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朝目覚めたら『のじゃロリ』になっておったのじゃがっ!?  作者: クレイジーパンダ
一章『のじゃロリになってしまった件』
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のじゃロリと聖石占有戦

 戦場への移動は転移の仙力によって行われる。そのため、両陣営が一堂に会する必要がある。開戦前の顔合わせは、これが最初で最後だ。


 三枝家の仙継士を中心として、僕たちがいるのとは反対の方向から、黒霧家の人間がやってくる。

 長身だが細身だった黒霧風雅とは対照的に、かなり体格の良い中年の男を先頭に、まるでボウリングのピンのようにピラミッド状に列を成していた。


 その二列目にいた男……黒霧風雅が僕の存在に気付くなり、哀れんだような笑みを浮かべる。



「……なんじゃ、あの顔。むかつくのぅ」



 ぼそりと呟くと、斜め前にいた天音が、後ろ手でお腹の辺りを摘んでくる。



「手を出すのは開戦してからにしろよ。三枝家での騒ぎは基本的にご法度だ」


「わかっておる」



 どうせ、後でその泣き面を拝むことになるのだ。今、この時くらいは、哀れむ余裕を持たせてやってもいいのかもしれない。そう思った。


 両陣営の人員が全て揃ったのか、地面に青い光が広がる。ここにやってくる時に見た光よりも、一回りほど大きかった。陣営ごとに分けて転移するのかと思っていたが、どうやら両陣営を同時に転移させるらしい。



「それでは、転移を開始いたします」



 再び、彼女が手を鳴らして仙力を発動する。同時に視界が暗転し、次に目を開くと、荒廃した世界が広がっていた。


 建物は崩落し、大地には人の痕跡がない。伸び放題になった雑草と、建物に纏わりつくような植物の蔦が、更に荒廃感を増大させていた。


 とても……人が用意したものとは思えないほど、『リアルな世界』だった。いつか、何かの作品で見たような、人類が滅んだ後の世界が、目の前に広がっている。



……ここが戦場でなければ、胸の高揚感に従って観光でもしていたことだろう。だが、今はそれどころではないのだ。



 こちらの陣営には一〇人。内訳としては仙継士が三人と宵山家の家臣が七人。過不足なく転移されたようだ。



「皆、作戦は頭に叩き込んだな? 後はお前たちの頑張り次第だ」



 場を仕切っていたのは現当主である宵山茜音ではなく、次期当主である天音だった。宵山茜音は後方で、彼女の話をにこやかな表情で聞いていた。どちらが当主か、分かったものではない。


 そんな状況でも、天音は最終的な指示を黙々と出し続けていた。



「雪、黒衣(くろご)隊の指揮は任せる。攻撃と防衛を適時行え」


「承知しました」



 七人……いや、本人を除いて六人の家臣を率いるのは、天音の補佐役でもある雪さんだ。彼女の戦闘力と判断能力ならば、指揮官としては申し分ないだろう。

 六人の家臣たちが、軍隊のように統率された動きで雪さんの周囲に集まる。雪さん自身も布で顔を隠しているから、一見すれば本物の『忍者』のようだ。


 雪さんへの指示を出した天音は、続いて、宵山茜音を力強く指差し、鋭い眼光を向けた。



「……それから、母様。混乱に乗じて水樹を襲おうなどと考えないように」



 天音のその言葉に、宵山茜音は『びくっ』と肩を震わせる。


……図星か?



「あっ、あらあらぁ……私がそんなこと、考えるはずないじゃない……ねえ?」



 頬に手を添えながら、精一杯可愛く見せようと首を傾げる。天音の年齢を考えると、三〇代後半から四〇代のはずだが……一体、誰を対象にして誤魔化そうとしているのか。


 ここに来てから何度目かも分からないため息をこぼしながら、天音は項垂れた。



 そうして、今度は僕の番だった。



「水樹」


「うむ」



 彼女が振り返りながら僕の名を呼ぶ。



「何度も言うが、作戦の鍵はお前だ。お前が倒れれば、むしろ私たちは不利な状況に追い込まれる」


「わかっておる。危険だと判断したら、すぐに撤退するのじゃよ」



 天音の立てた作戦は、僕たちを勝利へと導いてくれるだろう。

 しかしながら、その作戦には『篠宮水樹』というピースが確実に必要だ。これが欠けた瞬間に作戦は破綻し、むしろ、敗北の可能性が濃厚になる。


 心配しているような口ぶりだが、彼女の表情に曇りはない。僕のことを信頼してくれている。何だか、そんな風に思えた。



「……頼んだぞ、水樹」


「うむ、任せておけ」



 戦が、始まる。開戦の合図は、天高く登る閃光弾だ。


 もう誰も、何も言葉にしない。

 開戦の時を……ある者は緊張を、ある者は不安を、そしてある者は決意を胸に抱き、待ち構えていた。




 そして——。






——眩い閃光が、打ち上がった。









「纏衣……解放っ!」





 開戦の合図と殆ど同時に纏衣を解放する。ぞわりと、背筋を何かが這うような感覚が襲い、その直後に耳と尻尾が生えた。


 そして、力いっぱいに地面を踏み締め……その力を、加速へと昇華させる。




 天音の作戦、その一。それは、篠宮水樹を『斬り込み隊』として運用するというもの。理由は単純で、纏衣状態を長時間維持出来るからだ。


 この戦の制限時間は三時間。一方、天音が纏衣状態を維持出来るのは、一日に合計で二時間ほど。仙力を節約したところで、どう見積もっても一時間程度は生身で戦わなくてはならない。

 だが、生身の状態であっても、戦闘を行えば仙力を使うことになる。となれば、必然的に纏衣解放の時間は更に縮まるだろう。


 仙継士は確かに強力な存在だが、纏衣解放をしていない彼らは、『肉体的』に言えば一般人とそれほど差異がない。極端な話をすれば、刃物で突き刺されれば簡単に死んでしまうだろう。


 故に、纏衣解放は決戦時の奥の手とされることが多い。纏衣状態で仙力を使えば、その分維持に必要なエネルギーが使われるだけだから、激しい戦闘を行えば行うだけ維持可能な時間が減少していくのだ。



 しかし、僕は違う。どういうわけか、僕は二四時間以上纏衣状態を維持出来るほどの力を内包している。それは勿論、非戦闘状態でのことだから、戦闘を行えばその限りではないが……。


 だとすれば、こう考えるのが自然だ。僕は、戦の最初から最後まで、纏衣解放をした状態で最高水準の戦闘力を維持出来る、と。



 纏衣状態の僕は、どうやら普通の人間では到底発揮出来ないような力の行使も可能なようだ。雪さんとの訓練で、どんなことが出来るかもそれなりに把握している。

 時速にして、どれくらいだろうか。上空から見た地図では遥か遠方に見えていた『未占有』の小聖石が、姿を現した。



 そこには、既に敵がいる。敵も同じ速度で迫ってきたか?

 いいや、違う。ここは確かに未占有の小聖石があるポイントだが……宵山家側の陣営内ではない。





 ここは……既に、黒霧家の陣営内だ。黒霧家から見て最も遠い自陣営内の小聖石が、目前にある。


 聖石のそばにいたのは、丸刈りで体格の良い男。あの時先頭にいたのとは別の男だ。

 事前の情報では、あの男もまた、四人いるうちの仙継士の一人らしい。見た目通り、『近接戦闘型』の仙力の使い手だ。




「ハッ、新参者がのこのことッ……!」




 奴の目には、ルールも実力も分かっていない新人仙継士が、一人でのこのこ現れたように映っているのだろう。こちらが纏衣を解放しているのにも関わらず、余裕のある表情に、笑みを浮かべている。


……奴が纏衣を解放する前に、決めてしまおう。


 聖石への進路を妨害するように立ちはだかる男。聖石を占有状態にするためには、一定時間聖石に触れていなければならない。一対一の場合、敵の眼前でそれを行うことはほぼ不可能だ。

 そんなことは承知の上で、男を飛び越え、聖石へと向かう。男は『にやり』と口角を吊り上げ、高らかな笑い声をあげた。



「馬鹿が、敵の目の前で奪い取れるわけがねえだろうがッ!」


「はて、それはどうじゃろう」



 確かに、敵の眼前で聖石を奪うことは不可能に近い。だが、奪うことが目的ではないのなら。




——この戦には、少しばかり特殊なルールがある。『聖石占有戦』という名の通り、聖石を占有し、陣地を奪い合う内容ではあるが……一方的な戦況を覆すために、ある措置が用意されていた。



 空中で一回転し、回転の勢いをその身に乗せ、右の拳を全力で振りかぶる。


 纏衣状態の僕の一撃は、何か特別な仙力を使わずとも圧倒的な威力を誇っている、と天音が言っていた。全てを打ち砕くほどの威力が。




「はぁぁっっ……!!」




 振りかぶった拳を、真っ直ぐ、聖石へと向かって突き出した。大気を揺らし、鼓膜が破れてしまいそうなほど巨大な衝突音が、その威力の凄まじさを物語っていた。



 そして。




——ピシッ。




「なッ……!?」



 拳で殴りつけた場所に小さな傷が走る。小さな傷はやがて聖石全体を覆うほど大きなヒビとなり……小聖石は、目の前で真っ二つに砕けてしまった。


 青白い神秘的な光を放っていた石は、砕けると同時に、何の変哲もない灰の石となる。こうなればもう、聖石としての役割は果たさない。

 着地すると同時に振り返ると、男は愕然とした表情でこちらを見ていた。それもそうだろう。突如として現れた新参者が、目の前で聖石を砕いてしまったのだから。





 そう、これが……聖石占有戦の特殊ルール、聖石の『破壊』だ。

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