のじゃロリの初交戦
占有すべき聖石の破壊。丸刈りの男は、目の前の状況が信じられないようだった。
聖石の破壊には、メリットとデメリットの両方がつきまとう。
破壊された聖石は、同占有戦内では復活しない。つまり、この戦が終わるまで、このポイントでは点数が得られないということになる。
占有戦のセオリーは、まず自陣営内で未占有状態の小聖石二つを占有するところから始まる。それが終われば、相手陣営へと攻め込み、占有されたポイントを奪い始めるのだ。
しかし、攻め込むための仙継士の数が、こちらは足りていない。相手側の聖石を奪える機会に乏しいわけだ。
ならば、いっそ……破壊してしまえばいい。破壊すればその聖石が持つ点数は失われ、奪うことも奪われることもなくなる。単純に、そこを既に占有していた陣営が点数を失う結果となる。
これが、一方的な攻戦を覆すための特殊ルールだ。戦力的に既に占有された聖石を奪うことが難しい者たちは、聖石を破壊することで少しでも相手側の点数を減らすことが出来る。
だが、同時に発生するデメリットもそれなりに危険なものだ。
そもそも、聖石の破壊がそれほど容易なことではない。一般人が破壊することは殆ど不可能に近く、仙継士であっても、全力を込めた仙力や纏衣状態での渾身の一撃など、『一撃で強力な破壊力を持つ技』でないと破壊出来ない。そうしなければ、一瞬のうちに聖石が全て破壊され、占有戦というものが成り立たなくなるからだ。
そして、何より……相手陣営の聖石の破壊は、同時に相手の『攻撃力』を高めることにも繋がる。
聖石を占有するためには、聖石への『一定時間の接触』が必要条件だ。そのため、基本的には必ず一人、戦力の高いものを防衛として置くことが多い。
故に、聖石が一つ破壊されるたびに、『防衛しなければならない拠点』が減り、その任に当たっていた者が攻撃に転向する。
開戦前に天音が言っていた、『篠宮水樹が倒れればむしろ不利な状況になる』というのは、まさしくこれを指している。奴らは既に一つ防衛拠点を失っており、攻撃に割ける人員が増えているのだ。
『いいか、水樹。戦が始まれば、お前はすぐに相手陣営の小聖石をぶっ壊せ』
最初に作戦会議をした時に、天音がそう口にしていた。
『なぜじゃ? その策ならば、宵山の不要な小聖石の排除をすべきだと思うのじゃが』
攻撃に転じる人間を増やすという意味ならば、相手側の聖石ではなく、自陣の聖石を破壊しなければならない。しかし、天音は『そうではない』と言いたげに、首を横に振った。
『いや……それだと相手の油断を誘えないからな』
『……どういうことじゃ?』
言葉の真意が汲み取れず、首を傾げる。そんな僕に、彼女は質問を投げかけてきた。
『なあ、水樹。戦が始まってから、まず初めに戦闘が起こる場所がどこか、予想出来るか?』
『それは勿論……両陣営から最も遠い小聖石付近じゃろ』
つまり、両陣営を隔てる境界線上付近。当然ながら、最初の戦闘が行われるのはそこだ。
この答えが問いの意図に適っていたのか、天音は満足げに頷いた。
『ああ。だから、指揮官ではなく、それなりの戦闘力を持った仙継士が占有しにくる可能性が高い』
『……つまり、何が言いたい?』
そう聞くと、彼女は『真っ黒な笑み』を浮かべた。それはまるで、悪魔のような、死神のような……とにかく、背筋が凍り付くほど、不気味な笑顔だった。
「あの時の悪い顔を思い出すと少しばかり心苦しいのじゃが……」
人間大ほどの小聖石を壊すと、この石を占有しにきた男は、焦りと緊張感を露わにしていた。
そして、万が一のために備えておいたのか、懐から取り出した小さな玉を地面に投げ付ける。
突如、玉が破裂し、真っ白な煙を辺りにぶち撒ける。視界を奪うための煙玉のようだった。
奴の姿が見えない。煙が邪魔をして、臭いも分からない。そんな最中、煙の中から舌打ちをするような声が聞こえた。
「クソッ、纏衣ッ……!」
煙で視界を遮り、姿を眩ましながら纏衣を解放する。手段としては上々だ。
だが、視覚と嗅覚が奪われても……奴の動く足音が、鮮明かつ明確に、奴の居場所を示してくれた。
纏衣を解放されるよりも前に、即座に接近する。超至近距離まで近付くと、煙の中でも奴の姿が視認出来た。
そうして、無防備なその腹部に、聖石を砕いた時よりかは加減をして右の拳を叩き込む。いまだ生身であった奴は、口から涎を撒き散らしながら、煙を晴らすほどの勢いで吹き飛んでいく。
弾丸のように吹き飛んだ奴の肉体は、廃墟の壁に突き当たって静止する。痙攣を起こし、白目を剥きながら立ち上がる様子もない。どうやら、一撃で気を失ったようだ。
奴の継戦不能を確認するとすぐに、開戦前に配布された無線機を取り出して、通信を始める。
「天音。こちら先行部隊じゃ。小聖石の破壊と仙継士一人の排除が完了した」
今回の作戦の最初にして最後の難関……それは、黒霧陣営の聖石の破壊と、仙継士一名の排除。これによって宵山陣営にもたらされる利点というものは。
『——了解。よくやった、水樹。これで点数有利と……人数はイーブンだ』
通信機から聞こえる天音の声は、おもちゃを前にして焦らされる子供のように、興奮を抑えられないものだった。
——実を言うと、宵山家の作戦はとても『作戦』と呼べるほど高度なものではなかった。何せ、戦力は黒霧家の方が多く、戦種は宵山家にとって不利なもの。おまけに、僕、『篠宮水樹』の正確な戦闘力は把握出来ないときた。
故に、天音が選んだ手段は、『徹底的な攻撃姿勢』だ。
敵陣営内の聖石を破壊することで、まずは点数有利を獲得する。これによって、この状態が維持されれば、制限時間終了後に自動的に宵山家の勝利が確定する。
次に、聖石を占有するためにやってきた仙継士を倒し、人数不利を無くす。これで、人数としての彼我の戦力の差はなくなった。
気掛かりがあるとするならば、攻撃人員の少なさか。恐らく指揮官であろう黒霧家当主、或いは黒霧風雅が出てこないことは予測していた。
しかし、最前線となるこの場所に仙継士が一人だけしか来ていないというのもおかしな話だ。もう一人の仙継士や、そうでない家臣たちが同行していてもおかしくはなかった。
奴らが慢心し、油断していただけなのか……他に狙いがあるのか。周囲にこれといった気配はなく、どこかに隠れているというわけでもなさそうだ。
『他に敵はいないのか?』
「うむ。もう一人も出てきてくれると楽だったのじゃがなぁ」
まとめて倒せば、人数の不利を無くすだけでなく、有利を取ることも出来た。今はもう、無い物ねだりでしかない話だが。
『分かった……水樹はひとまずその場で待機。私も前に出る』
「承知した」
聖石の占有状況などは、三枝家から発信される電波によって手持ちのスマートフォンに映し出される。あちら側は聖石を破壊されたことで、一度は守りの姿勢に入るだろう。
点数有利も取れたことだ。天音と合流すれば、作戦は次のフェーズに移行する。後はただ……奴らを殲滅するのみだ。
 




