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のじゃロリ、奇妙な夢を見る


……え——






…………を————え————






………………ちか——を——————え————













「……っっ!」



——深い眠りから覚めたような気分だった。水浴びをした直後のように全身から汗が噴き出し、目からは一筋の涙がこぼれ落ちている。



「……夢っ……またあの夢かっ……」



 浅く、荒く、速くなった呼吸を小刻みに続け、何とか落ち着こうと試みる。

 息が一定のリズムを取り戻すと、隣の部屋で眠る隆盛を起こさぬよう、ゆっくりと扉を開けてリビングへ向かった。





「……んくっ……くっ……ぷはっ……」



 冷蔵庫から麦茶の入ったペットボトルを取り出し、腰に手を当てて一気に飲み干す。第三者から見れば、とても見た目通りの幼女らしからぬ行為であった。


 そのままキッチンで水を出し、顔を洗う。暫くの間眠気が消えて無くなってしまうが、この状態では再び眠ることも出来ない。

 顔周りだけでもさっぱりすると、リビングへ向かい、椅子に座る。暖房も付いていない一一月下旬の室内は、ほんのりと肌寒い。



「なんなのじゃ、全くっ……」



 誰にも聞かれないほど小さな声で、文句を言うように呟いた。




——悪夢、というほど恐ろしいものではない。




 ここ最近、立て続けに見るようになった奇妙な夢。夢の中で僕に語りかける『誰か』がいて、その誰かは、僕に『何か』を願ってる。

 誰が何を願っているのか……それは分からない。夢の中で聞く言葉はとても断片的で、しかも、ノイズがかかったように、はっきりとは聞こえないからだ。


 原因となるものに心当たりは——ある。この夢を見始めたのは、丁度、黒霧家との戦が終わって少ししてからのことだった。

 少し時期はずれているが、その頃から起こり始めたもう一つの異変がある。それは、『瞳の色』の変化だ。


 僕の瞳は、あれからずっと、黒に戻ることがない。宝石のような赤に染まってから、変化がないのだ。



 となると……この『悪夢』と『瞳の変化』には何か関連性があるとみていい。それも恐らく、僕の中に眠る『御狐様』に関連したものだ。



 ならば、夢で僕に語りかけてくるこの存在は、『御狐様』なのか。彼女は一体、僕に何を求めているのか。



「……目が冴えてしまったではないか……」



 どうせ眠れないのなら、シャワーでも浴びて期末テストに向けた勉強でもしよう。そう思い立ち、浴室へと向かった。









『夢?』


「うむ」



 翌日。用事があると言って隆盛は帰ってしまった。奴を見送るとすぐに、連絡先から天音の番号を探し、電話をかける。

 時間があったのか、彼女はすぐに応答した。第一声は彼女の声ではなく、宵山家の新しい家族、黒猫の『ヨル』の鳴き声であったが。


 これまで夢の件は相談もせずに放置していたが、いい加減夜中に汗だくになって目を覚ます事態にもうんざりとしてきた。もしこれが、全仙継士に共通することなのであれば、天音が何か知っているかもしれない。そう期待してのことだった。


 事情を聞いた天音の返事は、しかし、芳しいものではなかった。



『ふむ……少なくとも、私はそのような現象に遭遇したことはないな。時折、天啓のように仙人の意志を感じ取ることはあるが、明確な言語として聞き取った覚えはない』



 念のため、茜音さんへの確認も行ってくれるそうだが、あまり期待はしない方が良いとのことだ。



「そうか……お主ならなにか知っているのではないかと思ったのじゃが……」


『そもそも、お前自身が一般的な仙継士の枠に収まらないんだ。相談されても分からないことの方が多いんだよ』



 一家門の次期当主であれば、体験したことはないにせよ何らかの情報を持っているのではないか、という淡い期待は見事に打ち砕かれた。



「では……お主の所感でよい。この状況、どう見る?」


『また難しいことを聞くんだな、お前は……』



 難しいことを聞いているという自覚はあった。だが、仙継士の家門で頼ることが出来るのは宵山家だけだ。茜音さんにこちらから電話をかけるのは気が引けるため、必然的に天音に相談をすることになる。


 電話越しに聞こえるのは、宵山家の執務室にある時計が時を刻む音と、ヨルが遊び回っている音だけ。彼女は暫く悩んだ末に、こんな意見を挙げた。



『……お前が夢を見始めたのと、瞳の色が変わったのは殆ど同時期だろう? そして、黒霧との戦やその訓練で、お前は何度も纏衣を解放したり、仙力を行使してきた』


「うむ、そうじゃな」


『あくまで私の予想だが……仙継士としての力を使うたびに、お前の肉体や精神が変化しているんだ。言い換えれば、今はまだ仙継士として不完全(・・・)な状態なのかもしれん』


「不完全? そんなことが起こり得るのか?」



 僕は正規の手順を踏んで仙継士になったわけではない。故に、仙継士というものがどういう段階を経て仙継士となるのか、その詳細については知識がない。


 天音は質問に『ああ』という肯定的な返答をし、続けた。



『一度に完全な力を得る者もいれば、段階的に得る者もいる。ほら、今、満足に扱える仙力は狐火だけだろ? 可能性は無くもないな』


「ふむ、一理あるのぅ……」



 その言葉に、スマートフォンを耳に当てながら、思わず俯いてしまった。

 僕の中に宿る仙力は凄まじい力を持っている。にも関わらず、現在自分の意思で自由に操ることが出来るものは『狐火』だけだ。


 これだけの力を持っておきながら、仙力を用いて出来ることが炎の具現化だけだとは思えない。そう考えると、天音の言う『不完全な状態』という説明にも納得がいく。



『まあ、今後も力を使い続ければ、その声の正体とやらも分かるかもな。確証はないが」


「力を使い続ける、か……」



 領地を得たことで、領地内であれば仙力を行使することが可能となった。狐火のような危険な技は使えないが、自宅内で纏衣を解放する程度であれば、力を持続的に消費することは可能だ。


 力を使い続けてきたことで、肉体的にも精神的にも異常や変化が現れた。もし今後もこの力を使い続けるならば、同じような異常は覚悟しなければならない。


 問題は……それが、吉と出るか凶と出るかの判別が付かないということだ。


 あの声の主が僕に何を願っているのか。それが分からない以上、僕が仙継士として完成してしまうことは危険な気もする。けれど、声の主が困っているのなら、早急に完全な仙継士とならなければならない。



 こちらが悩んでいる様子を察したのか、天音は空気を入れ替えるように、小さな咳払いをした。



『……ところで、最近はめっきり来なくなったな。忙しいのか?』


「む? ああ、期末考査というやつじゃ。色々とあって、なかなか危うい状況での……」



 彼女は素気なく『そうか』と呟くと、優しい声で言った。



『雪がたまには体を動かしたいと煩くてな。時間がある時にでも、相手をしてやってくれ』


「絶対に嫌なのじゃが……」


『そう言うな。雪の相手を出来るのは私と母様、それからお前くらいなんだ』



 それならば二人で相手をしてくれ、と、口からこぼれかけた言葉を飲み込んだ。余計なことを口走って外堀を埋められそうな予感がしたからだ。




 それから少しの間雑談を交え、一五分ほどして会話がひと段落したところで、天音が大きなあくびをした。電話越しに、彼女の可愛らしい吐息の音が聞こえてくる。



『……それじゃあ、私は執務があるから切るぞ。また何かあったら相談してこい』


「うむ。助かったのじゃ。恩にきるぞ、天音」



 そう言って電話を切ると、しんと静まり返った部屋で、そのまま仰向けに寝転がった。




——夢で聞こえた声。それに、『御狐様』。やはり、僕は彼女のことを詳しく知る必要がある。




「……纏衣解放」




 誰もいない部屋で一人、纏衣を解放すると、勉強机に向かって教材を開く。暫くはこうして、人目のつかない場所では纏衣を解放して過ごすことにしよう。

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