ。


 珍しく眼鏡をかけていた隆盛は、こちらに気が付くと、眼鏡を外して軽く手を挙げた。


「おう、上がっ……おっと、随分と可愛がられたみたいだな」


「誰のせいじゃ、誰の」


 快感を通り越して疲れ果て、疲弊した表情の僕と、それとは反対に、満足げに笑みを浮かべる椿さん。

 そんな僕たちを見て、隆盛は白々しくそう言った。頭に拳骨でも落としたくなる。が、助けられたことは事実なので、今は許そうと思う。


 髪や尻尾を大きなバスタオルで拭いながら、積み上げられていた冊子を一冊、手に取る。やはり手作りのものなのか、表紙も何もあったものではない。

 一ページめくり、中身を見る。そこには、おおよそ人が書いたものとは思えないほど達筆な文字群が、紙の上から下まで、隙間もなくびっしりと敷き詰められていた。


「ぬぐっ……今からこれを読むのか……?」


 思わず、拒絶反応を引き起こしてしまった。どんな内容なのかは分からないが、とても読めたものではない。


 次に、もっと読みやすい本はないのかと本の山から抜き取ったものは、この辺りの歴史をまとめた歴史書のようなものだった。先ほどよりも文字の密度は低く、挿絵も多いため読みやすい印象を受ける。


「きーめた。わし、一冊目はこれにするのじゃ」


「楽そうな本選びやがって……当事者なら一番厄介な資料を読めよ」


「わし、まだ幼い故に難しい話は分からぬ」


「子供ぶってんじゃねぇよ。中身は一七歳だろ」




 そんな冗談混じりの会話を交えながら、山積みにされた本を読破していく。


 誰もが『これは徹夜だろう』と覚悟をしたものの……徹夜するまでもなく隆盛が死亡し、続いて椿さんが。深夜三時を回った頃に、僕も朦朧とした意識に引き摺り込まれてしまった。








——一方その頃。




 夜の影に紛れるように佇む者がいた。身体のシルエットから女性であることは推測出来るが、口を覆う黒く無機質なマスクによって、その顔立ちや年齢は不明。


 彼女は何かを探しているようだった。神経を研ぎ澄ませるように目を閉じ、死んだように微動だにせず……、



……やがて探し物を見つけたのか、彼女は目を見開くと、何かを呟いて姿をくらました。





『……近い』





 誰に拾われるでもなく、夜の闇に呑まれたその言葉は、一体何を指し示すものだったのか。彼女が消えた今となっては、誰にも分からない。

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