のじゃロリと再会と愚痴
黒霧風雅の失踪が知らされてから、三日が過ぎた。あれからも我が家と宵山家は警戒を続けていたが、結局、今日の今日まで何かが起きることはなく、ただただ平和な日々が過ぎゆくばかりであった。
そんなこんなで、今日。
「おはよ、水樹ちゃん」
「む……三島殿?」
三島さんが登校した。この三日間、影も形も見せなかった彼女が、四日目にして漸く姿を見せたのだ。
数日ぶりに会った彼女は、少し痩せたように思えた。三枝家で色々としごかれたのだろう。漆原骸久の襲撃では巻き込んでしまったようで申し訳ないと思っているが、彼女と三枝家の関係については彼女自身が尻尾を出してしまったことが原因だ。その件に関しては気の毒だと思うばかり。
彼女は自分の席でもないのに、まだ主が登校していない僕の前の座席に向かうと、背もたれに顎を乗せるようにして座った。
「……酷い目にあったの」
そして、座るなりじとっとした目付きでこちらを見つめ、そう呟いた。
「う、うむ……そうか、お気の毒に……」
「私だって一生懸命頑張ってるのに、あの頭カッチンコッチンな連中ときたら、襲撃の件の責任も私に押し付けようとしてくるんだよっ!? おかげで今日まで部屋で謹慎を命じられるしっ……ああっ、もうっっ!!」
——かなり、鬱憤が溜まっているようだった。正体が知られる前の、それなりに親しいだけのクラスメイトだった彼女の面影は、もうどこにも残されてはいない。
「というか何っ!? 二人であんなに頑張ったのに、そんな他人行儀な呼び方するの!?」
「な、なぜわしに飛び火が……」
僕の机を『ダァン』と強く叩き、憤慨する三島——由花。どうやら、あの死闘を共に乗り越えた仲として、他人行儀な呼び方が許せないらしい。
これ以上の飛び火は勘弁してもらいたい。普段ならばまだしも、今日の彼女は少し厄介だ。募りに募った三枝家への鬱憤。その一欠片でもこちらに向いてしまえば、多分、恐らく、きっと、面倒なことになる。
話を逸らすように、小さな咳払いをする。彼女の目には依然として怒りの炎が灯ったままだ。
「……しかし、謹慎だけで済んだのか、由花。てっきり、もう会えないかと思っておったのじゃ」
逸された話題に、彼女が少し平静を取り戻す。そして、困ったように頬を掻いた。
「……まあ、そういう話も出たよ。私を遠い地に派遣して、違う人間を遣わせるっていうね」
彼女は言うなれば『スパイ』であり、僕の秘密を探るよう指示された三枝家の人間だ。そして、尻尾を掴まれ、対象に正体を知られた人間でもある。
大抵、こういった場合は元の任を解かれ、新たにスパイが派遣されるものだが……どうやら、彼女の場合は事情が違うらしい。
「ただ、三枝家としては、水樹ちゃんと『良好な関係』を維持しておきたいみたい。私は水樹ちゃんの親友だし、三枝家と水樹ちゃんを繋ぐパイプにしたいんだよ。今回の件で、水樹ちゃんに警戒されてるしね」
先ほどまでの怒り狂った様相とは打って変わり、真面目な表情で言う由花。
その言葉の意図は理解出来るが……どうにも、引っかかる単語がある。
「親友……?」
「謹慎の期間を短くするのに咄嗟に口から出ちゃったの」
「そ、そうか……」
元々はそれなりに親しい『だけ』の関係だったはずだが……そういうことにしておこう。
「それに……襲撃者の一件もあるからさ。私は漆原骸久とも交戦してるし、今は手放せないんだろうね」
「なるほどのぅ……」
ということは、この一件を片付けるまでの間は彼女も安泰だということだろうか。こちらとしても、三枝家との接点が断たれなかったことは幸運だと言える。
「まあ……なんにせよ、再会できてよかった。色々と聞きたいこともあるのでな」
「うん。私も、この学校を離れたくないからね。任務もあるけど、愛着もあるから」
と、そんなことを話していた時、教室の入り口に座席の主が現れた。お話はここまでのようだ。
「おっと……私も席に戻るよ。またお昼休みにでも話そうね」
「うむ、またの」
自らの席に戻っていく由花を見送り、背もたれに身を任せる。そこに、別の客がやってきた。トイレから帰ってきたばかりの隆盛だ。
「三島、戻ってきたのか」
「うむ。愚痴ばかりこぼしておったが……」
他のクラスメイトと談笑する由花を見つめながら、隆盛はぼそりと呟いた。
「信用出来るのか?」
それは、当然と言えば当然の言葉であった。
結果的に共闘する流れとはなったが、由花は三枝家からのスパイ。僕のことを探るためにやってきた人物だ。即ち、本来ならば『警戒すべき』相手なのだ。
そして、彼女を派遣した三枝家もまた、ある意味では警戒すべき相手だろう。三枝家は仙継士を取りまとめる役を担っているから、突然現れた僕を監視するのも無理はないが……別の思惑がないとも限らない。
ただ一つ、これだけは言える。
「三枝は敵ではない。少なくとも、今はな」
手を出してくるなら、とっくに出してきている。そうしないのは、襲撃者の一件が思っていたよりも厄介だからだろう。
ならば、今はまだ敵ではない。そして、味方とも限らない。
僕の言葉に隆盛は振り向き、じっとこちらの目を見つめると、呆れたように笑った。
「そうか。当主様がそう判断したんなら、俺はそれに従うよ」
「迷惑をかけるな、隆盛」
「まったくだ。もう少し平和に過ごしてほしいもんだね」
そんな軽い文句を飛ばしながら、お互いに笑い合った。やはり、今信用出来るのは隆盛と宵山家くらいのものだろう。




