のじゃロリ、遭遇&接敵
予想はしていたことだが、事態は思っていたよりも深刻だった。
いや、むしろ軽微だったと捉えるべきか……良い意味でも悪い意味でも、『予想していなかった事態』が発生している。
「ねえねえ、水樹ちゃん。どこから来たの? この辺にはもう慣れた?」
午前の授業が終わって、昼休み。弁当を広げる僕の周囲には、何故か大勢のクラスメイトが群がっていた。
特に女子生徒率が高く、クラスの女子生徒のおよそ七割ほどが集まっている。残りの女子生徒も、興味津々といった目でこちらの様子を窺っていた。
何故なのか。確かにこの姿の僕は可愛い。鏡で見れば、自分でも見惚れてしまうほど、完璧な姿だ。
だが、他者にそこまで興味を持たれるほどのものかと問われると、その基準が僕には分からない。何せ、『佐藤樹』という人間は平凡な姿をしていたから。
「う、うむ……以前は西の方に住んでおったが……ここは良い町じゃの」
「でしょ! 都会ってほどでもないけど、それなりに便利だし……水樹ちゃん、見る目あるね……!」
大沢さん。友好関係の広い人であり、裏表のない笑顔で男子生徒からも人気のある生徒だ。
彼女の会話がひと段落したかと思いきや、今度はそんな彼女を押し退けて別の女子生徒がやってくる。
三島さん。主にクラスで行われるイベントごとの幹事を担当している生徒だ。
「水樹ちゃん水樹ちゃん。今日の放課後って予定とかある? 皆でご飯食べに行こうよっ!」
「今日は……予定は無いのじゃ……」
三島さんは『よしっ』とガッツポーズをとると、何やらスマートフォンに高速で文字を打ち込んでいるようだった。きっと今頃、参加者の名簿を確認しながら、どこかの店の予約でもしているのだろう。
三島さんが離脱すると、今度は野崎さんがやってきた。いつも小さなクマの人形を持ち歩く、自他共に認める『カワイイ物好き』だ。
彼女はうっとりとした目つきで、何やらこちらを見つめている。情熱的な視線が、ねっとりと全身に絡みついてくるようだった。
「のじゃ! カワイイっ! のじゃロリなんて実在してると思わなかったのっ……!!」
「じ、実在しておったのぅ……」
この中で一番危険度が高い、気がする。周囲にいる女子生徒の中では、最も『椿さん』に系統が近い。この人にだけは捕まってはいけない。
と、簡単に紹介するだけでもこの密度。この数、一体どう対処をしろと言うのだろうか。
……それに加え。
「……というか、視線が多い気がするのは気のせいかの……」
「気のせいじゃないねぇ。他のクラスの人も見てるし」
誰かがそう口にした。
そう。クラス内の生徒の対処だけでも骨が折れるというのに、教室と廊下を繋ぐ窓からは、他のクラスの生徒までもが上半身までのめり込み集まり出していた。
僕は……僕は一体、どうすればいいんだ……?
——その日の放課後。矢光市内の某焼肉店にて、三島さん発案の『水樹ちゃん歓迎会』が開かれた。
午後六時から午後八時までの二時間、たっぷりと食べて騒ぎ、いざ歓迎会がお開きになって帰ろうとすると、全員が解散した少し後で、隆盛からメッセージが届いていた。
内容は『少しだけ会って話せないか』というもので、僕は快く二つ返事をした。学校では話す暇さえなかったから、僕も話したいと思っていたところだ。
指定された場所に向かうと、隆盛は自動販売機の隣で、缶コーヒーを飲みながら電柱にもたれかかっていた。僕を見つけるとすぐに、挨拶代わりに小さく手を挙げる。
「悪いな、突然」
「よい。わしも会って話がしたいと思っていたところじゃ」
隆盛が差し出したカフェオレを受け取り、自動販売機の側面にもたれかかる。
先に話し始めたのは、隆盛だった。
「少し落ち着いたんだってな」
「状況が、か?」
「ああ」
質問を返すと、隆盛は肯定した。
隆盛には勿論、椿さんや母さんたちにも、まだ詳しいことを話してはいない。仙力や仙継士のことは、本来秘匿されるべき情報であるからだ。天音にここまで世話になっている以上、彼女らの存在を気軽に表に出す真似は避けたかった。
故に、メッセージでやり取りする際にも、その辺りの説明はぼやかして曖昧にした。
ただ一つ、前よりは状況が落ち着いたということだけは、隆盛もよく分かっているはずだ。
「そうじゃの……わしがこうなった原因はいまだ分からぬが、どうなってしまったかは知ることが出来たしの。落ち着いたと言えば落ち着いたか」
「その辺はまだ話せないんだろ?」
「うむ。この現象の調査がもう少し進めば話したいとは思っておるが、今はまだ、時期が早いのじゃ」
「そうか。まあいいさ。お前が不自由してないなら、それで」
ちらりと、隆盛の横顔を覗く。何も説明出来ていないことを怒っているのかもしれないと危惧していたが、そんな様子は見られない。杞憂に終わったようだ。
「なにか用があったのではないのか?」
そう問いかけると、隆盛は頭を掻きながら、愛想笑いを浮かべる。
「いや、特にこれといった用事があったわけじゃないんだけどよ……色々と変わり過ぎて、困ってることでもないかって思っただけさ」
「そうか……わざわざすまんな、隆盛」
隆盛なりに、僕のことを心配してくれているのだ。時間がある時にでも、食事くらい奢ってやらねば吊り合わないというものだ。
そうして、貰ったカフェオレを飲み干し、一息吐こうとしていた時だった。
……どこかで感じたことのあるような気配が、すぐそばに迫っていた。
そしてそれは、非常に微弱ではあるが、間違いなく『仙力』の気配だ。
気配の主を探ると、それは丁度、隆盛の向こうからこちらへ向かってきているようだった。暗くて顔は見えないが、背は高い。
「どうした、いつ……水樹」
「隆盛……何も言わずにこちらへ来い」
一般人である隆盛は、その気配を感じ取ることなど出来ない。困惑した表情を見せる隆盛を、一刻も早く奴から遠ざけようとした。
そんな僕を見て、只事ではないと察したのか、隆盛は急いでこちらへとやってきた。僕と並び、僕の視線を追って、その先にいる例の影を視認する。
「……男?」
それは男だった。背は高く、黒いパンツに黒のタートルネックを着込んでいて、半分ほど背景と同化している。
俗に言う糸目というやつだろう。瞳は見えないが、どうにも、瞼の奥に強烈な殺気のようなものを秘めているような気がした。
「……お主、何者じゃ」
一歩前に出て隆盛を守るように立ちはだかると、警戒しながらそう声をかけた。
男は存外驚いたように口を丸く開くと、わざとらしく拍手を送ってみせた。
「よく気付いたね。まだ力は使っていないのに」
「それだけ怪しい空気を纏っていれば、誰だって気付く」
微弱な仙力と、強烈な殺気。それから……品定めするかのような、ねっとりと絡みつく視線。奴が僕をどのような感情で見ているのか、それがはっきりと分かる。
「もう一度聞く。お主は何者じゃ?」
僕の知る人物の中に、この領地で仙力を扱える者、仙継士は三人しかいない。
一人は天音。そして、もう一人は、名前も知らないが、宵山家の現当主。
だが、宵山家の現当主は、天音の『母親』だ。男ではない。
そして、最後の一人が……侵入者。天音が言っていた、領地内で仙力を使用した不届き者だ。
咄嗟に、後ろ手に取り出したものを、背後にいた隆盛に手渡す。奴ならば、意図を汲み取ってくれるはずだ。
件の男は……顔を押さえて喉を鳴らすような笑い声を吐き出すと、何が面白いのか、口角を酷く吊り上げた不気味な表情をしてみせた。
「僕は……黒霧風雅。君に会いに来たんだ、篠宮水樹」
「……っ、不気味な男めっ……!」
この男が幼女好きの犯罪者でなければ、間違いない。僕を狙っているのは、僕が仙継士だからだろう。
天音には軽率に仙力を使うなと言われているが……この状況、さて、どうする。
 




