のじゃロリ、突撃⭐︎宵山家
「ぬぐぐ……」
翌朝、学校にも行けず家で一人のんびりと過ごしていた僕は、ある問題に悩まされていた。
「……暇なのじゃっ……!」
そう、暇なのである。
普段は学校に行っている時間。だが、天音から連絡が来るまでは自宅待機。ならばその時間をどうやって潰したものか。
ゲーム、漫画、アニメ……現代日本では時間を消費する娯楽など数え切れないほど存在しているが、いざ時間が出来るとそれらをするのでさえ億劫になり、暇を持て余すようになる。
特に、一人でただ黙々と黙って何かをするのは……どうにも、時間の進みが遅く感じてしまう。
かと言って、隆盛は授業を受けている真っ最中だし、他に連絡出来る人間など……。
「というわけでかけてみたのじゃ」
『お前は私を都合の良い遊び相手だとでも思っているのか……!?』
昨日に引き続き登場、宵山天音だ。この時間に電話に出られるということは、少なくとも高校生以下の学生ではないのだろう。
「暇なのじゃよ。今から遊びにいってもよいか?」
『そんな軽いノリで来ようとするな……! お前何なんだっ……!?』
「いやほら、仙力の使い方とやらも学びたいしの」
『仙力はそんな気軽に使うものじゃないからなっ!? 選ばれた一族の人間が、厳しい訓練を経て仙継士になって初めて使える崇高な力だからなっ!?』
「うわぁ、ツッコミの物量が凄まじいのじゃ……」
面白いくらい大袈裟なリアクションを返してくれる彼女は、やはり見ていて楽しい。
だが、からかいすぎて本気で怒られても面倒だ。冗談はこれくらいにしておいた方がいいだろう。
『全く……来るのは構わんが、私が許可を出すまで正体は明かすなよ? あくまでも、私の友人だという体で来い』
「うむ! やはり天音は優しいのっ!」
『クソッ、力の差がなければ泣かしていたのに……』
それから、天音に教えてもらった住所を頼りに、宵山家を探す。幸いにも、そう距離は離れていなかった。電車で二〇分、降車してから徒歩で一〇分程度の距離だ。
警察に見つからないように、警戒しながら家へ向かう。途中、駅員に声をかけられたが、『病気で入院している母親に会いにいく』と言って同情を誘い、何とか乗り切った。
そして……マップアプリ上では、伝えられた住所の位置に到着した。
目の前に広がるのは、古風なお屋敷。規模はかなり大きく、アプリで上空から眺めている限りでは、学校ほどの広さがある。
日本家屋ならではの大きな門と、家全体を取り囲う真っ白な塀。
表札には、確かに『宵山』という名が彫られていた。『一族』だの何だのと話をしていた時に予想はしていたが、想像以上に大きな家だ。
「これは……どこから入ればよいのじゃ……?」
『来ても構わない』という許可は降りているものの、法律上の問題で無断で立ち入ることは出来ない。
かと言って、インターホンのようなものを探してみるが、それも見当たらない。
どうしたものか……門の前で右往左往していると、大きな扉が開かれ、その奥から見覚えのある人物が現れた。
『見覚えのある人』と表現したのは、正確にはその人物の素顔を知らないからだ。例のラバースーツじみた姿ではなく、現代風にアレンジされた和服のようなものを着ていて、口元を隠していたマスクも付けていない。
歳は……僕よりは歳上だろう。見たままで言えば、椿さんと同年代のように見える。大学生くらいの年齢だ。
ただ、その背格好や目元の様子から、それが彼女であると確信した。
「来たな」
「おお……素顔で会うのは初めましてかの、天音」
挨拶をするとすぐに、天音はこちらへと近付いてきて、耳元に顔を当てる。
何をするのかと思えば、今度は僕にしか聞こえないような小さな声で、耳打ちをしてきた。
「……篠宮水樹。新たに用意したお前の名だ。外で名乗る時はこの名で名乗れ」
「……承知した」
昨日言っていた、学校に通う際の新たな身分というやつだろう。耳打ちで伝えてきたということは、もしかすると、他の人間に本名を知られること自体が良くないことなのかもしれない。
折角、時間を割いて天音が用意してくれたものだ。ここは、彼女の言う通りにしよう。
天音はそれだけを伝えると、離れ、振り返って先を行く。
「立ち話も何だし、客人なのだから、茶くらいは出そう」
「うむ。すまんの、天音」
「押しかけておいて謝るな。全く、迷惑な奴め……」
それから、天音の私室……あるいは執務室らしき場所に通され、黒衣のように顔を隠した人物三名がお茶菓子を持ってきた。
「あれは?」
「宵山の雑務担当だ。気にするな」
黒衣三名が去った後に聞くと、そんな返答が返ってきた。
天音の私室は、どこか『忍者屋敷』のような印象を受ける場所だ。障子で仕切られ、部屋の中には掛け軸や日本刀らしきものまで飾られている。
「……当主の住んでいそうな部屋じゃの」
「次期当主だからな。お前も、私の友人という扱いでなければ、家臣に首を刎ねられているぞ」
「なぬっ!?」
さりげなく告げる天音。その予想もしていなかった発言に、声が裏返ってしまった。
次期当主……そういえば、彼女は言っていた。仙継士となるのに必要な仙人の魂は、一族に代々受け継がれているものだと。
だとすれば、それを受け継いでいる天音は、一族の中でもかなり地位の高い人物だということが予想出来る。……そう、たとえば、次期当主だとか。
考えれば分かりそうなものだ。殴られただけで泣いていた印象が強く残りすぎていて、その発想に至らなかった。
「……ならば、わし、実質宵山一族を支配しているようなものでは……?」
「あれが正式な決闘だったらな」
「そうか。まあ、そんなものに興味はないがの」
一族の支配だとか、そういう面倒なものは避けて生きていきたい。今は自分のことで手一杯だ。
天音は応接用に配置されたソファに腰掛け、運ばれてきたお茶菓子に手をつける。煎餅をぼりぼりと齧ると、それをお茶で流し込んだ。
「で……お前、何の用で来たんだ?」
「暇を持て余していたのじゃ」
「だからって来るなよ……ここ、一応由緒正しい宵山一族の屋敷だぞ……」
「次期当主が一応とか言うでない」
露骨に嫌そうな顔をしながら、しかし追い返すこともしない天音。嫌々と言いながら実は面倒見の良い女性といった印象だ。
出されたものはいただこうと、個包装された少し高価そうな煎餅に手をつける。しっかりと醤油の味が効きつつも、米の風味を感じられるとても美味しい煎餅だ。
「それ、一枚三〇〇円もするからな。味わって食べろよ」
「なぬっ!? 一枚三〇〇円っ!?」
とんだ高級菓子だ。出された分は全て食べようと決意した瞬間である。
それから少しばかりの雑談を交え、話す内容も無くなってきた昼下がり、天音が突然こんなことを提案した。
「……そういえば、仙力の使い方を学びたいと言っていたな?」
「む? うむ。使う機会があるかは分からぬが、折角手に入れた力じゃ。使い方くらいは頭に入れておきたいのじゃよ」
そう返答すると、天音は執務机に向かい、何やら手元にあった資料を捲り始めた。
そして、資料の確認を終えると、再びこちらへやってきて、今度はソファに腰掛けることなく扉の方へと向かう。
「……ついてこい。この時間は鍛練場が空いてるから、それくらいなら教えてやろう」
「まことかっ!?」
「ああ。私の気が変わらないうちに早くしろ」
『がたっ』と音を立てて立ち上がり、部屋を出る天音の後を高揚しながら追いかける。何事も、頼んでみるものだ。




