のじゃロリ、賭けの一手
戦闘が始まって数分ほどで、個人の影人の討伐数は一五に達した。倒しては増え、倒しては増えを繰り返す影人は、これだけ倒したのにも関わらず、いまだに速度も衰えることなく増殖を続けている。
恐ろしい、というよりも『厄介』だという言葉が似合う相手だった。一体一体の戦闘力は一般人程度でしかない。仙継士ならば少し力を込めて殴る程度で倒せるだろう。
だが、キリがない。徐々にスタミナも尽き、戦闘意欲も削がれてくる。そうなれば術者の思う壺だ。
かと言って、こんな場所で『狐火』のような目立つ技を使うわけにもいかない。既に三枝の手が回っているのか、観衆は増えていないが……巨大な火柱の上がる狐火を使えばその限りではないだろう。
「のう、三島殿! 影人の増殖は止められんのかっ!?」
彼女は彼女で、三体の影人を同時に相手取っていた。三枝家所属の人間だというだけあって、その実力は中々のもの。仙力を使っているような気配はなかったが、徒手空拳で敵を蹴散らしていた。
「難しいね! 術者を叩くのが一番だけど、肝心の本人がどこにいるか分からないから、手の打ちようがない!」
「じゃが、これだけの数の影人を生み出しておるんじゃ。そう遠くない場所にいるのではないかっ!?」
二人で目の前にいた影人を蹴散らし、一旦距離を取る。影人はどこからでも増殖出来るというわけではなく、初めに現れた場所近辺からしか現れない。
こちらを倒す気でいるのなら、挟撃するような形で別の場所から召喚すればいい。それをしないということは、『召喚には何らかの制限』があるということだ。
術者からの距離か、地形の問題か……どちらにせよ、これだけの数の影人を召喚し、操っているのだから、数キロも数十キロも離れた場所に術者がいることは考えづらい。
その言葉に、三島さんは頷いた。彼女も同様の可能性を考慮していた。
「……可能性は高いね。少なくとも、私たちのことを認識出来ないほど遠くにいるってことはないと思う」
「ふむ……ならば、感知の範囲を広げ、術者の本体を探るべきか」
敵のスタミナや、影人の限界召喚数が分からない以上、ここでこうして戦っていても無意味だ。術者本体を叩き、早急に終わらせなくてはならない。
「——纏衣解放」
纏衣を解放し、すぐさま周囲の仙力の気配を探る。妙な気配を放つ影人たちとは異なる気配を探るのだ。
……しかし。
「……おらん」
「え?」
ぼそりと呟いた僕の言葉に、三島さんは目を丸くして驚いていた。
「仙継士の気配がせん。わしの探知網の外側におるか、あるいは……」
コンビニ周辺に、仙継士らしき気配は感じられなかった。術者は影人を召喚するために仙力を行使しているはずだが、その気配も察知出来なかった。
奴は探知網の外側にいる。それが一つの可能性。もう一つの可能性は……何らかの力で『隠れている』というもの。
「三島殿。仙力の探知が及ばぬような場所に覚えはないか?」
「そうだなぁ。探知能力にもよるけど、障害物が多い場所とか……後は、特有の仙力でしか到達出来ない場所とか」
「特有の仙力?」
いまいち彼女の言っている意味が理解出来ず、聞き返すと、今度は分かりやすい言葉で説明してくれた。
「うん。仙継士の中には、仙力で特殊な空間を作り出す奴もいるから……さ!」
話の途中で迫ってきた影人の頭部を上段蹴りで吹き飛ばしながら、彼女は言葉を続けた。
「もしかすると、今回の敵もそういった能力なのかも。だとしたら、案外近くに隠れてるかもね」
「案外近くに、のぅ……」
纏衣を解放しているのにも関わらず気配を感じ取れず、けれども影人の増殖はとどまるところを知らない。奴は何か特殊な力で作り上げた空間に隠れているかもしれない。
そこで、一つの『疑問』に至った。
(……そもそも、奴の能力は何だ……?)
仙力は一人につき一つといった制限のあるものではない。元となった仙人の力が強大であれば強大であるほど、仙継士も様々な力を扱うことが出来る。
だが、そこにはある程度の『共通性』がある。名をあげ、一つの分野に特化した仙人ならば尚更だ。
例を挙げるなら……黒霧風雅は『風を操る』仙力を得意としていた。きっと、奴の中に眠る仙人も風と共に生きる存在だったのだろう。
ならば……この影人を操る仙継士はどうだ。奴の能力は、一体何だろうか。
可能性として高いものは、一つ。難しく考えずに、そのままで捉えればいい。
であるならば、奴の気配を察知出来ないのも納得だ。もし奴が、僕の想像している通りの力を持っているのだとすれば、この状況にも説明を付けられる。
(なるほど……そこか)
木を隠すなら森の中、という言葉がある。何故、影人がある一定の地点からしか発生しないのか疑問に感じていたが……それが仙継士自身の気配を隠すためならどうだろうか。
隠れたとしても気配を完全に遮断することは難しいかもしれない。だが、その真上で無限に増殖し続ける『妙な気配』が存在すれば、敵の注意は自然とそちらに向いてくれる。
同じ相手に、二度使える手ではない。だがしかし、少なくとも初見の相手であれば有効な手段だ。
迫り来る影人を蹴散らし、右手に仙力を集中させる。思い描くのは炎……いや、『閃光』だ。出来れば使いたくはなかったが、この際、一般人に存在を知られることよりも、この術者を仕留めることを優先しなければならない。
火力は必要ない……必要なのは、闇を照らす光だ。
「どはでに仕掛けるぞ、三島殿! 目と耳を塞げっ!」
僕がそう叫ぶのと同時に、彼女はハッとして目を背け、両手で強く耳を塞いだ。それを確認し、右手に生成された火の玉を上空に向かって投げ付ける。
「『狐火』っ!」
いつもより黄色みがかった狐火は、影人が発生していた地点の上空まで飛び上がると、目を覆いたくなるほど眩い光を放ちながら炸裂した。
火力で焼かれたのか、それとも『光』で掻き消されたのか。既に発生していた影人は浄化されるように消え失せ、地面の影は光に照らされてその姿を失った。
ここにいるという『確証』はない。だが、この近辺にいるという自信はある。そして、ほぼ賭けに近かった僕の読みは、どうやら正しかったようだ。
地面にあった影が全て消え失せる直前。地面から『にょきり』と細い腕が現れ、まるでテレビから出てくる幽霊のように、人間の体がコンクリートを突き破って這い出てきた。
否。コンクリートを突き破ってきたのではない。奴がいたのは、辺り一面を覆い尽くしていた『影』の中だ。
恐らく、奴は読み通り影人発生地点の真下の影に潜んでいた。その地点を即座にまとめて照らし、周囲の影を消失させたことで、奴は逃げ場を失って地上に出てくる以外の選択肢を失ったのだ。
「……見つけたぞ、影人の主よ」
現れたのは、やせ細った男。長い髪にやつれた頬と、骨格が見えるほど細い手足。まるで幽霊のような姿のこの男が……仙継士の家門を襲撃していた犯人だ。
 




