のじゃロリ、宵山家での作戦会議
『……はぁ』
宵山家にある天音の執務室で、皆が一斉にため息をこぼした。
その原因となるのは、当然、『漆原骸久』の襲撃だ。今後の対策も兼ねて、土曜日の朝から宵山家に召集されたというわけだ。
「……お前はどうしてこうも毎回、面倒事を持ち込んでくるんだろうな」
「わしのせいか……? これ、わしのせいなのか……?」
頭を抱え、一段と大きなため息をこぼす天音。『違う』とも断言出来ないのが苦しいところだ。
執務室にいるのは、僕と天音、雪さんに隆盛……それから茜音さんだ。あの時、現場に居合わせていた三島さんはいない。今後の調査のためと、それから僕に正体が知られた罰として、三枝家から謹慎を命じられたらしい。
当の三枝家の人間も、当然として、一人も在席していない。仙継士間の問題を解決するのは三枝の役目なのだから、誰か一人くらいは派遣させてもいいものだが……やはり、正体を秘匿するために、迂闊な行動は取れないのだろうか。
「……で、その男、漆原骸久とか言っていたな。目的は何も聞き出せなかったのか?」
頭を抱えたまま、天音が言った。事の経緯は初めに全て報告し、これからは『目的の推測』と『今後の対策』を練るための会議だ。
「うむ。奴の上に立つ者がいるはずじゃが、その正体も目的も、何も聞き出せんかった」
「お前を狙ってきたのか、ただ単に無差別的に攻撃を仕掛けてきただけなのか……」
やはり、第一に考えるべきところはそこだ。
あの後、三島さんから聞いた話もあわせると、漆原骸久が例の仙継士襲撃事件の犯人である確率はかなり高い。一部、奴の特徴に合わない襲撃者もいたが……他にも仲間がいたと考えれば、それも説明が付く。
となると、今回の襲撃もその一例に過ぎなかったのか。或いは、何か特別な目的でもあったのか。
どちらにせよ警戒するに越したことはないが、僕の中には『御狐様』という特殊な仙人の魂が眠っている。奴の狙い如何によっては、警戒の度合いを引き上げなければならない。
と、そこまで話してから……突然、ソファの端に座っていた茜音さんが口を開いた。
「無差別攻撃ではないと思うわ」
彼女の見解は、『無差別攻撃ではない』……つまり、今回の襲撃は、明確に僕らを狙ってのものだったというもの。
「母様、理由を聞いても?」
「その男……仙継士の家門を襲撃しては、多数の怪我人を出しているんでしょう? どの家門を襲ったのかは知らないけれど、それなりの実力者ではあるはずよ」
彼女の言葉に、一同が頷いた。
今回の襲撃で奴が使っていた、影人を生み出す能力。あれは確かに強力な力だ。恐らくは漆原のスタミナが続く限り増殖し続けるのだろうが……それでも、力を持つ仙継士が数人いれば無難に対処が可能な範囲ではある。
どちらかと言えば、奴自身が影の中を移動する能力の方が厄介だろう。影がある限り、奴はいつでもこちらの不意を突くことが可能なのだから。
そう。つまるところ、漆原骸久という男は、仙継士としてはかなり優秀な人間なのである。まだ隠された能力があると考えれば、黒霧風雅など比べ物にならないほど、厄介な相手だ。
茜音さんはそれを皆に印象付けた上で、こう続けた。
「それが、そう簡単に引き下がるかしら。たった二人を相手に、早々に勝てないという判断を下すかしら?」
「それは……この前の戦で、水樹の戦闘力はそれなりに知れ渡っています。勝てないという判断を下すには十分では?」
「なら、何故襲撃したのかしら。勝てる見込みがないのだとすれば、敢えて襲撃する必要性もないんじゃないかしら」
彼女の言葉に、僕は心の中で頷いてしまった。
確かにそうだ。それほど強力な仙力を扱い、幾つもの家門を襲っている男が、あんなにもあっさりと立ち去った。少しも粘る様子を見せずに。
言われてみれば、違和感がある。奴が事前に僕の実力を知っていたのだとすれば、早々に撤退したことも頷けるが……ならば何故、あのタイミングで襲撃してきたのか。
奴の目的は、僕らを攻撃することではなく……、
「……何か、別に目的があったってことですかね」
「ええ。二人のうちのどちらかに接触する必要があった。もしくは、二人の目を何かから逸らす必要があった。そう考えていいと思うわ」
ここまで黙っていた隆盛が告げると、茜音さんもそれに同意した。
なるほど。色々と考えてはいたが、茜音さんの案が最も腑に落ちる考え方だ。
「……ただの親バカではなかったのか」
「ちょっとあなた! 私のことを何だと思ってるの!?」
「おっと、口が滑ってしまったのじゃ」
勢いよく立ち上がり、対面のソファに座る僕を指差す茜音さん。それを軽くあしらうように、テーブルに置かれるクッキーを口にした。
別に彼女のことを悪く思っているわけではない。ただ単に、娘のことを好きすぎる母親だと認識しているだけだ。
『どうどう』と、家臣の何名かが落ち着かせ、茜音さんは顔を赤くしたまま再び着席した。息を整えるように深呼吸をして、頭に糖分を行き渡らせるためか、家臣に持ってこさせた角砂糖を四つ、新しい紅茶に放り込んで口元に運ぶ。
甘いものを摂取して漸く落ち着きを取り戻したのか、茜音さんは再び冷静な口調で言葉を発する。
「……これは私の勘だけれど、敵の狙いはあなただと思うわ、篠宮水樹。あなたは他の仙継士にはない『何か』を持っているから」
「やはり、茜音殿もそう思うか……」
情報が秘匿され、仙継士たちを取りまとめる一族、三枝家所属の人間。そして、他にはない強大な力を持つ僕。
どちらも、狙われるに値する人間ではある。三島さんを人質にして三枝家を脅すことも出来るし、僕を連れ去って『御狐様』の力を引き出すことも出来るだろう。
だが……奴は地上に出てきてからずっと、僕のことを見つめていた。あの光のない不気味な目が、脳裏に焼き付いている。
故に、これも直感ではあるが、漆原の狙いは僕だったのだと思う。正確には、僕の中に眠る『御狐様』だ。
「それに関しては私も同意見だ。暫くは警戒した方がいいな。雪、当面は水樹の護衛に回ってくれ」
「承知しました」
天音も同じ考えだったようで、どうやら補佐役である雪さんを僕の護衛役に回してくれるらしい。雪さんのことだ。誰にも見つからない物陰で気配を殺し、見守ってくれるのだろう。
そうして……奴らの目的の推測と、今後の対策、その議論は終わりを見せた。
といっても、大した議論は出来ていない。あまりにも情報が少なく、あくまでも『推測』と『予防』程度の処置しか講じることが出来ないからだ。
ただ、それでもそれなりに長丁場な議論となった。話がひと段落つくと、皆が一斉に首や腕を回したり、伸びをしたり……その中でも姿勢を崩さず佇んでいた雪さんは流石といったところか。
「にしても……こんな時だというのに人も寄越さないなんて……三枝家は何を考えてるのかしらね」
「さあ……三枝がよく分からないのは今に始まった話ではありませんし」
伸びをしながら不機嫌そうに言ったのは茜音さんと天音だ。家門の人間も巻き込まれているのに、人の一人も寄越さない三枝家に苛立ちが募ったのだろう。
実は……三島さんの言っていた、『三枝家が近々動く』という話だけは、彼女らにはしていない。三島さん本人に口止めをされたからだ。
三島さんが三枝家所属の人間だということは話しても構わない。だが、三枝家そのものの動向が読まれることを避けるがために、それ以上の情報は口外しないでほしいと、別れ際に告げられた。
僕自身、宵山家以外にこの話をするつもりはないし、口外するなと言うのであればそれには従うつもりでいた。未知の敵である以上、情報を知る者は少ない方が良く、必要最低限の情報だけを知らせるべきだと判断したためだ。
「お前を監視してたっていうクラスメイトも三枝の人間だったんだろう? 三枝にしては珍しく間抜けな奴だが、まあ、あれも大きな家門だからな。そういう奴が一人二人いてもおかしくはない」
……その結果、三島さんは『少しドジで間抜けな三枝家の監視者』という立場に収まってしまったのだが。悪気はなかったのだ。
「まあ……今私たちに出来ることは、最大限警戒しておくことと、一人にならないことだ。水樹も、極力雪をそばに置くようにしてくれ」
「天音はよいのか?」
雪は仙継士の二人を除けば、宵山家で最大最強の戦力。それと同時に、天音の執務を手伝う補佐役でもある。彼女が家を離れれば、天音も色々と不便を被ることもあるだろう。
そんな僕の心配をよそに、茜音さんが立ち上がると、天音を後ろから抱きしめた。
「暫くは私がこちらに留まるわ。折角、天音ちゃんと二人になれる機会ですもの」
「母様……客人の前で恥ずかしい姿は見せないように」
「あらあら、愛する娘とのスキンシップを恥ずかしいだなんて……」
この人は相変わらずだが……茜音さんが本邸に留まると言うのならば心配は無用だろう。敵が仲間を引き連れ、戦力的に不利に陥ったとしても、救援が駆け付けるまで生き延びることは可能なはずだ。
べたべた、すりすりと、これみよがしに天音とのスキンシップを図る茜音さん。天音は少し呆れた表情をしつつも、親の愛情を無碍にすることも出来ず、為すがままにされていた。
 




