のじゃロリと打開策
烈火の如く暴れ回る獅子。加減というものを知らない暴君。纏衣状態の灼堂大牙は、そのような男であった。
「おらおら、どうしたぁっ! さっきの炎で打ち止めかぁっ!?」
「そんなわけなかろうが。対抗策を考えておるところじゃ」
奴の攻撃を躱し、時に弾きながら、次なる策を練っていた。
幸い、戦闘能力では劣っていない。単純な身体能力はこちらのほうが上。技能的な意味で言えば五分といったところか。こうして打ち合っていて、押し負けることはないだろう。
だが、決め手に欠ける。特に問題なのは、これだ。
「ふんっ!」
「ぐぉっ……!」
奴の腹部に強烈な拳を叩き込む。防具もなく無防備な腹は、打撃の衝撃で赤く腫れ上がっていた。
奴はほんの一瞬悶え、そして、次の瞬間には平静を取り戻した。
腹部の赤い腫れ、外傷とも言えるそれが、奴自身から滲み出た炎によって包まれ、綺麗さっぱり消えてしまう。
これが問題だ。小さなダメージを積み重ねたところで、こうして回復されてしまう。骨折程度の怪我ならば、瞬きをする間に無かったことにされてしまうのだ。
だが、それも無尽蔵ではないはず。回復し続けていれば、いずれはエネルギーも尽きるだろう。
……そう、エネルギー。恐らくだが、僕はかなり、『とんでもない』失敗を犯してしまった。
「……数分前のわしを殴り飛ばしたいところじゃのぉ……」
これはあくまで僕の予想だが、奴のあのとんでもない自己再生能力に使われているエネルギーは、先ほど放った狐火だ。見ていた限りでは炎を吸収していたようだし、吸収された炎の使い道なんてものは限られている。
「はっ……いまだに炎しか操れないってのは本当だったみたいだな」
「さてな。お主を油断させるためかもしれんぞ」
口からは強気なはったりを放つが、実際のところはどうするべきか判断に困っている。狐火では奴を仕留められないどころか、むしろ力を与えてしまうのだ。何か、別の手を考えなければならない。
「おら、もっとやり合おうぜ、御狐様とやらよぉっ!」
「ぬぐっ……」
纏衣を解放した灼堂の攻撃は、一撃一撃が重い。巨大なハンマーを打ちつけられているかのような衝撃を感じるのだ。
それに……纏衣状態であるにも関わらず、あの好戦的な性格や口調に変化が見られない。普通、仙人の影響をより強く受ける纏衣では、仙人たちの特徴が表に出てくるものだが……恐らく、あの獅子の仙人は、灼堂と同じような性格だったのだろう。
尚更タチが悪い。とにかく、作戦を練らなければ。
(どうする……狐火は効かないし、打撃でも大したダメージを与えられない。確実性のある方法といえば……)
纏衣状態はより多くの仙力を消耗する。故に、その力は無尽蔵ではない。それは灼堂とて例外ではない。
つまり、『削り切れば』よいのだ。回復されようが何だろうが、絶え間なく攻撃し続け、奴のエネルギーを削り切ればこちらの勝利。奴の仙力の総力は分からないが、御狐様より上ということはないだろう。あくまでも楽観的な推測だが。
問題は、それだとこちらの消耗も激しく、時間がかかるということ。一撃で決められない以上、途中で一ノ瀬や黒霧が参戦してくる可能性もゼロではない。
となれば、やはり短期決戦が望ましい。そのために必要なものはただ一つ。
(ここで……この場で、狐火以外の仙力を引き出す)
御狐様は過去に大災害を止めた経歴のある仙人だ。ならば、扱える仙力が炎を操る『狐火』だけだという可能性は低い。灼堂を倒せる仙力を、この場で扱えるようになる。それが、短期決戦への唯一の道だ。
確実性はない。保証もない。だが……纏衣を解放してみて分かった。尻尾が二本に増えたこともそうだが、ほんの少し、仙継士としての力が強まっている。
以前、天音が言っていた『不完全な状態』。それがここにきて、段階を一つ進めたのだとしたら。可能ではないか、この作戦も。
(かと言って……)
灼堂の拳を手のひらで受け止め、踏ん張る。体格の差か、少しだけ押し返された。
「落ち着く時間もくれんのか、お主はっ……!」
「当たり前だ。油断して負けたら台無しだろう、がっ!」
奴はそのまま体を宙に浮かすと、ドロップキックの要領で腹に蹴りを食らわせてくる。想定外の一撃がクリーンヒットした僕は、そのまま大きく後方へと吹き飛ばされた。
「むぐっ……重いっ……!」
「まだまだぁっ!!」
立ち上がって姿勢を整えるよりも前に、奴は距離を詰めてきた。両の拳による絶え間ない連撃。炎でじりじりと体力が奪われ、反撃の隙も出来やしない。何か起点を作らなければ、押し負ける。
——その時だ。
「水樹様っ!」
「水樹!!」
名を呼ぶ声と共に、応援が駆け付ける。側面から灼堂に向かって水がかけられ、そのすぐ後に雪さんの飛び蹴りが炸裂する。
彼女の蹴りの威力は半端なものではない。体格差もあって吹き飛ぶまではいかなかったが、灼堂はよろめき、後退する。
「申し訳ありません、水樹様。足手まといになるかとは思いますが、居ても立っても居られず」
「いや、正直助かったのじゃ……お陰で一息つける」
駆け付けた彼女の肩を借りて立ち上がる。ダメージは小さくないが、戦えなくなるほどではなかった。
そして、水をかけた犯人は、雪さんの後ろに控えていた隆盛だろう。奴の手にはボロボロになった鉄のバケツがあった。放置されて雨水か何かが溜まっていたものだろう。
思わぬ反撃を受けた灼堂の体からは火が消えていた。火は水に弱い。奴の力なら、水をも一瞬で蒸発させることは可能だろうが、意識外からの攻撃で対応が難しかったのだろうか。
「てめぇら……ただの人間のくせして、うざってぇことしやがって……」
「戦いに『ただの人間』も『仙継士』も関係ありません。皆等しく戦人です」
立ち上がった灼堂に対して、雪さんは毅然とした態度で言葉を返した。
奴が舌打ちをして、身体を震わせる。ある程度体毛の水が振るい落とされると、再び炎が現れて傷を再生させた。水で濡れると一時的にだが再生能力を抑えられるらしい。
横槍が入ったからか、奴の機嫌はこれまでになく下を向いていた。攻撃も、また激しさを増すかもしれない。
だが、糸口は見つかった。考えれば分かることだが、奴は水に弱い。もし仙力で大量の水を作り出すことが出来れば……奴の力を封じられる。
……ここからは、仮定の話になるが。
かつて風鳴村付近で起きた大災害は、火災とも地震とも津波とも言われている。これが確定的な情報がどうかはともかくとして、御狐様はこれらの災害から村を救っているのだ。
仮に火災が起きたことが事実だとして、それを抑えるために最も有効的な手は何か。それは——そう、水だ。火を消すには、水をかけるのが一番。
だとすれば、どうだろう。かつての御狐様には、水を操る仙力もあったのではないだろうか? 今までの僕には使えなかったのかもしれないが、力が強まった今なら。もしかすると、可能性もあるのではないか。
「……雪殿。三分でいい、時間を稼いではくれまいか」
新たな仙力を引き出すための時間が必要だ。だが、由花は手が離せない。こんなことを頼めるのは、雪さん以外にいなかった。
半ば、ダメージを覚悟で戦ってくれと言っているようなものだ。雪さんは仙継士ではないただの人間で、灼堂は纏衣状態の強豪。彼我の戦力差は口にするまでもない。
だが、彼女は……。
「承知しました、水樹様」
何を聞くこともなく、二つ返事で了承した。
「どんな策か、聞かずともよいのか?」
「ええ。水樹様を信頼していますから」
彼女はこちらを見て、にこりと笑う。この状況下では重圧のかかる信頼だが……悪くない。後には引けないのだから、その信頼に応える他ないだろう。
雪さんが拳を作る。灼堂も、もう間も無く動き出すだろう。隆盛は後方に下がって安全を確保している。後は、僕が気合を入れるだけ。
「そうか……では、頼むっ!」
僕の言葉を合図に、雪さんと灼堂がぶつかり合う。僕は僕で、心の中に眠る御狐様に、ゆっくりと語りかけるのだ。




