のじゃロリ、宴会場での懸念
以前、転校してきたばかりの頃に歓迎会を開いた矢光市内の焼肉屋で、『テストお疲れ様会』が開催された。苦しかったテスト勉強から解放された反動か、クラスメイトは皆、思い思いにこの会を楽しんでいた。
何も気にせず、彼らのように楽しめればそれが一番いい。だが……どうにも、頭から離れないのだ。家で感じ取ったあの妙な気配が。
「どうした、さっきから険しい顔して」
「む……隆盛か」
無くなった飲み物を補充するためにドリンクバーの列に並んでいると、後ろから隆盛が声をかけてくる。どうやら、いつもと様子が違うことを心配したらしい。
「いや……少し、気になることがあっての」
「気になること? ……まさか、また仙継士絡みの問題か?」
「まだ分からんがな」
奴は察しがいい。こちらの懸念を一言で言い当て、顔を歪めた。
念の為、そして確認の為に天音には連絡を入れておいたが……返事は、あまり好ましいものではなかった。
結論から言えば、あれは天音や茜音さんの気配ではなかった。それが意味するところは一つ。第三者、それも仙継士が領地内に侵入し、何らかの理由で仙力を行使したという事実。
全くもって考えたくはない話だが……黒霧風雅の件と、同じパターンなのである。
「こうも立て続けに問題が起こると、精神的にもクるものがあるのぅ……」
まだ問題を起こされると決まったわけではない。だが、仙継士が無意味に仙力を行使するとは思えない。僕のような変わり者はともかくとして。
故に、これが問題に発展することはほぼ確定事項のようなものなのだが……だからこそ、余計に気を揉んでいたのだ。
列が進み、最前列。隆盛と二人でそれぞれ違う飲み物を注いでいる最中、突然、後列から割り込むように入ってきた者がいた。
このイベントの幹事である三島さん。どこかで見た光景だ。
「なになに、二人で秘密のお話?」
「うおっ」
隆盛は突如現れた彼女に驚き、折角入れた飲み物をひっくり返してしまいそうになっていた。
すんでのところで姿勢を整えた隆盛は、額に冷や汗をかきながら、安堵したような息を漏らす。
「どう、楽しんでる?」
「う、うむ……それより、近いのじゃが……」
三島さんが顔をぐいっと近付け、にこりと微笑む。いつにも増して強い圧を感じた。
何か用があったのか、それともただ声をかけただけなのか。空のグラスを手にした彼女は、こちらから視線を外すと、ドリンクサーバーを眺めながらわざとらしく悩む素振りを見せた。
「ったく、驚かせやがって」
「二人がどんな話をしてるのか気になってね。それも、あんなにくっついて」
「別に……ただの世間話だ」
『ふーん』と頬を緩ませながら呟く三島さん。何か、妙な勘違いをしていそうな表情だった。
「水樹ちゃんと柳田君って、仲良いよね。まだ転校してきて少ししか経ってないのに。もしかして……付き合ってたり?」
……と、彼女の爆弾のような発言に、入れたばかりのジュースを飲んでいた隆盛が、思い切り噴き出していた。
事情を知らなければ、僕と隆盛の距離感は恋人のようにも見える。そんな風に言われている気がして、むず痒い何かが背中を駆け巡った。
「違うっ……共通の知り合いがいるから、元々仲が良いだけだ」
ジュースが気管に入ったのだろう。『けほけほ』と何度かえずきかがら、隆盛が必死に否定する。それがまた面白いのか、三島さんはにやけた表情を崩さぬまま、言葉を続けた。
「へぇ……まあ、家近いもんね」
「まあな。ほれ、飲み物取りに来たんだろ?」
これ以上会話を続けてはあらぬ誤解をかけられると悟ったのか、『あっちへ行け』と、遠回しに彼女を追い払おうとする隆盛。
「柳田君、冷たいなぁ。そんなんじゃモテないよ?」
「モテなくて結構」
ぶぅぶぅと、口を尖らせながら文句を吐き捨て、三島さんはジュースを入れたのちに立ち去った。本当にジュースを入れることが目的だったのか、食い下がるような真似はしなかった。
「で……何の話だっけか」
「なんの話じゃったか……」
突然の出来事で、何の話をしていたのか分からなくなってしまった。嵐のようにやってきて、嵐のように去っていった三島さん。彼女が残していった被害は、それなりに大きい。
……そういえば、彼女の話で一つ、気になる点があった。
「のぅ、隆盛。少し聞きたいのじゃが……」
「なんだ?」
その『気になる点』というやつを隆盛に確かめる。だが、奴の言葉はある意味予想通りで……ある意味、予想外とも言えるものだった。
「……何が言いたいんだ、水樹?」
「いや……お主は不思議に思わんか? 先程の三島殿の話」
「不思議に?」
隆盛の言葉通りなら、先程の二人の会話には妙な点がある。僕も特に気にはしていなかったのだが、深く考えれば考えるほど、おかしな話に聞こえてくる。
普段なら、放っておくような懸念だろうが……黒霧風雅のような例もあるし、これ以上隆盛を危険な目に遭わせるわけにはいかない。
懸念があるならば、それがたとえどんなに小さなものであろうと潰しておくべきだ。
となれば、決行は早いうちに。鉄は熱いうちに叩けと言うし、懸念も『疑念』があるうちに解決せねばならない。
——そして、宴会が終わり、それぞれが帰路に着いた頃。少し離れたところに隆盛を待機させ、僕はコンビニに寄った三島さんの後を尾行した。
コンビニから出てきた彼女は小さなレジ袋を手にしており、チョコレートの包み紙が顔を覗かせていた。
「あれ、水樹ちゃん?」
彼女はこちらの姿を認めると、キョトンとした表情で立ち尽くした。これが演技だとすれば、彼女の演技力はプロの女優並みだ。
「どうしたの? 水樹ちゃんもコンビニで買い物?」
「いや、お主に少し、聞きたいことがあってな」
「聞きたいこと? それはいいけど……どうしたの?」
もし、僕の予想が外れていれば、とんでもなく恥ずかしい結果を残すのみとなるが……懸念が晴れるのであれば、その恥も喜んで受け入れよう。夕方頃に感じた妙な気配のこともある。
派手な色の看板を携えたコンビニ。それを背にした彼女の目を真っ直ぐと見つめながら、僕は問うた。
「お主……いったい、何者じゃ?」
そう問いかけると同時に、彼女の目が、ほんの少し泳いだ。この目はそう——何かを『隠している』目だ。




