のじゃロリと襲撃
由花の告白に、僕たちは最初、言葉を失ってしまった。三枝家のことは元より信用してはいなかったが、まさか一家門の滅亡の首謀者だとは思わなかった。
先に理性を取り戻したのは隆盛だった。奴は食べかけの弁当を傍に置き、作った拳を振り下ろした。
隆盛の座る裏庭の椅子が、がたんと大きく揺れる。あれが仙継士ならば、間違いなく粉砕だ。
「三枝って……じゃあなにか? 連中は裏で何かやばいことでもやってるってことか?」
もし僕たちが初対面であったとしても分かるほど、隆盛の声には怒りが満ち溢れていた。何の力も持たない一般人であるはずの奴の気迫に、由花でさえも気圧されていた。
「……そこまでは私にも分からない。でも、私が知る限り悪行に手を染めてるだなんて事実はないと思う」
「心当たりが無けりゃ漆原家を追い込むこともなかったはずだろ、違うか?」
「それは……そうだけど……」
彼女は隆盛の言葉に反論することも出来ず、ただ俯くばかりだ。
今までの話を聞く限り、由花の三枝家での役職はあまり高くないように思える。悪く言えば、下っ端だということだ。事の顛末を調べることは出来ても、三枝の黒い部分とやらが何なのかまでは踏み込めなかったらしい。
彼女が知る限りでは悪行などには手を染めていない。裏を返せば、それは上層部だけが知るような重大な秘密が隠されていることを意味している。
もしかすると、僕たちが想像しているよりもずっと、三枝家の作る病巣は大きなものなのかもしれない。
だが、問題は僕たちだ。漆原家は三枝家の闇を探ったことで滅門へと追い込まれた。三枝家に闇がある事実を知ってしまった僕たちも、同様の目に遭う危険性がある。
「その話を知ってしまった以上、わしらも警戒せねばならんな。元より三枝のことは信用しておらんが」
「だな。三島、俺たちがこの話を知ったことは口外するな。……まあ、そんなことすればお前だってタダじゃ済まないだろうけどな」
「分かってる。だからこそ話したんだもん」
話すことそれ自体が彼女にとっても危険な行為。ある意味、僕たちは運命共同体とも言えるのだ。
彼女がこのことを口外しなければ、僕たちが真相を知ることを第三者が知る術は無くなる。この手綱だけは絶対に手放せない。
そして、彼女の話でまた予測出来る範囲が広がった。漆原骸久の目的は復讐だった。そして、残る相手は三枝家のみ。
「そうなると……漆原骸久の一番の目的は三枝家への復讐、ということになるかのぅ」
滅門した直接の原因は後継者争いだとしても、その要因を作り出したのは三枝家だ。復讐の動機としては十分に成立するだろう。
「けど……奴は復讐の途中で狙いを水樹に変えてきやがった。水樹を狙っているのは漆原じゃなくて別の奴ってことだ」
「あのお方とやらじゃろう。漆原骸久は単なる駒なのやもしれん」
「どうする? 三枝に警告するか?」
隆盛の言葉に、一瞬、迷いが生じた。
理由は幾つかある。まず、高確率で僕たちのことが三枝家に知られてしまう。この推理に辿り着くためには、三枝家の闇を知るという前提条件があるからだ。
そして……もう一つは、僕個人としての感情だ。確かに漆原骸久は立派な敵対勢力だが、三枝家の行いを考えれば、同情が出来てしまう。今後のことを考えると、この際、三枝の闇を暴いてしまうべきなのかもしれない。
「いや。それだとわしらが真相を知ったことが知られてしまう。それに、奴の心情を考えると……同情の念が湧かないと言えば、嘘になるな」
「同感だ。復讐を肯定するつもりはないけど、進んで止めようって気にもならない。特に、三枝が相手の今はな」
三枝家に警告をすべきか、しないべきか。二人してそんなことで悩んでいると、そこへ由花が横槍を入れる。
「それなんだけどさ。多分、敵は三枝よりも先に水樹ちゃんを狙ってくると思う」
「む? どうしてそう思う?」
現状、敵がどちらを先に狙ってくるかの予測は難しい。なのにその発言が出たということは、何かしらの根拠があるということだ。
「敵の勢力は分からないけど、漆原骸久の能力程度じゃ三枝家は落とせない。もしあのお方って奴の目的も三枝家への復讐なら、水樹ちゃんの力が必要になってくると思うの」
「なるほど……敵が水樹を狙ってきたのは三枝家への復讐のため、か……一理あるな」
つまり、狙いを僕に変えたのは別の目的があったからではなく、『三枝への復讐』という元の目的に、僕というピースが必要だったから、という推測だ。
筋は通っている。『御狐様』の力は自他共に認めるほど凄まじいものであるし、強大な三枝家と戦うためには必要となる力だろう。
「ふむ……ならば、当面は由花が三枝家で警戒をしつつ、わしらはわしらで敵を迎え撃つ準備をしておくのがよいか」
「良いと思う。最悪、先に三枝家が攻め込まれても、余程の戦力がなければ落とされないとは思うから」
僕の言葉に、彼女は力強く頷いた。
メインは僕自身が狙われることを想定しての警戒体制。それと同時進行で、事情を知る由花が三枝家で警戒を続ける。
あとは……敵がどのタイミングで攻めてくるかが分かれば、こちらとしても動きやすいのだが……それは贅沢な願いだろう。奴ら、特に漆原骸久の目的が推測出来ただけでも上々な結果と言える。
「ならば……」
と、そこで昼休み終了五分前を告げる予鈴が鳴る。今回の作戦会議はここまでだ。
空になった弁当箱に蓋をして、巾着袋に仕舞う。
丁度、巾着袋の口を縛った時だった。
「……っ!」
奇妙な気配を感じ、その方向へ意識を向ける。視界の端には、同じような動きをする由花と、状況は分からないが警戒をする隆盛の姿が映っていた。
この気配……間違いない、仙継士だ。それも、仙力の気配までもが。
「——雪殿っ!!」
直後、虚空に向かって彼女の名を叫んだ。彼女は何もない空間から音もなく現れると、隆盛の体を抱き上げる。俗に言う、お姫様抱っこというやつだ。
「承知しました」
「うおぁっ!?」
そして、由花と僕、隆盛を抱いた雪さんはその場を離れるように大きく後退した。
——刹那、上空から飛来した『何か』が、先ほどまで僕たちが座っていた椅子を地面にめり込ませた。
「なっ、椅子が……めり込んだ……!?」
そう漏らしたのは隆盛だっただろうか。
椅子をめり込ませた犯人は、何物でもなかった。物や人が落ちてきたわけではなく、けれど何かによって押し潰されたようにひしゃげ、地面は小さく陥没している。
こんな芸当、ただの人間に出来るはずがない。こんなことが出来るのは——仙継士だけだ。
「……先ほどの作戦は破棄じゃ。どうやら、攻め込んできたようじゃの」
力を感じた上空。そこには、宙に浮く者たちの姿があった。長身で髪の長い男が一人と、こちらに手をかざす若い女が一人。赤い髪の男が一人と、そして……少しやつれているが、忘れはしない顔付き。頬に大きな火傷の痕が残る男。
……黒霧風雅。やはり、敵の手に落ちていたか。
 




