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のじゃロリと混戦の予感

 イメージするのは、ボクシングのグローブだ。まだ使い慣れていないこの力を暴走させないように、範囲を狭く、だけれど威力は大きく。


 僕の拳を、渦が巻く。まるで嵐の夜の濁流を、そのまま手に纏ったかのような蠢きをあげてはいるものの、僕自身の拳にダメージはない。


「なんだ、そりゃぁ。もっとド派手なもんを期待してたんだがな」


「何。どはで(・・・)かどうかは、やってみれば分かるじゃろ」


 ファイティングポーズをとる。素手での戦闘は、雪さんとの訓練で飽きるほど繰り返してきた。きっと、今の僕にはこれが最適解だ。

 僕に釣られて、灼堂大牙も拳を構えた。轟轟(ごうごう)と燃え盛る炎が、より一層激しさを増す。


 どちらから動き出すか、合図のようなものはなかった。ただお互いに、思い描いたのは同じ瞬間だった。


「おらぁっ!」


 同時に動き出し、拳と拳を打ち合う。その一撃目で、戦況がこれまでとは逆転した。


「ぐっ……おぉっ!?」


 真正面から打ち合った拳。水を纏った僕の拳は、炎を纏った灼堂大牙の拳にぶつかると……ぶつかり合った部分の炎を消し去り、膨張しながら、川の激流に飲み込むように、奴の腕を引き摺り込んだ。


 負けじと、強引に腕を引き抜く灼堂大牙。瞬時に距離を取った奴の右腕は、一瞬で血まみれになっていた。


「ははっ……確かに、これはド派手だな」


 奴が再び炎を纏うと、仙力の再生能力で傷が癒える。状況は、また元通り——というわけでもない。


(……効いてる。一撃当たりのダメージがでかい。これなら、奴の仙力を削り切れる……!)


 僕が最初に放った狐火のおかげで、奴は自らの仙力を使うことなく、効果的に力を得ることが出来た。その分も含めて、奴の仙力を全て削り切るためには、それ相応に威力の高い攻撃を連発しなくてはならなかった。

 今まではそれが難しかったが……禍ツ水なら。炎の仙力を使う奴に、効率的にダメージを与えられる。



 そうと決まれば、だ。



「今度は……わしの番じゃっ!」



 姿勢を低くして距離を詰め、下方から奴の腹部目掛けてアッパーを仕掛ける。グローブから巨大な爪のような形状に変化させた禍ツ水が、奴の纏う炎を消滅させながら、その身を切り裂いた。


「くっ……そがっ! 調子に乗るんじゃねえ!!」


「あづっ……!?」


 奴の肉体から、爆風が放たれる。炎そのものは水で掻き消すことが出来るが、高温の爆風となれば別だ。下手に吸い込んでは肺が焼けてしまう。


 だが、攻撃の手を止めるつもりはない。もう少し、ほんの少しだけ威力を調整するのだ。奴を殺さず、けれども、戦闘不能にするくらいの威力に。

 息だけを止め、爆風を放つ奴の、ガラ空きの胴体に二発、突きを繰り出す。奴がよろめいたところで、僕は禍ツ水を再構築した。



 殺傷能力のある水……水をレーザービームのようにして放つ作品もあったりしたっけ。でも、それだと奴を殺してしまうから、もう少し威力を落として。もう少し太く、遅く。イメージするのは、そう。消防車の放水のようなものを。


 拳に纏っていた水を束ね、腕をホース……いや、砲台に見立てる。放つ水の量は極力少なく、今の僕が制御し切れる範囲内で。


「これで終わりじゃ……」


 奴の腹部に両手を添え、そして、叩き込む。



「禍ツ水——穿孔っ!」


「がっ、ぁぁああっっ!!」



 腕から射出された水の砲弾は、奴の腹部を強打すると、勢い衰えずそのまま大きく吹き飛ばした。

 奴は廃倉庫にあった瓦礫の山に激突すると、一瞬、立ち上がろうともがき……地に伏した。どうやら、気を失ったようだ。


 奴が纏っていた炎も消え、周囲の気温が少しだけ下がる。ようやく、この暑苦しさから解放された。


「や、やっと倒れおったか……しぶとい男め……」


 相性の問題でもあったが、黒霧との戦で戦った仙継士とは一線を画す強さであった。仙力自体は温存出来ているけれど、肉体的な疲労という点で言えば、暑さのせいもあってかなりキて(・・)いる。


「じゃが、まずは一人——」


 一人、倒したことで一息つけるだろう。そう思った、が。




——どぉぉん……




 すぐそばに、上空から何かが降ってきた。土煙が晴れ現れたのは、地面に激突し、額から血を流す由花であった。


「むっ……大丈夫かっ!?」


 ふらつきながら立ち上がる由花の体を支えようとすると、彼女は意外にもけろっとした様子で、明るく笑ってみせた。


「あっ、水樹ちゃん。そっちは何とかなった?」


「何とかなった? ではない! お主、重傷ではないか!!」


 額からは血を流し、服はぼろぼろに破れている。幸い、骨が折れているような様子はないが、見えない部分のダメージがどうなっているのかは分からない。少なくとも、元気に笑っていられる状態でないのは確かだ。


「そうでもないよ。ほら、元気元気」


「こら、暴れるなっ!」


 元気さのアピールなのか、肩をぐるぐると回し、額からの血が増量する由花。何をふざけているのかと制止していると、彼女が落ちてきた地点の上空から、ゆっくりと少女が降下してくる。そして、私たちの頭上で停止した。


 まるで、そこに踏みしめる大地があるかのように、宙に立つ少女。彼女の仙力だろう。思えば、一ノ瀬光之助と黒霧風雅が空に浮かんでいるのも、彼女の力なのかもしれない。


 一ノ瀬に対しては猫撫で声で甘えていた彼女。しかし、そんな態度の片鱗すらも見せないほど低い声で、僕たちに毒を吐いた。


「そこのフィジカルゴリラだけでも面倒臭いのに……灼堂、弱っちいのにでしゃばるから」


 二回、三回と舌打ちをして、親指の爪を噛む少女。フィジカルゴリラというのは由花のことだろうが……俗に言う『地雷系ファッション』というやつからは想像も出来ないような毒を吐く子だな。


「由花、手を貸そう」


「助かるよ。あいつ、空飛んでて厄介なんだよね」


 由花と共に、戦闘態勢をとる。一触即発の静寂を——誰かが鳴らした、拍手の音が打ち破った。




「そこまで」




 パン、という音と共に、男の声が響き渡る。声の主は、ここまで一切手出しをしてこなかった、一ノ瀬光之助であった。


「一ノ瀬光之助……?」


 突然なんだ、という困惑と同時に、警戒を強める。向こうにはまだ、消耗していない黒霧風雅と、能力の分からない一ノ瀬光之助という二つの脅威がある。もしここで奴らが参戦してくるのであれば……雪さんが回復しきっていない僕たちにとって、不利な状況となる。


 一ノ瀬は笑うこともなく怒ることもなく、ただただ感情を露わにしないような無の表情で、続けた。



「莉愛、今日はここまでだ。帰るよ」

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