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のじゃロリ、新たな波乱に巻き込まれる

「見つけたぞ……影人の(あるじ)よ」



 現れたのは、酷く痩せ細った男だった。もう何ヶ月もまともな食事を摂っていないような、ミイラのような男。

 地上に引き摺り出された男は、けれども困惑する素振りは一切見せず、ただ静かに、こちらを見つめていた。



「なるほどね……あいつの能力は、そのまんま『影を操る能力』だったってこと?」


「うむ。仙力で特殊な空間を作り出すと聞いて、もしやと思ってな」



 感心したように言う三島さんは、柔らかな口調とは対照的な鋭い目で男を睨み付けていた。


 特別、難しく考える必要などなかった。影のような姿をした人型の何かを増殖させていることから、奴の能力が『自身の分身のようなものを作り出す能力』か『影、もしくは闇を操る能力』に近しいものだとは予想出来ていた。

 そこに、三島さんがきっかけを与えてくれたのだ。特殊な仙力を有する仙継士は、自らが作り出した空間に潜むことも可能だと。


 もし奴の能力が影や闇を操る能力なのだとしたら、陽が沈み、暗闇となったこの状況はまさしく『理想的な戦場』だろう。コンビニから漏れている光はあるが、それでも、影となっている部分の方が圧倒的に多い。

 襲撃のタイミングも併せて考えれば、確率的には後者の能力である可能性の方が高かった。


 後は、賭けに近かった。奴の能力が影を操る能力であること、影の中に潜んでいること、『影人の真下』に奴が潜んでいること、『狐火』で辺りを照らして引き摺り出すこと。その全てが、驚くほど上手く噛み合ってくれた。



 二対一。単純な人数差で言えばこちらの方が有利だったが、敵の能力はいまだ未知数。影を操る能力の真価が、あのような貧弱な雑兵を生み出すことだとは思えない。


 男は笑うこともなく、驚くこともなく、そして臆することもなく……ゆっくりと、口を開いた。



「……力に気付いても、ここまで素早く対処出来た人は久しぶりだよ」



 見た目と同じような、か細い声。少し掠れ、所々聞き取りづらいその声が、男の不気味さを際立たせていた。



「名乗れ。お主、何者じゃ?」



 僕はそう問うた。答えてくれるとは思っていない。だが、予想外にも、男はすんなりと名乗りをあげた。



漆原骸久(うるしはらがらく)。覚える必要はないよ」



 その名を聞いた直後だっただろうか。隣にいた三島さんが、ぼそりと、何かを呟いていたような気がした。はっきりとは聞き取れなかったが……


『漆原……?』


 と、男の名を繰り返し唱えているように聞こえた。


 漆原骸久。僕はその名に聞き覚えはない。漆原という姓にも覚えはなかった。当然だ。僕はまだ、仙継士になって間もないのだから。



「何が目的じゃ。なにゆえ仙継士を襲う?」


「うぅん……その辺りはあのお方(・・・・)が説明するはずだから、僕は答えられない」



 目的を問えば、漆原は奇妙なことを言い出した。



あのお方(・・・・)



 それが誰なのかは分からない。だが、その発言だけではっきりとしたことがある。

 この男は単独犯ではない。この男の上に立つ何者か(・・・)がいる。恐らく、その者が仙継士一族や今回の襲撃を企てた黒幕だろう。


 となれば、可能な限り情報を引き出さなければ。このまま奴を放置しておけば、今後も同じような襲撃を受けるかもしれない。僕だけならまだしも、力のない隆盛や、恩人である宵山家に迷惑をかけるわけにはいかない。



「あのお方……? お主、いったい誰の命令でここまで来た?」


「それも答えられない。あのお方の意志に反しているから」



 死者のような光のない瞳で、じっとこちらを見つめながら答える漆原。どのような質問を投げかけても、答える気はないらしい。



 ならば……。



「答えられぬと言うのならそれでも構わんが……ならばこちらも遠慮はせんぞっ!」



 最終手段、力づくだ。ここで捕らえて、情報を引き出す。

 纏衣を解放したまま、爆発的な速度で奴に接近する。伸ばした手が漆原の首根っこを掴もうとしたその時——奴の体が不自然に沈み(・・)、消えてしまった。



……そうだ。こいつの力は『影を操る』こと。潜んでいたことから考えても、影さえあれば『その中を移動する』ことだって容易なのだ。



「手荒な真似はよしてほしい。今日はあのお方のために、様子を見に来ただけだから」



 少し離れた場所から奴が現れ、何の感情も持たない声がそう告げる。

 先ほど放った狐火は既に効力を失った。周囲の影をかき消すためには、もう一度狐火を使わなければならないが……逃げられないほど広範囲の影を消すならば、先ほどよりも強力なものを放たなければならない。それに、一度使用した手が二度通用するかと聞かれれば、微妙なところだ。


 だが、しのごの言っている場合でもない。すぐさま手のひらに仙力を集め、狐火を構築していく。



「……君たちを同時に相手取るのは分が悪い。僕はこれで失礼するよ」



 その最中、奴がそう言った。そして、奴の足元から影が黒い柱のようにせり上がってくる。


 直勘で悟った。あれをそのまま放置しておけば、逃げられる、と。



「なっ、待てっ!」



 狐火を構築したまま駆け出す。三島さんも同様に、漆原に向かって加速していた。


 構築途中だが、仕方ない。未完成の狐火を奴に向かって投げ付けた。小さな炎はやがて巨大な爆炎となって、奴の立っていた一体を呑み込んでしまう。



——しかし、結果は思うようにはいかなかった。



 影の柱は漆原を飲み込むと、影人が消えた時のように、靄となって霧散してしまった。狐火の爆炎はその靄を焦がすばかりで、奴の逃走を防ぐことは出来ない。


 徐々に減速し、その場で立ち止まる僕たち二人は、先ほどまで漆原が立っていた場所をただ呆然と眺めていた。




「奴は、いったい……」




 そう呟いた言葉は、誰に拾われるでもなく、闇夜に消えていった。











——そして、とあるマンションの屋上。



 薄暗い闇の中から突如として現れたのは、二人を襲撃した男、漆原骸久であった。

 彼は屋上にいた『先客』のもとへ歩み寄ると、その眼前で跪く。



「危ないところだったね」



 甘く、優しい声。だが、どこか……『薔薇の茎』のように、棘を含んだ声だった。

 それは、男であった。長身で細身の、どこにでもいる好青年のような見た目をした男は、屋上から地上を眺めている。



「我が主人(あるじ)。ご覧になられましたか」


「ああ。ご苦労だったね、骸久」



 戦闘後の漆原を労うように声をかけるも、男の視線が彼に向くことはなかった。


 漆原は頭を上げることもなく、灰色の地面を眺めながら、男に問うた。



「それで、あの者は……」


「うん……骸久のおかげで、今なら確信を持って言えるよ」



 男が漆原に命じたことはただ一つ。


 それは、『篠宮水樹に力を使わせる』こと。水樹の強大な力を引き出し、そして、見極めるために。

 あの姿、力……その全てが、男の理想と一致していた。




「漸く見つけたよ——玉御月命(たまみつきのみこと)




 男が呟いた言葉は、風の音に呑まれて消えた。そして、彼もまた、夜の闇へと姿を眩ましたのであった。

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