のじゃロリ、まだ死にたくはない
「戦種は……聖石占有戦だ」
仙継士一族の戦には、『戦種』と呼ばれるものがある。これは『ルール』や『種目』といった言葉で言い換えることが出来る。
即ち、戦のルールにはいくつか種類があり、今回はそのうちの『聖石占有戦』という種目で争うということだ。
そして、この聖石占有戦は……、
「なるほどのぅ、宵山が不利となる戦種か……」
「ああ。占有戦は仙継士の数が多い陣営が有利だからな」
この聖石占有戦という戦種は、早い話が『陣取りゲーム』だ。
聖石と呼ばれる水晶が配置された地点を、より多く占有した陣営の勝利。そのためには、より多くの戦力が必要となる。
つまり……主戦力となる仙継士が少ない宵山家は、それだけで不利な状況にあるということだ。
「よりによって占有戦だとはな……頭が痛い」
顔を覆うように手で押さえ、長く深いため息をこぼす天音。
次期当主ともなれば、黒霧家以外の問題の処理にも忙しいのだろう。だと言うのに、戦の内容が占有戦だとは。
「……じゃあ、良い知らせってのは?」
「ああ……篠宮家が正式な家門として認められた。宵山家の監督下であるという条件付きでな」
以前言っていた、戦に参加するために僕の姓である『篠宮』を正式な家門として擁立する計画が、問題なく進んでくれたようだ。
だが、疑問がある。『監督下である』という条件が、一体何を指し示すのかが分からないのだ。
「監督下とはどういうことじゃ?」
「お前のように、一般人が未知の仙継士となった場合、仙継士としての掟の知識がないからな。十分な知識が蓄えられるまで、いずれかの家門が見張り役をしなければならんのだ」
その説明で、大方理解は出来た。
僕たち一般人は、そもそも『仙継士』という存在を知らない。そんな一般人が仙継士になれば、知識もないままに仙継士としての掟を破ってしまうかもしれない。
故に、そんな仙継士に仙継士としての生き方を教えるための『先生』が必要なのだ。
一見すると、見張り役となる一族には何の得もないように見えるが……、
「その代わり、将来的に貸しを作れる、ということか?」
たとえば、新たに発生した家門を傘下に置くだとか。『貸しを作る』というのは、実際問題、想像以上に重要なことだ。貴重な仙継士を、最低でも一人は確保出来るのだとすれば、それは十分なメリットとなる。
僕の言葉に、天音は頷いた。どうやら、推測は正しかったようだ。
「じゃが……そんなに戦力が不足しているのなら、初めて出会った時にわしを傘下にしておけばよかったのではないか?」
「正直、お前のことは得体の知れない何かだと思っていたからな。困っているなら助けようとは思ったが、見張り役になって責任を負うのは危険だと判断した」
「酷い言いようじゃの……」
僕を監督下に置けば、何か問題を起こされると踏んでいたのだろう。だから、敢えてこの話をしなかった。黒霧家との戦の可能性が浮上するまでは。
確かに……心当たりはある。親しい友人や両親でさえ、姿が変わったことを信じてはくれなかった。それが初対面の人間なら尚更だ。僕が天音の立場ならば、連絡先を渡すこともなく立ち去っていただろう。
「まあ、貸しだ何だ話は気にしなくていい。どのみち、貸しを作ったところで今回の戦で返されるからな」
「うむ、承知した」
了解の返事をすると、天音は姿勢を正し、お茶を啜りながら言う。
「知らせたかったのは主にこの三点だ。そう時間は残されていないが……」
……そして、『ことり』とテーブルにお茶を置いたその瞬間、突如として部屋にはいなかったはずの雪さんが現れ、いつの間にか天音の背後に立っていた。
いつ現れた。というより、どこから、どうやって現れた。ずっと天音の方を見ていたはずなのに、その存在に気が付けなかった。
「……占有戦となれば、お前にも頑張ってもらわんとな」
天音がそう言い放つや否や、雪さんが真顔で手をわきわきと踊らせながら、テーブルを挟んで対面にいる僕との距離を詰めてくる。
思わず勢いよく立ち上がって、ソファを飛び越え、先ほどまで座っていたソファを使って雪さんとの距離を保つ。
僕の直感が告げている。これは……捕まったら『ヤバい』と。
「や、流石にもう訓練を厳しくするのは無理じゃよ。わし、これ以上やられると死んでしまう」
「問題ありません、水樹様。宵山家には腕の良い医者もいます」
「問題しかないじゃろうがっ! 壊れること前提で話を進めとるじゃろっっ!」
雪さんの説明だと、『体が壊れないように鍛える』のではなく、『壊れれば治せばいい』と言っているように聞こえる。恐らく、気のせいではない。
ソファを使って何とか逃げようと試みるも……一周したところで、背後から現れた黒衣に肩を掴まれる。その一瞬の隙を突いて、瞬きをした次の瞬間には、雪さんが目と鼻の先にいた。
「さあ、行きましょう。楽しい楽しい鍛練の時間です」
「嫌じゃっ、わしはまだ死にとうないっっ……!!」
引き摺られるようにして、鍛練場へと連行される。
部屋を出る際、最後に見たのは、死地に赴く兵士を見送るかのように敬礼をする隆盛と、澄ました顔でお茶菓子を食べる天音の姿であった。
……今、僕の顔を見た人は、口を揃えてこう形容するだろう。『死んだ魚のような目をしている』と。
カカシが立ち並ぶ室内の鍛練場へと連行された僕は、そんな目をしながら、子供用のジャージに着替えていた。纏衣を解放しても問題が起きないよう、尾てい骨の辺りを切り抜いたものに。
着替え終わった僕を出迎えたのは、何やら見覚えのない手甲のようなものを身に付けた雪さんだ。
どこか、武士の身に付ける籠手のようにも見えるその手甲からは、奇妙な力を感じる。まるで、仙継士が使う仙力のような力を。
「戦種が聖石占有戦とのことですので……残る二日間は、『仙具』を用いて訓練します」
「おおっ、それが噂に聞く仙具とやらか……」
宵山家での講習で、何度か耳にすることがあった。
仙人の魂そのものを受け継いだ人間が『仙継士』だとするならば、仙具は『かつて仙人が使用していた道具』を指す。
長い間仙人が使用し続けた道具には、彼らの扱う仙力の残滓のようなものが宿る。そうした道具は仙力のような特殊な効果を発揮するのだ。
漫画やゲームの世界で言えば、『遺物』や『アーティファクト』などと呼ばれるものが近いだろう。
彼女が身に付けているそれは、とても太古のものとは思えないような現代的な見た目をしている。仙具はある程度の加工が可能だと言っていたし、現代の人々が扱いやすいように形を変えたのだろう。
ただし、これにも弱点がある。仙具を用いた人間は、纏衣を解放していない仙継士と同程度の戦闘力を得るが……その効果は無尽蔵ではない。
仙継士の仙力を、時間経過で回復可能な『バッテリー』のようなものだとすると、仙具は『使い切りの電池』だ。仙人の使っていた本来の仙力の残滓が宿っているとはいえ、それ自体がエネルギーとしての仙力を生み出すわけではないからだ。
天音が仙具持ちの家臣を主戦力として数えないのはこのためだ。仙継士は仙力さえ回復すれば何度でも戦えるが、仙具は内蔵の力を使い切ればそこまで。仙継士の仙力で多少の回復は可能らしいが、それでも永続的な使用は不可能だ。今回の戦では戦えても、次の戦では戦えないかもしれない。
恐らく……雪さんがこれまで仙具を使ってこなかったのも、この『使用制限』を気にしていたからだろう。戦種が宵山家に不利な『聖石占有戦』に決まったからこそ、多少の使用制限の減少に目を瞑ってでも、僕という『持続可能な戦力』を育成することに決めたのだ。
「これは『鉄砕』と呼ばれる仙具です。鉄を砕くと書き、文字通り、身に付ければ鉄をも砕く強靭な拳が手に入ります」
「ふむ、攻撃力が上がるということか?」
「いえ、拳が砕けなくなります」
質問をすると、きょとんとした表情でそう返された。
つまり、同じことなのではないだろうか。鉄をも砕くと言うのだから、結果的には同じだろう。
「……じゃが、鉄をも砕くのじゃろ?」
「ええ。己の力で砕きます」
彼女の言い回しに、『まさか』という可能性を考えた。
鉄をも砕く強靭な『拳』が手に入る。強靭な『力』ではなく、『拳』。
そして、『拳が砕けなくなる』という効果と、『己の力で鉄を砕く』という言葉。それ即ち、彼女の言葉が意味するところは……、
「……まさか、拳が砕けなくなるだけか?」
「その通りです」
けろっと、あまりにもあっさりと、雪さんはそう言ってのけた。
「……いやいや、まさか。雪殿の強さは知っておるが、いくら拳が砕けなくなるとは言え、人間の力で鉄を砕くなんてことが……」
僕の懸念を他所に、彼女は一体のカカシのもとへと歩み寄った。武器訓練のためか、上半身だけのそのカカシには、鉄で出来たような頑丈な西洋鎧が着せられていた。
彼女が構えを取り、浅く息を吸う。
——そして、ほんの少しの息を吐き出すのと同時に、目にも留まらぬ速さで、拳を振り抜いた。
刹那、けたたましい轟音と共に、何かの破片が飛んでくる。それは間違いなくあのカカシと鎧の破片であり……つまるところ、何が言いたいのかというと。
「——という風に、仙継士でない者が相手でも、仙具を身に付けていれば脅威となり得ます。特に、纏衣を解放していない状態であれば、仙継士と言えども肉体は生身ですから」
「いや、なんも耳に入ってこん……」
鎧を着たカカシは、鎧ごと木っ端微塵に粉砕されていた。夢かと思って目を擦り、頬をつねってみたが、何も変わらない。
……この人、本当に人間なのだろうか?
当の本人は、僕の驚きなどは気にもせず、手合わせの準備をしている。鉄砕と呼ばれる仙具は身に付けたままで。
「……わし、まだ死にとうない……」
「何を言っているんですか、水樹様。人はそんなに簡単には死にませんよ」
本来であれば頼もしい言葉だが、今だけは、恐ろしい『脅し文句』に聞こえた。
 




