のじゃロリ、いざこざに巻き込まれる
「……奴は黒霧風雅。大山県北部にある和道市を中心とした地域を領地にしている、黒霧家の次期当主だ」
ため息をこぼしながら、そんな答えを返す天音。
次期当主。即ち、天音と同じような立場にある人間だということ。ならば、奴の言っていた、『黒霧家が更なる力を手に入れる』という話も理解が出来る。
仙継士の『遺伝』的なものがどういうものかは分からないが、こういうものは大抵、強き者と強き者を掛け合わせることで強き血を遺していくものだ。
奴は僕の内にある仙人の力を見抜き、妻として迎え子を成すことで、黒霧家の更なる繁栄を目論んでいた。
「次期当主? なら、奴の目的は何だったんだ? 意識が朦朧としてて、会話が聞き取れなかったんだが」
「ああ。それは私も気になっていた。何を話していた?」
林檎を齧りながら、二人が問いかけてくる。真面目な話をしているとは思えないほど、口の動きが活発だ。勿論、咀嚼の方で。
「……どうやら、わしを妻として迎え入れるつもりだったようじゃの。子を成せと言ってきた」
「はぁ!? 正気かっ!?」
「わしも同じことを聞いたのじゃがな……」
驚きに満ちた表情をする隆盛。奴は僕が男だということを知っているから、天音よりも感情の振れ幅が大きいのだろう。
……しかし、こうして話していると、新たな疑問点も出てくる。次期当主ともあろう者が、それだけの目的で、わざわざ他族の領地にまで踏み込んでくるだろうか?
一方、天音は林檎を持ったまま手を止め、何やら深刻な表情をしていた。
「今の話は本当か、水樹」
「む? ああ、概ねそのような話をしていた」
「何か問題があるのか、宵山さん」
隆盛が問うと、天音はこくりと首を縦に振った。
「ああ、順番がおかしい」
「順番?」
その意味がよく分からず、隆盛と二人、首を傾げる。
天音は『いいか?』と前置いて、解説を始めた。
「奴が水樹のことを知ったのは、恐らく『狐火事件』の後だ。それ以前に知ったのだとしたら、既に接触していたはずだからな」
奴と接触したのは水曜日。僕がこの姿で目覚めた……つまり、纏衣を解放したのが土曜日の朝。ここまでの間、およそ五日。事件以前の段階で仙力を捕捉していたのなら、もっと早い段階で接触していただろうというのが、天音の見解だ。
確かに、一理ある。
勿論、仙力の捕捉はしていたが、正確な居場所が分からないために接触してこなかった、という可能性もあるが……天音曰く、纏衣状態の僕は『膨大な量の仙力がダダ漏れになっていた』とのことで、その状況で居場所を把握出来ないのは不自然だ。
「だが……そもそも奴がこの町に来たのは、事件の『直前』だ。これが何を意味するか分かるか?」
そこまで説明されて、ようやく理解が追い付いた。
「……そもそもの目的は、わしではない?」
順番がおかしい。その通りだ。
もし奴の目的が僕であったとするならば、存在すら知らない僕のことを探しに町にやってきたことになる。
僕の答えに、天音は頷いた。
「ああ。奴は領地内で仙力を発し、わざわざこちらを挑発しているからな。その時点ではお前のことを知らなかったはずだ」
「水樹が狙いでこの町に来たけど、この町に来た段階では水樹のことを知らなかった、ってことか……」
隆盛も理解出来たようだ。時系列がおかしな話になってくる。
だとすれば、疑問が残る。
「ならば……奴の本来の目的はなんだったのじゃ?」
奴は何らかの目的があってこの町に来た。そして、狐火事件で発生した仙力を捕捉し、僕のことを見つけた。
そこで、奴は目的を切り替え、僕を手に入れようと動いた。こう考えるのが自然だ。
だとしたら、奴がこの町に来た当初の目的は何だったのか。
僕の問いに、天音は暫く沈黙したままだった。暗い表情をしている。何か、言いづらいことなのだろう。
やがて決心したように一度目を瞑ると、今度はゆっくりと開き、彼女はある言葉を口にした。
「……戦だ」
その言葉は僕らが予想していたようなものではなくて、瞬間、思わず、呆気に取られて言葉を失ってしまった。
「……今、なんと言った? 戦じゃと?」
先ほどの言葉を飲み込み、確認するように問いかけると、彼女は真剣な表情のまま答えた。
「前にも言っただろう? 他族の領地内で仙力を使うことは『宣戦布告』に値すると。あの言葉は、文字通り受け取ってもらって構わない」
「戦って……一般人にも被害が出るんじゃないのか?」
「安心しろ。戦といっても、お前たちが想像しているようなものではない。あくまで、仙継士の一族が己の領地を懸けて行うものだ」
彼女曰く、一般人に被害が及ぶようなものではなく、秘密裏に行われるものだそうだ。
彼女が以前言っていた、『敗者は勝者に従う』といった言葉も、この戦のことを指していたのかもしれない。僕と天音の戦いが正式な戦の場であれば、今頃、この領地は僕のものとなっていたのだろう。
「領地を懸けるってことは……負ければ、ここも黒霧の領地になるのか?」
「奴らがそれを望めばな。まあ、十中八九そうなるだろうが」
「なんともまあ、大層な話になってきたのぅ……」
仙継士の一族同士での争いだとか、領地を奪い合うだとか、少し前までは考えられなかったような話だ。随分と殺伐とした世界に足を踏み入れてしまったものだと思う。
そこまで話して、天音は再び言葉を止めた。そして何やらこちらに向き直ると、じっと、僕の目を見つめてくる。
「どうした、天音」
「……水樹。お前に、折り入って頼みがある」
改まった様子の天音の言葉に、僕は耳を傾けた。
 




