のじゃロリと黒霧の陣営
「一体何がどうなってるっ!?」
黒霧風雅は、湧き上がる怒りを隠すことも出来ず、そばにあった建物の壁を殴り付けた。
もう一方の手には、点灯したままのスマートフォン。その画面には、三つしかない黒霧家の聖石が表示されていた。
開戦してから、まだ一五分と経っていない。だというのに、黒霧家は既に劣勢を強いられていた。
四人いる仙継士の一人とは連絡が付かず、小聖石の一つが破壊された。戦う前から優勢が決まっていたはずのこの戦で、この事態は彼の怒りと混乱を誘うには十分すぎるものだった。
「開戦早々聖石を破壊するだとっ……宵山にそんな戦力はないはずだっ……!」
聖石の破壊には強大な仙力が必要となる。彼の知る限り、宵山家は『速度』や『隠密』に特化した仙継士で、聖石を破壊するほどの攻撃力を持つ者はいない。
ただし、今回の戦には、彼も知らない『未知数な戦力』を保有する者がいた。
悔しげに歯を食い縛り、そして、彼もまたその事実に至った。
「そうか……篠宮水樹、君かっ……!」
突如として現れた、謎の仙継士。目を見張るほどの潜在能力を持ち、開戦の数日前に新たな家門として正式に認められた『新参者』。
その能力を見込んで、黒霧風雅は水樹を妻として迎え入れようと画策していた。彼女の力があれば、黒霧家に更なる繁栄をもたらすことが出来ると考えたからだ。
しかし、結果は……水樹の敵対による劣勢。たかだか新参者の参戦で結果は変わらないと、高を括っていた油断が生んだ結果である。
混乱はやがて焦りとなる。彼は無線機の電源を入れると、すぐさま前線にいるもう一人の仙継士へと連絡を取った。
「三田、状況を報告しろ」
返事は、すぐにやってきた。
『はっ……第一地点に到着しましたが、既に秋月は戦闘不能。篠宮水樹は……何かを待っているようです』
「ちっ……やはり秋月は倒れていたかっ……」
代々、黒霧家に仕え続けてきた三田家と秋月家。その片割れ、秋月は既に水樹との戦闘で敗北していた。決して弱い男ではない。それ故、彼も単独での先行を認めたものの、結果はこれだ。
第一地点、即ち水樹と秋月の戦闘が行われた地点では、三田が隠密行動を続けながら水樹を監視している。一足遅れて到着した彼女は、丁度、秋月が気を失った場面に遭遇していた。
しかし……これ以上前には進めない。これ以上足を進めれば、確実に捕捉される。そんな直感じみた確信があったからだ。
そんな三田の視界に、新たな人影が映る。マスクで口元を隠してはいるが、それは確かに天音だった。
『風雅様、宵山天音が前線に出てきました。篠宮水樹と合流するようです』
「宵山も前線に……? 奴らまさか、このまま攻め込んでくるつもりか……?」
あまりにも定石破り。そもそも、開戦直後に聖石を壊すなどという戦法は、彼も聞いたことがなかった。
「どうする……三田を進ませ聖石を占有するか……いや、向こうにはまだ当主もいる。一人では厳しいか……」
彼は悩んだ。前線に出てきた二人は三田の存在に気付いてはいない。今なら、まだ、三田を相手陣営へと送り出すことは出来る。
しかし、宵山の陣営にはまだ宵山茜音がいる。過去の戦歴から、彼女の持つ仙力は一対一での戦闘には向かないものであることは把握していたが、それでも、秋月の前例を考えると何が起こるか分からない。
黒霧の聖石は既に一つ破壊された。どちらにせよ、宵山の聖石を奪わねば敗北する。
『風雅様、宵山天音と篠宮水樹が進行を開始しました。どうなさいますか?』
「……お前はそのまま二人の後を追って挟撃の機会を狙え。ただし、宵山の当主が動き出せば、奴の動きを抑えることに専念しろ。いいな?」
『承知』
彼が選んだのは挟撃。つまり、先に天音と水樹を排除する選択肢だ。
通信を切ると、彼は再び壁を殴り付けた。感情の半分は、苛立ちに支配されている。
「——中々、興味深いことになっているな」
そんな黒霧風雅のもとに、ある人物がやってきた。
彼とは違って体格が良く、極道の人間と間違えそうなほどの強面。
黒霧風雅の父であり、黒霧家の現当主……黒霧雲源だ。
この場にはいないはずの当主の登場に、黒霧風雅の表情が強張る。出来る限り平静を装ったまま、彼は口を開いた。
「父上……大聖石の防衛にあたられていたはずでは?」
「代わりの者を置いてきた。仙継士が相手でなければ問題あるまい」
黒霧雲源はそう言うと、先ほどまで息子が殴り付けていた壁を一瞥し、再び彼に視線を戻す。
「今はそれよりも……聖石を破壊した者を警戒せねばなるまい。確か、お前が喧嘩をふっかけた相手だったはずだが?」
「っ……」
何も言い返せずに怯む黒霧風雅。思わず顔を顰め、彼はこう返した。
「……いえ、問題ありません。確かに、彼女からは強い力を感じましたが、聖石を破壊するほど強大な力を行使しているのであれば、交戦する頃には仙力も残ってはいないでしょう」
「本当にそうか?」
「はい。所詮、戦の直前に認められた新参の家門です。恐るるに足りません」
聖石の破壊には大量の仙力を要する。ならば、接敵し、交戦する頃には水樹も弱っているだろう、というのが彼の判断だ。
彼の言葉に、黒霧雲源はじっと彼の目を見据える。視線だけで人間を殺せるのではないかと思えるほど、鋭く、重いものだ。
「……ふむ。ならば、お前の指揮に従おう。お前が始めた戦だ。そうだろう?」
「……勿論、敗北はありません。必ずや、黒霧家に勝利を」
まるで、自分のしたことの責任は自分で取れと、そんなことを言われているようだった。いや、事実、彼の言葉にはその意図があったのだろう。
当主の指示ではなく、次期当主として自身の判断で行なった戦、敵に回した存在。もしここで敗戦し、領地を奪われるようなことが起これば……きっと、死んだ方がましだと思えるほどの苦痛が待っている。
負けるわけにはいかない。黒霧風雅は強く歯を食いしばり、前へと進み始めた。




