のじゃロリ、知らせを聞く
宵山家での訓練を始めてから四日後の月曜日。黒霧家は、依然としてこれといった動きを見せず、日々がただ淡々と流れ続けていた。
黒霧風雅と接触した日から数えれば、今日で五日目。宵山家の領地を狙って宣戦布告をしにきたのであれば、そろそろ動きがあってもおかしくはない頃だろう。
日を追うごとに、雪さんの訓練は厳しさを増していく。黒霧家との戦に備えてのことだろうが、そのせいで、学校生活にも若干の支障が出始めていた。
「……ふぁあっ……」
先生が黒板に字を書いている最中、思わず大きなあくびが漏れた。
段々と動けるようになってきたとはいえ、それでも雪さんの訓練をこなすためにはそれ相応の体力が必要だ。放課後に大量の体力を消耗してしまうがために、学校にいる時間の殆どが、その休息に充てられていた。
今、もしも願いが叶うのなら……机に突っ伏して、授業が終わるまで眠っていたい。そんなことを考え始めるほど、体も脳も疲れ切っていた。
放課後になると、今日も今日とて宵山家に向かう。同行者は隆盛だ。
全治二ヶ月の怪我とはいえ、隆盛自身はもう宵山家に用はない。本来は毎日通う必要もないが、どうやら、相当な『お節介焼き』なようだ。隆盛らしいと言えばそうなのだが。
「お帰りなさいませ、水樹様、柳田様」
宵山家の屋敷に到着すると、玄関先で雪さんが出迎えてくれる。隣にいた家臣の人たちに荷物を預け、彼女と共に屋敷に入る。
この四日間で、雪さんは僕のことを『水樹様』と呼ぶようになった。それだけ信頼してくれているのか、それとも、距離が縮まったのか。どちらにせよ、良い傾向だ。
因みに、隆盛も『名前で呼んでほしい』と頼んだようだが、即座に却下されていた。誰にでも気を許すわけではないらしい。
「水樹様」
「うむ?」
屋敷に入るとすぐに、雪さんが僕の名を呼んだ。
「天音様から、『帰ってきたら執務室に来るように』と」
「承知した。隆盛、お主も来るか?」
「ああ」
執務室に呼び出されるのは久しぶりだ。わざわざ呼び出すくらいなのだから、何か大事な用でもあるのだろう。
隆盛を引き連れて天音の執務室に向かい、扉を二度叩く。
「天音、水樹じゃ」
『帰ってきたか。入ってくれ』
返事はすぐに返ってきた。ゆっくりと扉を開き部屋に入ると、天音は眼鏡をかけ、執務机の前で何やら難しい顔をしていた。
眼鏡をかけている彼女は珍しい。と同時に、嫌な予感が体中を駆け巡った。彼女が眼鏡をかけている時は、大抵、小難しい話をする時だからだ。
「お帰り、水樹、隆盛」
「うむ。わしになにか用があったようじゃが?」
そう問うと、天音はため息をこぼしながら眼鏡を外した。
疲れている。顔色を見て、そう思った。
「まあ、立ち話もなんだ。座れ」
彼女の言うようにソファに座る。と、どこからともなく現れた黒衣のような家臣たちが、テーブルにお茶をセッティングした。
天音はソファに深く腰掛けると、天を仰ぎ、眉間のあたりを指で摘んでいた。
「……良い知らせと悪い知らせと悪い知らせ、どれから聞きたい?」
「比率がおかしいなぁ……」
隣に座る隆盛が、お茶を啜りながらぼそりと呟く。
「ならば……悪い知らせから聞こう」
僕が答えると、天音は真剣な表情でこちらを見つめ、こう言った。
「開戦が通達された。日時は三日後の木曜日だ」
「結構早いな……」
開戦。つまり、黒霧家との戦が、正式に決定したということだ。
この四日間、訓練の合間に受けていた『座学』のような講習で、戦に関することを色々と学んだ。
開戦には順序がある。まずは宣戦布告。黒霧風雅が宵山の領地内で仙力を使い、問題を起こしたことがこれに該当する。勿論、文書で布告することも可能だ。細かく言えば色々と制約があるようだが、その辺りは難解で理解が難しかった。
そして、ここからが少し複雑だ。仙継士には、『三枝家』と呼ばれる一族がある。この三枝家は、古くから仙継士一族を取りまとめる役割を担っており、『戦』と呼ばれるものもここで手続きを踏んでから行われる。
僕らの認識では、戦とはまさしく『戦争』を指すものだった。天音は『僕たちの認識しているようなものではない』と言っていたが、その認識が抜け切っていなかった。
だが、現代社会において、そんな大々的なことをすれば仙継士の存在が世間一般に知れ渡ってしまう。
つまるところ……彼女たちの言う『戦』とは、僕たちで言うところの、『スポーツの試合』のようなものなのだ。
複数の家門が、三枝家という『運営組織』のもとで争い合う。それこそが、仙継士が言うところの『戦』だ。
故に、『開戦が通達された』というのは、三枝家が戦の手続きを受理し、争う場を用意した状況のことを指す。
想定していたよりも悪い知らせではなかった。開戦が思っていたよりも早いことだけが気掛かりだが、両家に争う意志がある以上、避けて通れない道だ。
「ならば……もう一つの悪い知らせは?」
嫌な予感がした。一つ目の悪い知らせが、それほど悪い知らせではなかったからか。
それとも、天音が勿体ぶるように答えを躊躇っていたからか。
暫しの沈黙が流れ、彼女が口を開いた。
「戦種は……聖石占有戦だ」
僕と共に講習を受けていた隆盛と、思わず目が合う。そして、その内容を思い出して、苦い表情をした。




