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のじゃロリ、帰ってくる

「それにしても、よくあの場所が分かったのう。天音らはともかく、黒霧雲源よ」


 運転を家臣に任せ、後部座席で僕の向かいに座る黒霧雲源は、胸の前で腕を組み重苦しい空気を放っていた。一般人にこの光景を見られれば、何かとまずいことになりそうな気がする。そんな絵面だ。


 彼は一つ、大きなため息をこぼすと、呆れたような様子で言った。


「……宵山家の許可を貰って、宵山の領地内で風雅の捜索をさせていたんだ。まさか、本当に敵に寝返っているとはな」


 一度目は実力差に気付けずに戦を実行したこと。二度目は今回の事件。恐らく、彼の心労は許容量を超えているだろう。

 前回は正式なルールに則った戦だった。しかし、今回は違う。正体不明の勢力に加担しているとなれば、自宅での監禁程度では済まされないはずだ。


 まあ、どちらにせよ……黒霧風雅の裏切り自体は、僕にとっては関係のないことだ。奴の実力は分かっている。正直、大した脅威にはならない。


「で、宵山の次期当主殿よ。そちらを襲撃したのはどんな輩だ?」


 黒霧雲源が問うと、天音は静かに口を開く。


「女だ。修道女のような格好をした、妙な奴だった」


「なるほど、そちらも同じか。黒霧に攻めてきた者も、修道女のような格好をしていた。同じ組織の人間と考えて良さそうだな」


 修道女のような女。詳しくは分からないが、恐らく、一ノ瀬光之助の話にも出てきた『玲香』という女だろう。

 奴自身、邪魔者を『三人』だと言っていた。天音と茜音さん、それから黒霧雲源の三人だとすれば辻褄も合う。



「それで、篠宮殿を襲ったのは何者だ? 何が目的だった?」



 天音の答えに納得したのか、今度はこちらに質問が飛んでくる。


「うむ。わしも全ては把握しとんが——」



 そうして、今回の襲撃で起こった全ての事象を、二人に説明した。


 突然現れた一ノ瀬光之助という男。奴が狙っているのは、僕の中に眠る御狐様——玉御月命(たまみつきのみこと)の魂だということ。

 黒霧風雅が奴らと共に行動していること。共にいた灼堂大牙、莉愛という少女、漆原骸久のこと。


 そして、三日後……今度は旧漆原邸で殺し合いが始まるということ。



「——と、いうところかの」


「一ノ瀬光之助という男に、玉御月命(たまみつきのみこと)、か。壮大な話になってきたな。全く……お前は何故こうも面倒ごとに巻き込まれるのだ……」


「わしに言うでない」


 僕の話を聞いた天音は頭を抱えながら長く重いため息をこぼし、黒霧雲源は考え込むように顎髭を撫でていた。


「灼堂大牙という男に、正体不明の仙継士、な……心当たりはあるが」


「あるのかっ!?」


 黒霧雲源は頷いた。予想もしていなかった言葉に、思わず大声を出してしまう。


「灼堂家は三年ほど前に滅びた家門だな。それなりに強大な家門だったから覚えてる。それから、正体不明の仙継士とやらだが……燕士(えんじ)家の可能性があるな」


「燕士家?」


「ああ。こっちも五年ほど前に滅びてる。当主の力は、『重力を操る』仙力だ。篠宮殿の話と一致する点もあるだろう」


「重力を……」


 空中を自由自在に動き回っていた、莉愛という少女。不可視の力で地面を陥没させたのも彼女だった。重力を操る仙力だったのだとすれば、どちらにも説明がつく。


「……確かに、一理あるな。というか、妙に詳しいの」


「灼堂家は知らないが、燕士家には一度、戦を申し込まれて戦ったことがある。確証はないが、仙力の特徴を聞く限り、可能性は高いだろう」


「その二家は、なにゆえ滅んでしまったのじゃ?」


「そこまでは覚えてないな……何か思い出したら教えよう」


 そう言って、黒霧雲源は大きなため息をこぼした。



「……問題は、一ノ瀬光之助という男だな」


「ああ、私も気になっていた」



 彼の言葉に、天音も同意する、その理由が分からず、僕は首を傾げた。


「なぜじゃ?」


「聞いたことがないんだ、一ノ瀬なんて家門は」


「それは……小さな家門故、じゃないのか?」


 僕の問いに、天音は首を横に振る。


「水樹はまだ知らないだろうが、仙継士の家門には毎年、三枝家から各地の勢力の詳細を記した資料が送られてくるんだ。私も次期当主という立場だから、必ず目は通しているんだが……」


 彼女はそこで言い淀む。一ノ瀬、という名前には見覚えがないということなのだろう。


 なんでも、仙継士間でのトラブルをある程度防ぐため、地図や領地の分布図、それらを統治している家門の名前などが記された資料が、三枝家から送られてくるそうだ。

 前提として、国内に現存する仙継士の家門は、一ヶ月前に誕生した篠宮家を含めて七八しかない。確かに、名前と勢力を覚えるだけならば、それほど難しいことでもないだろう。


「俺も、見覚えはない。少なくとも、去年送られてきた資料には、一ノ瀬という名前はなかった」


「……どういうことじゃ? なぜ、奴の名前がない?」


「可能性は三つ。直近一年以内に誕生した家門か、どこかの家門に属しているものの家門として登録されていないか。或いは……一ノ瀬という名前が偽名である可能性だ」


「ふむ……」


 一ノ瀬光之助に関しては、まだ情報が少ない。御狐様の魂を狙っているということ以外は、謎に包まれた男だ。


 そも、奴が何故、御狐様のことを知っているのかも気になる。僕たちですら知らない『玉御月命』という名前も知っていた。どこからその情報を得たのだろうか。


「一ノ瀬のことは俺の方で調べておこう。それより、もうすぐ着くぞ」


 窓の外には見慣れた景色。宵山家の立派な屋敷が見えていた。


 僕たちを乗せた車は、屋敷の門の前で停車する。そこで、黒霧雲源は言った。


「次期当主殿。できれば、こちらで三日後の話をさせてもらいたいのだが……車を停められる場所はあるか?」


「ああ、それなら奥にある。水樹、隆盛、先に降りて中で待っていてくれ」


「承知した」


 隆盛と二人で先に車を降り、宵山の黒衣に挨拶をして屋敷の中に入る。その後ろから、体調が回復したのだろう。顔色が良くなった雪さんとそれを支える茜音さん、頭に包帯を巻いた由花がやってきた。


「あら、天音ちゃんは?」


「雲源殿がこちらで三日後の話をしたいそうでな。車の案内に行ったのじゃ」


「あらそう。そしたら、私たちは中で待っていましょうか」


 茜音さんはそう言って、雪さんを連れて先に行った。後ろからやってきた由花が、こっそりと耳打ちをする。


「宵山家の当主さん、優しい人だね」


「……優しい?」


 初めて会った時に、殺されるのではないかというほどの殺意を向けてきた彼女が、優しいと。

 奇妙なことを言う由花と共に、茜音さんたちの後を追った。




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