のじゃロリ、第二の問題解決
気付いたらブックマーク50件超えてました。本当にありがとうございます。
「……というわけなのじゃ」
かくかくしかじか、事情を説明すると、二人は開いた口が塞がらないといった様子で画面を見つめていた。
『で……学校をどうするか、ってことね?』
「うむ。端的に言えばそうじゃ」
二人の中に、僕が偽物の佐藤樹だという懸念は既に存在しないのだろう。話が早く進んで、こちらとしてはありがたい話だ。
まず、口を開いたのは父さんだ。
『お金の心配はしなくてもいい。ただ……僕たちが力になれることはない』
「やはり、そうなるか……」
僕が心配していたのは、『学校に通えるかどうか』。その中には当然、学費という点もある。
しかし、それに関しては心配は無用だと言う。恵まれた両親のもとに生まれたことを感謝するべきだろう。
ただし……それ以外の問題については、二人ではどうにも出来ない。金銭面での心配が無用だというのは、この姿で学校に通うことが出来て初めて有効になるものだからだ。
俯く僕の姿を見て、続いて、母さんが口を開く。
『周りに、そういう状況に詳しい専門家の知り合いはいない? いえ、そんな都合良くいるはずがないとは思うけれど』
「そんな者……」
その言葉を即否定し、ふと考えを張り巡らせ……思い当たる人物が、一人だけいた。
勿論、宵山天音だ。彼女は仙継士だから、こういう状況にも対応出来る何かを有しているかもしれない。
「……いる。この体について詳しい者が」
丁度、連絡先も交換したところだ。何という幸運に恵まれたことか。
二人の表情が、少し明るくなる。頼れる者がいると聞いて安心したのだろう。
『なら、その人に助言を頼めないかしら。学費のことは心配しなくてもいいわ。こんなことしか言えないけれど……』
「いや、助かったのじゃ。それに、どちらにせよ、母様たちには報告せねばならなかったしの」
一人で問題を解決出来たとしても、いずれは話さなければならないことだった。それが今か、もっと先のことであるかの差でしかない。
二人が帰ってくるまで、あと四ヶ月。何となく、僕個人の直感ではあるけれど……その間に元の姿に戻ることは出来ないような気がした。
『僕たちはまだ戻れない。だから、何かあったらすぐに連絡してほしい。いいね、樹』
「うむ。ありがとう、父様」
……それから、旅行は順調なのかとか、調子はどうなのかとか、いくつか当たり障りのない会話をしてから電話を終える。
最終的に、『やっぱり今すぐにでも帰る』という話にもなりかけたが、折角の旅行を僕のことで台無しにはしたくない。今のところ学校に通えない以外の問題はないのだからと、何とか二人を落ち着かせた。
そして、今度は違う名前を連絡先から探し出す。先ほど登録をしたばかりの天音の名前だ。
「この短時間で連絡するのは気が引けるが……緊急事態じゃしの」
三回ほどコール音が流れ、電話を取る音がする。こちらが話すよりも前に、彼女の声が聞こえた。
『……随分と早かったな。まだ暫くはかかってこないだろうと思っていたが』
「うむ。わしもかけるつもりはなかったが、緊急事態でな。今、大丈夫か?」
『大丈夫か大丈夫でないかで言えば、こちらもばたついているが……何だ?』
ばたついている、という彼女の言葉通り、電話口からは慌ただしい物音が聞こえてくる。紙を捲るような音も聞こえることから、スピーカー状態にして話しているのだろう。
「少し、お主に助言を頼みたいことがあっての」
『助言? ああ……少し待て』
待てという言葉に続き、電話口からは天音と誰かの会話する声が聞こえてくる。何やら、『仙力の反応が消えた』だの、『周辺状況の確認』だの、その内容は物々しいものであった。
それから五分ほどして、疲れ切ったようなため息が聞こえる。状況はよく分からないが、何かの処理に追われているところだったのだろう。
『待たせたな。それで、なんだ?』
「えらく忙しないの。なにやら『反応がどうの』とか聞こえたが。またかけ直した方がよいか?」
『いや、構わん。領地内で突然確認された強力な仙力の調査に追われていてな……私が家を空けた瞬間にこれだ』
川で話した時にも言っていた。一族の領地内で他所者が仙力を使うと、宣戦布告扱いにもなるから心しておくようにと。それを実際に行った者がいたようだ。
しかも……先ほど聞こえた会話の内容から、恐らく、宵山一族の領地はこの近辺だ。聞こえてきた建造物や地理の状況から、そう遠くない場所に宵山家は位置しているのだろうと思われる。
「大変じゃのぉ。わしも近場に住んでおるから気を付けなくてはな。それで、相談なのじゃが……」
そんなことを言うと、電話口から何か大きな物音がした。
「どうかしたか、天音」
『……待て。今妙な言葉が聞こえたのだが?』
「なんじゃ?」
妙な言葉。そんなものを言った覚えはない。
恐る恐るといった声質で、こちらに質問をする天音の声が聞こえた。
『……お前、まさか大山県矢光市に住んでいるのか?』
「そうじゃが?」
やはりというか何というか、僕の居住地を言い当てられた辺り、宵山一族の領地がこの辺りにあることは間違いないようだ。
僕のなんてことのない返事を聞いた天音の口から、『クソでかため息』がこぼれる。これまで聞いたことがないほど長く、大きなため息だ。
『……雪』
『はっ』
彼女が何かの名前を呼ぶと、それに応じる誰かが声をあげた。彼女の配下か何かだろう。
『例の件だが、恐らく解決した。後で私が処理しておく。偵察班に撤収命令を出しておけ』
『承知』
呆れたような声で言った天音と、いまだに状況が理解出来ていない僕。再び、大きなため息が聞こえた。
「なんじゃ、いきなりどうした」
『お前だっ! 件の仙力、お前から出てたものだっ! そういえばタイミング的にも丁度そうだな、昨日の朝からって言ってたもんなっ!』
畳み掛けるように責め立てる天音。半分くらい何を言っているのか分からなかったが……つまり、その『観測された強力な仙力』とやらは、僕が発していたものだったということか?
……ああ、なるほどっ! そういえば、昨日の朝からずっと『纏衣状態』のままだったからな! ここが宵山一族の領地内だとすれば、そりゃあ大騒ぎになるかっ!
「……わし、またなにかやってしもうたか?」
『そんな最近のアニメに出てくるような言い方をするなっ! お前のせいでこっちは大混乱だったんだぞっっ!!』
とぼけたふりをしたが、無駄だった。ただの電話だから向こうの顔は見えないが、多分、顔を真っ赤にして怒っていることだろう。
『フーッ、フーッ』と、理性の効かない獣のような荒い息を立てたあと、深呼吸をする音が聞こえた。
『……まあいい。済んだことだし、領地に危険が及ばないなら問題はない。それで、相談っていうのは何だ?』
「それがな……」
この状況でも相談を聞いてくれる天音のメンタルに万歳を送りたいところだ。
ということで、事の経緯は除き、学校に通えなくなったことや、通う方法がないかどうかを相談すると、天音は想像していたよりも真剣に考え込んでくれた。
『なるほど、学校……お前が元男だという戯言は信じていないが、それが事実だとするなら、確かにお前一人では解決出来んか』
「なのじゃ。お主なら、なにか名案でも浮かぶかもしれんと思っての」
『因みに、通っているのは矢光市立第一高校だったな?』
「うむ」
答えると、再び配下に指示をする声が聞こえた。数分して配下らしき人物が戻ってくると、天音は満足げに笑ってみせた。
『……喜べ。不幸中の幸いというやつだ。そこは宵山の力の及ぶ者が管理している。お前が望むなら、佐藤樹という者は転校したことにして、新たに偽名を使ったお前を転入させることも可能だろう』
「それはまことかっ!?」
あまり期待はしていなかったが、それ故に、対処が可能だという彼女の言葉に驚きを隠せなかった。
『ああ。その見た目で一七歳だというとんでもない嘘を吐く羽目になるがな』
「構わぬ! 実際に中身は一七歳じゃからのっ!」
嘘はあまり得意な方ではないが、中身は事実一七歳だ。妙なことを口走らない限り、話についていけないだとか、そういった事例は発生しないだろう。
『分かった……それならこちらで手配しておく。準備が整うまで数日はかかるから、済めばまたこちらから連絡しよう』
「助かるのじゃ……やはり、持つべきものは友じゃの」
そんな僕の言葉に、天音は呆れたように笑う。
『お前のせいでこっちは後始末に追われるがな……で、用はそれだけか?』
「うむ。面倒をかけるの、にゃんこ娘」
『だから誰がにゃんこ娘かっ! 私も忙しいんだ、もう切るぞっ! もう絶対に無許可で仙力を使うんじゃないぞっっ!!』
最後の最後に怒声を浴びせ、こちらの返事を聞くより先に、天音は電話を切ってしまった。何ともまあ、弄りがいのあるキャラだ。
……さて。予想外にも問題は解決してしまった。あとは天音からの報告を待つだけだ。
とすれば、事態が解決したことを、各所に報告しておいた方がいいだろう。母さんと父さん、それから隆盛に椿さん。色々と心配をかけたから、早いうちにメッセージを送っておかなくてはならない。
よし。なら……天音から連絡が来るまで、何をしておこう。仙力は使うなと言われているし、この見た目で日中に出歩けば警察のお世話になるだろう。家で大人しくしておくしかない、か。
 




