のじゃロリ、参戦決定
「頼み?」
僕がそう聞き返すと、天音は唇を噛み、少しばかり悔しげな顔をした。
「この戦……恐らく、宵山家は敗北する」
彼女は言った。まだ戦も始まっていないというのに、彼女にしては珍しく弱気な姿勢だった。
「何で戦う前から分かる? やってみなきゃ分からないだろ?」
異議を唱えたのは僕ではなく、隆盛だった。
いつもの彼女なら、ここで強気に出てくれるだろう。だが、今回ばかりはその例に漏れたようだ。
「……黒霧家には仙継士が四人いる。戦力の差は歴然なんだ。それに……」
「それに?」
「過去に何度も、宵山は黒霧と戦をしている。その度に、少しずつ領地を奪われていった。それが意味するところが分かるか?」
曰く、黒霧家との因縁は何代も前のことからだという。同じ大山県を領地とする二つの家門。ここに摩擦が生まれないわけもなく、両一族はこれまで何度も戦を繰り返してきた。
そして何度も、宵山家はその領地を奪われ、辛酸を嘗めてきた。つまるところ、宵山家は黒霧家との戦で、『何度も敗北を喫してきた』のだ。
敗北の要因は様々であるが、その最たるものが『仙継士の数』。宵山家には現当主と次期当主の二名しか仙継士がいないにも関わらず、黒霧家は四名もの仙継士を擁している。
仙継士一族の戦の勝敗の鍵は、仙継士が握る。実力が拮抗しているならば、最後にものを言うのは数だろう。
……宵山家の家臣、仙力を持たぬ者たちが鍛錬に励むのは、恐らく、黒霧家との戦いに備えるためだろう。そうでもしなければ、戦う前から勝敗が決してしまう。
天音によれば、当代の当主……つまり、彼女の母親の代になってから戦は起きていないらしい。最後に黒霧家との戦いが起きたのは、先代の当主、天音の祖母にあたる人物の時代だ。
ここにきて黒霧家が宣戦布告をしてきた理由は分からないが……思い当たる節はある。
黒霧風雅だ。一度接触しただけだが、奴の性格ならば、戦を吹っかけることを躊躇いはしないだろう。
「……なるほどのぅ、読めたぞ」
これらの状況を考えれば、天音の『頼み』とやらが何なのかは、容易に想像がつく。
「黒霧に勝つために、わしの力が欲しいということじゃな?」
「……ああ、簡潔に言えばそうなる」
現在、彼我の戦力差は、仙継士の数だけで言えば二倍。あちらの実力は分からないが、宵山家は一人で二人の仙継士の相手をしなければならない。
だが、僕が戦線に加わればその負担が軽減する。限りなくゼロに近い勝率が、勝利可能な値まで引き上げられるのだ。
「お前の姓である篠宮家は、現在宙に浮いた状態だが……これを正式な家門として、宵山家の傘下に加える。そうすれば、今回の戦にはお前も参加出来ることになる」
「宵山家と同じように、篠宮家という家門を作り出すということじゃな?」
「そうだ」
僕の今現在の身分、篠宮水樹というものは、天音が用意した仮の身分でしかない。それを実際に『篠宮』という家門として擁立するというのだ。
「普通に宵山家の家臣として戦うんじゃ駄目なのか?」
「それだと、他の家門から『仙継士の存在を隠していた』などと難癖をつけられる可能性が高いからな。新たな仙継士の誕生自体はこれまでにも実例があるし、こっちの方が何かと都合が良いんだ」
僕らにはよく分からない話だが、仙継士には仙継士なりのルールや掟があるのだろう。彼女が都合が良いというのなら、それで間違いはないはずだ。
だが……戦、か。
これまで仙継士の存在すら知らない一般人だった僕には、とても、現実味のない話だ。ようやく現状を受け止めることが出来た頃だというのに、また状況が複雑になっていく。
思えば、家族喧嘩以外で人と争った記憶はない。そんな僕が、まともに戦えるのだろうか。
そんな懸念を胸に抱えていると、それを別の解釈として捉えたのか、天音が語り始めた。
「……無理を言っているのは重々承知している。仙力を使うなと言って危険な目に遭わせた手前、今度は仙力を使って手伝ってくれと言うのも、お前の感情を無視した話だと理解している」
天音は立ち上がると、地面に膝をつけ、正座をした。
制止しようと動き始めた家臣たちを、彼女自身が止める。何をしようとしているのかは、何となく理解した。
「だが……我が宵山家が黒霧に勝つためには、お前が必要なんだ。私を一撃で鎮圧するほどの力を持つ、お前が」
そう言って、彼女は深々と頭を下げようとした。見れば分かる、土下座だ。宵山家の次期当主ともあろう者が、地位やプライドを捨て、地に頭を擦りつけようとしている。
「この通りだ。力を貸して……」
「待て。それ以上頭を下げるでない、天音。家臣の前であろう」
そんな彼女が完全な土下座をするより前に、止めに入る。女性の土下座を見て喜ぶ趣味はないし、そもそも、僕は戦に参加するのが嫌で口を噤んでいたのではない。
椅子から立ち上がり、彼女の目線に合わせて屈む。そして、俯く彼女の肩にそっと手を重ねた。
「そう畏まる必要はないのじゃよ。お主には何度も助けられた。受けた恩は返す、それは当然のことじゃろ」
「水樹……」
彼女はようやく頭をあげ、目を合わせてきた。
この数日、天音には何度も助けてこられた。彼女がいなければ纏衣を解除することも出来なかったし、再び学校に通うことも出来なかった。
その恩に報いる機会が出来たのだと思えば、悪くない。
更に言えば、彼女は僕のことを『友』と呼んでくれた。困った時に助け合えずに、何が友達か。
「……それに、彼奴はわしの友に危害を加えた。一度、懲らしめてやりたいと思っていたところじゃ」
何だか、自分で言っていて恥ずかしくなった。そそくさと立ち上がって、恥ずかしさを紛らわすために小さな咳払いをすると、天音に手を差し伸べる。
「ま、わしは難しいことは分からんのでな。家門とやらの設立はお主に任せる。それから、家臣への口止めもな」
『篠宮水樹』の事情を、ここにいる数名の家臣は知ってしまった。天音もその辺りは考えていなかったのだろう。彼女は妙なところで天然な節があるのだ。
差し伸べた手を、彼女がゆっくりと、けれど力強く取った。暗かった彼女の表情は、いつの間にか、これまで見たことがないほど柔らかなものになっていた。
「……ありがとう、水樹」
天音はもう大丈夫だろう。芯の強い彼女のことだ。僕の協力が得られると分かって、すぐにでも今後の計画を練ってくれるはずだ。
残念ながら、仙継士のことに疎い僕は、その分野において手伝えることがない。出来ることがあるとするならば、少しでも仙力の扱いに慣れることくらいだ。
「であれば、天音、鍛錬場を借りてもよいか? こうなった以上、仙力を隠しておく意味もなかろう」
「ああ……まあ、そうだな。黒霧との戦まで戦力は隠しておきたいが、鍛錬が積めないのでは元も子もないしな……」
そう言って天音が手を鳴らすと、先ほどまで入り口付近で待機していた家臣の一人が、瞬間移動でもしたのかというような速度で、彼女のそばにやってきた。
雪さんだ。学校で会った時にも思っていたが、彼女も彼女で人間をやめているような部分がある。あの速度は、到底人間が辿り着けるような境地ではない。
「雪、相手をしてやってくれ。うちで相手になるのはお前くらいだろう」
「承知しました」
どうやら、僕の相手は彼女が務めてくれるらしい。戦いの経験もないのに、いきなり規格外の人物と戦わなければならないようだ。




