のじゃロリと駆け付けた者たち
「莉愛、今日はここまでだ。帰るよ」
戦場に響くには似つかわしくない、穏やかな声。先ほどまで舌打ちをしながら毒を吐いていた莉愛という少女は、その声を聞くなり、満面の笑みを浮かべながら振り返った。
「はーい! ……でも、今日はお狐さんを回収するのが目的だったのでは?」
莉愛が一ノ瀬のもとへ飛びながら、そんなことを言う。
「玲香が敗れたみたいでね。もうじきここに、邪魔者がやってくる」
「玲香ちゃんも? もう、皆情けないなぁ」
すぐそばに飛んできた莉愛の頭を撫でながら、一ノ瀬はこちらを見た。僕の動きを警戒しているようだ。
奴が何を言っているのかよく分からないが……とにかく、奴らの計画は失敗に終わってしまったということだろう。
「と、いうわけだ。今日のところは、これで引き上げるよ」
「逃げるつもりか?」
「うん。ここに三人も加わると、流石に僕たちが不利だ」
その割には、焦る様子もなく、淡々と告げる一ノ瀬。
大体の事情は読めた。奴は仲間に別の場所を襲撃させていたのだ。僕たちの味方となるような人物……恐らく、宵山家だろう。三人、というのが気になるが。
目的は始末ではなく、足止め。ここに合流されないように足止めをしていたはずの人間が、作戦に失敗し、敗北した。
故に、その三人の合流を警戒し、ここで撤退しようとしている。合理的な判断だが、あまりにもあっさりとしすぎている。
「お主は……なんなのじゃ。襲撃を仕掛けてきたかと思えば、すぐに逃げ帰ろうとする」
「初めに言っただろう? 僕は、君の中にある玉御月命の魂を、貰い受けにきたんだ」
ゆっくりと、僕を指差す一ノ瀬。
「だけど、そう簡単にはいかないらしい。彼女も、目覚めつつあるみたいだからね」
彼女、というのが御狐様のことを指すのか、それとも別の誰かを指すのかは分からない。だけど、そんなことはどうだっていい。
こいつらは、逃がさない方がいい。僕の直感がそう告げている。能力の底が知れている黒霧風雅はともかく、あの厄介な力を持つ莉愛という少女と、能力すら分からない一ノ瀬光之助は逃がすべきではない。
奴の死角になるよう左手をこっそり背後に回し、小さな狐火を生み出す。隙を見て、奴に投げ付けるために。
——しかし。
「やめておいた方がいい。君がそれを使うよりも先に、骸久の仙力が発動する」
今度は、瓦礫の山を指差す一ノ瀬。灼堂大牙を吹き飛ばした、あの場所だ。
釣られて視線を向ければ、気を失っていたはずの灼堂大牙の体を影が覆っていた。影はあの巨体を最も容易く呑み込むと、地面の中に引き摺り込んでしまう。
漆原骸久——姿が見えないと思っていたが、初めからここにいたのか。
一ノ瀬光之助はくすりと笑うと、再び手を鳴らす。パン、という乾いた音が、廃倉庫に響き渡った。
「宣戦布告をしておくよ、篠宮水樹」
「なに?」
耳を疑った。奴は今、宣戦布告、と言ったのだ。
「と言っても、仙継士が言うところの戦じゃない。運営組織なんてものはない、本当の殺し合いだ。三日後、場所は旧漆原家跡地でね」
「殺し合いじゃと!? お主、なぜそうまでして御狐様の魂をっ……」
「さあ。それはこの三日間で考えればいい」
不適な笑みだ。奴の考えていることが、何一つとして分からない。
「では、また。次こそはその魂、貰い受ける」
奴らが浮かんでいた直下の地面にある陰から、黒い柱が伸びてくる。柱はそのまま三人を飲み込むと、砕けるようにして消える。後には、人影など残ってはいなかった。
狐火で照らしてもいいが……漆原骸久も、二度も同じ手にはかからないだろう。
そうこうしているうちに、廃倉庫には僕たちだけが取り残された。先ほどまで激しい戦闘が行われていたことなんて想像も出来ないほどに、静かだ。
そんな静けさを、激しいエンジンの音が打ち破る。車か、バイクか。その正体は、こちらに向けて爆速で迫ってくるバイクだった。
僕たちの前で横滑りしながら停車したバイクには、フルフェイスのヘルメットを被った人物が二人乗っていた。一人は、見覚えのある黒装束に身を包んでいる。
「お前たち、無事かっ!?」
「ごめんなさいね、遅れちゃって」
「天音、茜音殿!」
ヘルメットをとると、見慣れた顔が現れる。天音と茜音さんだ。
二人はバイクから降りると、一人は僕の体をベタベタと触り、もう一人は横になって休む雪さんのもとへと駆け寄った。
「屋敷が襲撃を受けてな。こちらの被害は軽微だが、お前たちの身に何かあったのではないか、とな」
「やはり、そうであったか」
そう話す天音には、よく見れば小さな傷がいくつもあった。先の襲撃で受けたのだろう。だと言うのに、真っ先にここへ駆け付けてくれるとは。やっぱり、持つべきものは友というやつか。宵山家しか勝たん。
「わしらも無事じゃ。怪我人はおるが、幸い、死者はおらん」
「そうか、それを聞いて安心した」
安堵のため息をこぼす天音。その隣に、少し顔色が良くなった雪さんを抱えた茜音さんが現れた。
「せっちゃんも無事ね。薬を飲んで休めばすぐに良くなるわ」
「雪殿には助けられた。雪殿がいなければ、今頃どうなっていたことやら」
「いえ……当然の務めですので」
雪さんは謙遜するように言葉を発すると、再び目を閉じた。無理もない。恐らく、熱中症や脱水症状も併発しているだろう。出来る限り早く、治療を受けさせなくては。
「すぐに人を手配しよう。見たところ、頭を怪我している者もいるようだしな」
懐からスマートフォンを取り出す天音。画面を何度か触り、耳元にそれを当てたのと同時に——また、喧しいエンジン音が聞こえてきた。
「……今度はなんじゃ」
「……宵山のものではないぞ」
エンジン音の正体は、連なってやってきた三台の車。先頭の車には、何やら見覚えのある人物が乗っている。
車は僕たちのすぐそばで停車し、黒いスーツを着た人間がぞろぞろと現れる。先頭に立つのは、ぱっと見ではその道の人間のようにも見える、巨漢。
「お主は……黒霧雲源か。久しいな」
「ああ。こんな面倒ごとで再会するのも複雑な気分だが……接触禁止令も、このような非常事態では破らざるを得まい」
黒霧雲源。黒霧家現当主であり、黒霧風雅の父親。現在は宵山家への接触禁止令が発行されているはずだが……まあ、彼の言う通りだ。今は非常事態だし、何より、黒霧雲源自身は宵山家への敵意はない。
気になるのは、彼が何故ここに現れたのか、ということだけど。
「その様子だと……黒霧家にも現れたな?」
僕よりも先に天音がそう問うた。黒霧雲源は困ったように苦い顔を浮かべながら、首を縦に振る。
「お前の想像している通りだ。詳しい経緯も説明してやりたいところだが……まずは、傷病人の治療が先だろう。二台目の車に乗せるといい。医者がいる」
「……ありがたい。恩に着る」
視線だけでやり取りをする天音と茜音さん。茜音さんは雪さんを抱えたまま、負傷した由花を連れて二台目の車へ向かった。
それを見送った黒霧雲源は、残った僕たちに告げる。
「残りは俺と一緒に乗ってくれ。そちらの話も聞きたい」
断る理由もない。僕らは共に、黒霧家の車に乗り込んだ。




