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のじゃロリと、彼らと、真相

 こつん、こつんと、誰かの靴の音が鳴り響いていた。


 音の主は長身の男であった。馬の尾のようにまとめられた長い黒髪が、彼の歩みに合わせてゆらゆらと揺れている。

 音を響かせていた彼は、やがて、古びた扉の前で立ち止まった。扉に手をかけ、ゆっくりと開くと、赤い陽射しが隙間から漏れ出てくる。



「先生っ!」



 そして、陽射しと共に飛び込んできた少女が一人。学生服のようなものを着た少女は、まだ若く、成人はしていないようだった。彼女は男の腹に顔を埋めると、赤らめた頬を擦り付けた。



莉愛(りあ)、そんなにくっつかれると歩きづらいよ」


「ごめんなさい、先生……でも、先生に会えたのが嬉しくて……」



 彼は少女——莉愛の頭を撫で、そしてゆっくりと引き剥がすと、彼女の手を取って陽射しの中へと歩みを進めた。

 大きな窓のある、どこか怪しげな雰囲気を放つ部屋。窓から陽射しが差し込んでいるのにも関わらず、何故か薄暗いような、そんな雰囲気を醸し出していた。



 部屋の中には、膝を突き首を垂れる者たちがいた。


 その数、四。男が三人と、女が一人。莉愛はすぐさま彼らのもとへと駆け寄ると、彼らと同じように膝を突き、男を迎えた。



「ご苦労様、皆。どうか顔を上げてくれ」



 男の言葉に、彼らは従った。四人は殆ど同じタイミングで顔を上げ、一人は少し出遅れた。

 出遅れた一人の顔には、大きな火傷の痕があった。幾分か肉は付いたものの、まだ以前の姿を取り戻せていない……彼は、失踪した黒霧風雅であった。



 男は彼ら五名の顔を順々に眺めると、何を満足したのか、微笑みながら首を縦に振る。



 感情のない瞳で男を見つめる者。


 それとは対照的に、強い炎を宿した瞳で男を見つめる者。


 穢れを知らぬような瞳で男を見つめる者。


 恋する乙女のような瞳で男を見つめる者。


 いまだ困惑を隠せずに男を見つめる者。



 それぞれが内包する想いも、また異なるもの。男はその全てを受け止めているように見えた。



「遂にこの時が来た。長年探し続けていた彼女(・・)を、漸く見つけることが出来た。それも全て、君たちのおかげだ。ありがとう」



 彼は笑みを崩さず、言葉を続ける。



玉御月命(たまみつきのみこと)……彼女を手に入れるためには、まだまだ皆の力が必要だ。どうか、もう少しだけ僕に協力してほしい」



 まるで赤子を眠らせる父親のように、穏やかで優しい声。そんな彼の言葉に、五人の男女はそれぞれが違った反応を見せていた。



 漆原骸久(うるしはらがらく)。彼は変わらず感情のない瞳で男を見つめていた。


 灼堂大牙(しゃくどうたいが)。彼は今にも暴れ出しそうなほど力強い頷きを見せていた。


 希玲香(のぞみれいか)。彼女は神でも崇拝するかのように感極まって、涙を流していた。


 燕士莉愛(えんじりあ)。彼女もまた涙を流していたが、それは愛する人の願いの成就が間近まで迫っているからであった。


 黒霧風雅(くろぎりふうが)。彼は尚困惑していた。宗教を思わせるような崇拝ぶりに、今すぐにでもこの場から立ち去りたかった。



 男は五人の反応を確認すると、『ぱん』と一度手を叩き、また話を切り出した。



「では……戦を始めるとしよう。目的は、玉御月命をこの手中に収めること。皆、期待しているよ」













「なに? 滅門じゃと?」



 三日ぶりに登校してきたこともあって、その日の昼休みは由花、隆盛と三人で過ごした。弁当を広げながら放たれた由花の言葉は、実に興味深いものだった。


 気付きはあった。初めて漆原骸久と相対した時、彼女は何故か奴の名前を繰り返すように唱えていた。なんだか奇妙に思えたから、そのことははっきりと覚えている。



「うん。漆原家は一〇年前に滅門してるの。戦に敗れて領地も臣下も丸ごと失った上、内部で起きた後継者争いだとかで一家全滅してね」



 『三枝では有名な事件だから私も聞いたことあってね』だなんて言葉を、彼女は続けた。


 滅門した漆原家、その生き残りである漆原骸久。そんなこともあるかと納得はしつつも、『何故今になって表舞台に姿を現したのか』という疑問も残る。ここまで正体が知られなかったのなら、少なくとも、僕たちが相対したあの瞬間までは素性を隠して生活してきたということになる。


 理由があって表舞台に出てきた。或いは、『隠れる必要性がなくなった』から……そのどちらかだろうか。



あのお方(・・・・)とやらが一枚噛んでいそうじゃな……」


「一枚どころか一〇枚くらい噛んでそうだけどね。調べたら、滅門当時の漆原骸久は九歳。誰かの手助けなしじゃ生きていけないでしょ」


「うむ」



 九歳の子供が誰の手も借りずに一人で生きていけるほど、この国は優しくない。誰かが奴を匿ってきたと見るべきだ。



「その漆原って奴さ、色んな家門を襲撃してたんだよな? それ、過去の漆原家と何か関係がないのか?」



 唐揚げを頬張る隆盛がそう指摘すると、由花はその言葉に同意を返した。



「勘が鋭いね、柳田君。流石は篠宮家当主補佐」


「つまり?」


「柳田君の予想通り、襲撃された家門は、どれも過去に漆原家と戦をして勝利した家門だった。漆原家も戦力的には弱い一族だったみたい」


「その復讐ってことか。にしては死者も出てないし、生ぬるい気はするが」


「どういう思惑で襲撃したのかは分からないけど、繋がりははっきりしたね」



 漆原骸久による仙継士一族の襲撃。その目的が、これで明確となった。隆盛の言う通り、復讐だとするのなら残虐性に欠ける結果だが……この繋がりを偶然だとするのは都合が良すぎる。

 であるならば、予測出来ることがある。漆原骸久の行動パターンだ。奴が復讐を目的として行動しているのなら、次にどの家門を襲うかを予測することで先回りすることが可能なはず。



「となると、次に襲われる奴らの予想くらい出来るんじゃないのか?」



 隆盛も同じ考えに至ったようだ。僕も由花へと視線を向け、同意するように首を縦に振る。


 しかし……予想と違って、由花の反応は好ましくなかった。



「……私もそう思ったんだけどね。さっきも言った通り、漆原家自体が弱い一族だったこともあってか、交戦回数はそこまで多くないんだよ。勝っても旨味がない、ってやつかな。だから、これ以上条件に合う家門が見つからなかった」



 弁当の中のウインナーを箸で転がしながら、彼女は言った。



「ふむ……その線から動きを予測することは不可能ということか」


「良い案だと思ったんだがなぁ……」



 目で見て分かるほど大きく、隆盛が肩を落とした。

 何の手がかりもない現状で、漆原骸久の行動パターンを予測出来れば収穫になるとは思ったのだが……そう簡単にはいかないらしい。





……と、思っていた。落胆していた僕たちに光を見せたのは、他でもない、由花だ。



「うん。でも……一つだけ、奴が狙いそうな家門があるの」


「む?」



 彼女に、二人分の視線が集中する。



「そもそも、勝っても旨味が少ないような漆原家に、わざわざ戦を挑むメリットって何? ほんの僅かな恩恵しか得られないのに」



 その言葉に、隆盛と視線を交差させる。

 漆原家は弱小家門だった。領地は少なく、屈強な臣下を抱えているわけでもない。そんな彼らに戦で勝利したところで、得られるものはごく僅か。強いて言うなら……宵山家に対する黒霧風雅のように、勝利したという名声が残る程度か。


 あとは、そんな僅かな恩恵でも得ようとする、極めて慎重な家門がいた可能性もある。ローリスクローリターンな戦を繰り返すような家門が。



「そりゃあ……確実性を取る家門だったってことだろ」


「まあ、中にはそういう連中もいただろうね。でも、違うんだよ。その戦自体が仕組まれた(・・・・・)ものだったんだから」


「……どういう意味じゃ?」



 箸で転がしていたウインナーを刺し、口に運ぶと、彼女は言葉を続けた。



「当時の漆原家はね、力もないのに『ある家門』の裏の顔を探ってたの。当主の正義感が強かったんだろうね。だから、馬鹿を見ることになった」



 僕も隆盛も、流れが読めぬその話に静かに耳を傾けていた。



「その家門は、万が一にも自分たちの黒い部分が知られることを恐れて、漆原家を追い込むことにした。でも、彼らは力を持っていたから、突然力のない漆原家に戦を挑めばかえって怪しまれる羽目になる」



 そうして、彼女は箸を置き、続けた。



「だから、仕組んだの。他の家門が漆原家に戦を仕掛けるように」


「なっ……じゃあ、漆原家は滅ぶべくして滅んだってことか!?」



 怒声にも近い隆盛の言葉に、由花は首を横に振る。



「ううん、滅んだのは後継者争いで一族の主要人物が死んだから。彼らの目的はあくまでも追い込み、内部に亀裂を入れること」


「やってることは一緒だろ、なんつう悪質なことを……」



 その家門には、何かやましいものがあったのだろう。心当たりが無ければ実力行使に出る必要もない。故に漆原家を追い込み、それ以上の詮索を阻止しようとした。


 結果、漆原家は戦で領地や臣下を奪われ、内部に亀裂が入ったことで後継者争いに発展。滅亡の道を辿ることとなった。



 そこで彼女は口を噤んだ。いや、初めから何やら遠回しな言い方をしていることは感じ取っていた。情報を小出しにしているような、そんな感覚だ。



「勿体振らずに言え、由花。漆原家を追い込んだのは、何者じゃ? ここまで話して終い、というわけにはいかんじゃろ」



 急かすようにそう告げると、彼女は重い口を開き、こんな言葉を口にした。




「——『三枝では有名な事件』だったんだよ、漆原家が滅びたのは」




 それは、話の初めに彼女自身が言っていたことだ。三枝家では有名な事件だから、彼女自身も聞いたことがあった。それ故に調べることも容易かったと。




……いや。違う、そういうことではないのだろうか。




 三枝家は全ての仙継士の家門を取りまとめる役を担ってはいるが、小さな家門一つが滅びたところで、そこまで大きな事件に発展するとは思えない。三枝の中で有名だとも称される事件になったということは、それなりの理由があるはずだ。


 そう。たとえば、その『大きな力を持つ家門』とやらが。だとすれば、彼女が口を噤む理由も理解出来る。





「……まさか」



「うん……漆原家が探っていたのは、三枝家(・・・)。彼らを間接的に滅ぼしたのも、三枝の人間なの」

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