のじゃロリ、帰路に着く
会議が終わると、そのままの流れで昼食を頂くことになった。相変わらず腕の良い料理人の、料亭さながらの昼食を摂ると、話は自然と、解散する方向へと進んだ。
当初の予定通り、雪さんは当面の間、宵山家を離れて僕と行動を共にする。共にする、とは言っても、学校に行っている間は気配を殺して隠れているだろう。
そして、隆盛もまた、我が家への滞在が決まった。敵がどこまでこちらの情報を把握しているのかは分からないが、分からない以上、最大限の警戒はしておくべきだ。
特に、宵山家の面々や僕とは違い、隆盛は『戦う術』を有していない。奴らに襲われれば簡単に捕まってしまうし、捕まってしまえば僕たちにとってはこれ以上ない『弱点』となってしまう。
幸い、両親が帰ってくるまでまだ三ヶ月の猶予がある。部屋に空きはあるため、二人が滞在する余裕ならあるだろう。
ただ……安全を取って避難をするのであれば、隆盛一人では不十分だ。奴の家族、柳田家の面々もそうだし、仲の良いクラスメイトだって僕たちにとっては人質になり得る。その全てを匿うことは不可能だ。
故に……迅速に奴らの目的を特定し、阻止しなければならない。拘束さえすれば、あとは三枝家の人間が何とかしてくれるだろう。
雪さんはほんの少しの荷物だけを手に、隣を歩いていた。今は姿を消さずとも問題はないと判断したのだろう。
反対側には隆盛がいる。同じく僕の家に向かってはいるが、荷物を取りに帰る様子はない。
それもそのはず。我が家には、何故か少し前から隆盛の着替えや宿泊道具一式が揃えられている。まさかこれが、こんな時に役立つとは思いもしなかったが……。
「ん……」
あと一〇分ほど歩けば家に着くという距離で、携帯の着信音のような音が鳴る。どうやら、音の発生源は隆盛らしい。
隆盛はポケットからスマートフォンを取り出し、画面を睨んで、露骨に嫌そうな表情をした。ゲテモノ料理を前にしたかのように、引き攣った表情を。
「あー、わり……ちょっとだけ待ってくれるか?」
「うむ、構わんぞ」
隆盛は感謝の礼代わりに片手をあげ、少し離れた場所で電話をとった。盗み聞きするつもりはないが……つもりはなくとも、少なくとも隆盛の声は聞こえてしまいそうな距離であった。
奴の言葉しか聞こえないため、会話の全容は掴めないが、どうやら数日間僕の家に滞在する話で誰かと揉めているようだ。
やはり、突然のことだったこともあって、家族に叱られているのだろうか。ただでさえ、この一ヶ月は外泊の多かった隆盛だ。奴の両親がどのような人なのかは知らないが、親としては叱りたくなる気持ちもあるだろう。
と、そんな心配をしている僕をよそに……少し大きな、隆盛の怒声が響き渡る。
「だから……モフり禁止でも泊まれねえっつってんだろっ!」
「モフ……モフ……?」
どう考えても、親との会話で出てくるような言葉ではない。あれではまるで、纏衣を解放した僕の尻尾や耳を目当てにした人物に怒っているような……。
(……ああ、なるほど)
そこまで考えて、納得した。そういえば、いたのだ。柳田家には、僕の纏衣状態の姿を知っていて、尚且つ執拗に『モフろう』としてくる人が。
「だぁっ、もうっ! 緊急事態だって言ってんだろうがっ! 姉貴は家で大人しくしてろっ!!」
「やはりか……」
電話の相手は隆盛の姉、椿さんだろう。大方、『私も一緒に泊まりたい』などと言い出したのだろうが、流石に三人目を迎え入れるほどの余裕はない。今回は雪さんもいることだし、遠慮していただくとしよう。
隆盛は少し怒った様子のまま、無理矢理に電話を終わらせた。今にも携帯を地面に投げ付けてしまいそうなほど、わなわなと手を震わせている。
「……椿殿じゃな」
「ったく……久し振りに会わせろってうるせぇんだよな、最近」
「うむぅ……」
『うむぅ』という言葉しか出てこない。何と言えばいいのか。彼女は悪人ではないが、輪の中に入ってくると確実に話がややこしくなってくる。仙継士の事情も知らないから尚更。
会いたくないわけではない。が、出来れば今は勘弁してほしいというのが本音だ。
「悪いな、待たせて」
「いや、構わぬ。それより、それ以外の家族には了承を得たのか?」
「親父たちは放任主義だからな。成績維持して授業に出てりゃ、外泊しようが何しようが文句なんて言われねぇさ」
「そ、そうか……」
確かに、隆盛はこれだけ我が家に泊まりにきても成績を維持してはいるが、それが家庭内で問題とならないのは驚きだった。年頃の男子高校生が、連日誰かの家に泊まっているのだから、少しは事情を問いただすような動きがあってもおかしくはない。
僕たちにとっては、都合の良い状況だ。隆盛は今や『篠宮家』の家臣で、当主である僕の補佐役でもある。何かと共に行動するのがやり易いことは事実であって……故に、複雑な気分でもあった。
(……いつか正式に挨拶しにいかないとな……)
心の中で隆盛の両親に頭を下げながら、そう決意した。
と、そこで意外な人物が声をあげた。そうは言っても、この場にいるのは僕たち三人だけなのだが。
「……興味深い方ですね、柳田様のお姉様は」
雪さんがそう言って、椿さんに興味を示していた。何がそんなに興味深いのかは分からないが、恐らく、臆することなく纏衣状態の僕に接する点に惹かれたのだろう。
「そうっすか? 何かとやかましい姉なので手が掛かるんすけど……雪さんは一人っ子で?」
特に、悪気はなかったのだろう。姉の話になったから、ただそう聞いただけだったのだと思う。
何となしに質問を投げかけた隆盛は、次の瞬間、表情を凍り付かせた。同じように、僕も先ほどまで浮かべていた笑顔を崩す。
「いえ……妹がいました」
そう答える雪さんの表情は、この一ヶ月……彼女と出会ってから見てきた表情の中で、最も悲壮感に満ちたものだった。
妹がいるのではなく、いた。彼女が何の意味も目的も無しに、過去形の言葉を使ったとは思えない。
触れてはいけない過去だったのだろうか。
触れてほしくはない記憶だったのだろうか。
「……すみません。軽率な質問でした」
隆盛にしては珍しく、崩れていない言葉遣いだった。雪さんはすぐに、いつもの感情の無い表情を作ると、少しだけ口角を吊り上げ笑ってみせた。
「どうか謝らないでください。他界したわけではありませんから。今はまだ、姉として会えないだけですので」
「雪殿……」
事情は分からない。が、軽々しく踏み込んではいけない領域であるのは確かだ。
「さあ、参りましょう。本日の夕食は、私が腕によりをかけて用意しますので。買い出しに行かなくては」
「お、おぉ、そうか……雪殿の手料理を食べられる機会など滅多に無いからな、楽しみじゃ」
話が逸れたことを察して、軌道に乗せる。この話題はここまでにしよう。漆原たちの問題以外に、気を揉むような事態を引き起こしたくはない。
先行して歩き出すと、その後ろを雪さんが付いて歩いた。少し遅れて、気まずそうな顔をする隆盛が付いてくる。元の空気を取り戻すまで、少し時間がかかりそうだ。




