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柳田隆盛の思案



——『風鳴村(かざなきむら)』で見つけた、例の祠に関する資料。その内容を考えれば、樹——いや、水樹の中に眠る仙人の魂とやらは、祠で祀られていた『御狐様(おきつねさま)』という存在で間違いないだろう。

 件の祠は、とある学者の手記によると、大雨による土砂崩れの影響で、既に失われている。だから、俺たちが祠を調査することは出来ない。


 だが……だとすれば、水樹が見たという祠は何だったんだ? 仙人ともなれば、幻覚を生み出すことくらいは出来そうな気もするが……そんなことをする意義とは何だ?



 疑問は他にもある。そもそも、『御狐様』とは何なのか。そして、資料の所々にある『矛盾』は何なのか。



 例の資料によれば、遥か昔、『風鳴村』周辺の村々を襲った大災害は、大地震とも、大津波とも、はたまた大火災とも言い伝えられている。

 大地震が起きて、その影響で津波が押し寄せ、火災が起きた。文章に起こせば何らおかしな点はない。



 しかし……この微妙な『違和感』は何なんだ?



 宿に置かれていた資料は、様々な村に伝わる言い伝えを、それぞれの視点から記したものだった。風鳴村で起きた災害は風鳴村の人間が。他の村で起きた災害はその村の人間が記したものだということだ。

 このうち、大地震を災害として挙げていたのは風鳴村だ。常識的に考えれば、この地震を起点として津波や火災が発生したのだと考えられる。


 ただ、妙なのは……他の村で記された資料に、地震という記述が一切見当たらなかったのだ。津波を起こすほど大きな地震なら、周辺の村々でも揺れを感じるはずだ。


 一方、別の村で起きたという大津波の記述は、風鳴村の資料には記されていなかった。周辺とは言いつつも遠く離れていた村で、津波による被害がなかっただけなのか、それとも……。


 単に、その村を襲った最も大きな災害が記されているだけで、特別な意味などないのかもしれないが……妙に、引っかかってしまう。




「……だー、分からんっっ!」



 授業の合間を縫って、資料を撮影した写真を眺めながら色々と考えてはみたものの、考えが纏まらない。漠然としたイメージや情景は浮かび上がってくるが、何せ、水樹を元の姿に戻すための方法が厄介だ。


 休み時間なのをいいことに机に突っ伏し、天板と睨めっこをする。ひんやりと冷たい感触が額に伝わってきた。



「そもそも仙人って何だよ……ファンタジーすぎるだろ……事実が小説よりぶっ飛びすぎてんだよ……」



 あの日、宵山さんに打ち明けられた事実。それは、俺たちの生きてきた現実からは想像も出来ないほどかけ離れた、物語のような話だった。


 かつてこの世界で生きてきた『仙人』という者たち。修練の末に特殊な力である『仙力』を身に付けた彼らでさえ、死という概念からは逃れられなかった。

 故に彼らは、その魂を後世の人間に継がせることで、不滅の存在であろうとした。それが、『仙継士』の始まりだと言われている。


 ただ、魂を継がせたからといって、仙人本人が生き永らえるわけでもないのに、それで不滅の存在だと言われてもしっくりこない。本当の理由は別にありそうだ。



 そして……恐らく水樹の中に眠っているであろう仙人、それが『御狐様』だ。


 大災害に見舞われ滅びを待つ村々を救い、そのせいで力の大半を使い果たしてしまった御狐様は、長い長い眠りについた。そんな御狐様を祀るために、風鳴村では祠が建てられた。


 力を取り戻した御狐様が目覚めて、偶然そこに居合わせた水樹の中に宿った……こう考えるのが自然だろう。



 以前、宵山さんに聞いたことがある。仙継士の家門における、『仙人の魂』の継承はどのようにして行われるのか、と。


 水樹がああなった原因が水樹の内に宿る御狐様の魂なのだとしたら、それを除去してやればいい。

 そして、仙継士の一族は後継者に魂を継がせるために、一度は仙人の魂を解放するはずだ。それと同じ方法を使えば、水樹を元の姿に戻せるかもしれない。


 結論から言えば、可能かどうかは『分からない』というものだった。


 仙継士は次代の者に魂を受け継ぐために、継承の儀式とやらを行うらしい。それによって、先代から次代に魂が移動する。

 つまりだ。水樹から御狐様の魂を除去するためには、水樹と同じ境遇に陥る人間を用意しなければならない。誰かが、あいつの代わりにならなければならないのだ。


 その誰かも、適当な人間ではいけない。仙継士としての素質を持つ者でなければ、継承に耐えきれずに死に至るそうだ。


 魂を解放することだけで留められないのかどうかも聞いたが……宵山さんも、『そんなことは試した例がない』と、険しい表情をしていた。それもそうだ。貴重な仙人の魂を、継承せずに手放すはずがない。


 あれほどの力を持つ魂だ。きっと、欲しがる連中は山ほどいる。しかし、それ故に悪用の危険性もある。

 あいつのことだし、手軽に手放す危険性よりも、手中に収めておく安全性を取るはずだ。


 まあ、そもそも、この手法が使えるかどうかも『分からない』。水樹のように性別や姿形の一切が変わってしまう例は他にないから、他と同じやり方が通用するのかどうかも不明だ。



 つまるところ……現状は、何も解決していない。継承の儀式で水樹を元の姿に戻せるかもしれない、という希望は見えたが、試してみなければ分からない上に、誰に力を渡すかも迷いどころ。宵山の人間なら、適切に扱ってくれるだろうが……。



「はぁ……頭痛え……」



 もうすぐ授業が始まる。これ以上考えるのはよそう。今は、黒霧家との戦に勝利したという朗報だけを待って、祈っておくべきだ。

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