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駄目押し

 結論から記すと、大麻の願いは天に認められた。郷奇達は全員が火傷・一酸化炭素中毒・骨折等によって長期入院することになったものの、死者は一人もでなかった。特に『普通の友達』を望んでいた大麻には幸運なことに、他二名は後に後遺症によって日常生活に支障をきたすようになったが、ターゲットの郷奇は重傷であったものの後遺症は起こさずに済んだ。




 学校側は今回の騒動を、言葉を選びながらも『生徒が立ち入り禁止の学校施設に無断で入り、危険行為を働いて起こった不幸な事故』という形で公表・謝罪した。

 最初こそ世間は学校の管理不行き届きや隠蔽の常套句のような弁解を騒ぎ立てた。だが警察の捜査結果が『老朽化した木造建築の中で火を起こしたことでの火災』と学校の弁解を裏付けるものだったこともあり、一月もする頃には表向きは静かになった。




 調査に当たった警察関係者達は、今回の事件が人為的に引き起こされたものだとは考えもしなかった。

 理由は様々だが、一番は火が被害者自身の手で内部から起こされたものだったことが挙げられる。外から火を付けられた放火であれば一目で判っただろうが、元々そこまで勤勉でも暇でもない警察だ。内部から郷奇達自身が火をつけた事実がある以上、そこに第三者の介入を考えたりはしなかった。




 学校は平穏を取り戻したものの、郷奇とその周辺はまだ混乱の中にいた。

 郷奇達は重傷者であったが、同時に不法侵入・放火・傷害・器物破損等の容疑者でもあるのだ。一応事故であることと未成年であること、他様々な要因もあって少年院・救護院等の施設に入ることは無く、保護観察処分だけで済んだ。

 しかしそれで万事解決とはいかない。

 まず医療費。三人の家庭はどこも特筆することのない中流階級。特別資産があった訳でもないから子供達の入院は青天の霹靂だった。

 医療保険は勿論加入していたが、保険契約とは結局ボランティアではなくビジネスだ。彼らの本音は『保険料を受け取りたいが保証は払いたくない』に尽きる。交通事故等でも、軽い被害であれば『保険会社よりも加害者の方に弁償させましょう』と遠回しに進めてくることがある。

 保証自体は規約通りに支払われたが、被害者達の自業自得による入院故に、保険会社の反応は露骨にならない程度ではあったが鈍かった。自業自得の負傷への風当たりも悪く、それぞれの家庭に深刻なダメージが入った。

 中でも最も痛手を被ったのは璃悔家だ。自らの意思で参加したとはいえ、郷奇の先導が一因であった為に、後遺症を抱えることになった子供の二家から非難を一身に浴びた。さらに郷奇の実家は地元で人気の飲食店だったのだが、息子が入院したことで『食中毒』の噂が立ち、経営は悪化。

 両親は郷奇の入院が外傷によるもので食中毒ではないと必死に風評回復に回った。だがこういった噂というのは9割(食中毒)が嘘でも1割(入院)が真実であれば大部分が事実と認識される。まして大麻がネット上で噂を蔓延させていることを合わせれば、真実が嘘に負けてしまう

 落下するリンゴの如き璃悔家だったが、それでも家族の絆は強かった。郷奇の両親は息子の件はあくまで不運による事故であると断じ、厳しく注意こそすれ、決して退院した郷奇を責め立てたりはしなかった。郷奇も自身の所業を強く悔やみながらも、そんな二人の支えを受けて少しずつ前を向こうと努めていた。

 ……しかし大麻からしてみれば、そんな家族の絆は障害以外の何物でもなかった。




「……よっし、編集は完了」


 録音機を片手にPCの前でガッツポーズを決める大麻。この録音機の音声は郷奇の心の支えを奪う一手となる。耳元で再生してその出来に満足すると、録音機と財布だけの身軽な恰好で外に出た。


(前は外に出るだけで苦痛だったのに、今じゃ外出が楽しくて仕方ないや)


 この心境の変化は大麻が計画実行初期から何度も実感したことだ。それだけ自分が変わったということに彼は強い充実感を覚えていた。

 大麻が向かったのは家から少し離れた公衆電話だ。公園に隣接するように設置され、駅等とは違い人気のない時間も多く、大っぴらにできない企みをするには中々好条件だった。


「ふぅ……すぅー……」


 電話ボックスの中で深呼吸を繰り返して気を落ち着ける。


(正直、璃悔家の絆の強さは予想外だった。まだ郷奇君を見放さないなんて)


 破綻寸前の璃悔家を繋ぎとめているのは両親から息子への愛情。そして愛情を繋ぎとめている一番の理由は『郷奇の件は不運な事故。郷奇は悪くない』という理屈だ。確かに明確な悪意あっての行いではない。

 百円玉を入れて電話をかける。


「『はい、もしもし。璃悔さんご自宅ですか?』」

『はい……璃悔です……。……どちら様でしょうか……?』


 編集した女性の音声への返答は、かなり憔悴した璃悔家父親の声。少し前までは店の切り盛りに邁進する充実した生活を送っていたのに、今は言葉の体を模した呻き声にしか聞こえない。


「『ワタクシの名前はタナカ、璃悔さんにはハートソウルの方が伝わるかしら?』」

『ハートソウル……? 悪戯電話なら切る……』


 言いかけて璃悔父は名前に覚えがあったことに気がついた。掲示板をちゃんと見ているかは大麻の不安要素であったが、上手く嵌ってくれたらしい。


『まさかあんた、掲示板にウチの店が食中毒がどうこうって書きまくった奴か⁉』

「『フフフ……』」


 否定も肯定もしない。だから深読みするのは璃悔父の勝手だ。


『なんの恨みがあってあんな出鱈目を書きまくった⁉ 他の飲食店か⁉』

「『スピーカーにしてくれたらなんでこんな目に合わせたのか教えてあげるわ』」


 これでスピーカーにしてくれれば璃悔母と郷奇にも聞こえて良し。だめでも璃悔父に聞かせれば最低限の目標は達成される。


「『じゃあお話するわ。お宅の息子さんの郷奇君のことよ』」

『息子が何の関係がある⁉』

「『ねえ郷奇君、聞こえてるかしら? ワタシの声に聞き覚えはない?』」

『やめろ! 息子を巻き込むな!』


 スピーカーになっているかは結局わからないが、聞こえている前提を押し通して話を進める。


「『覚えてない……としても無理はないわね。一度挨拶しただけだし――』」


 そもそもこの音声自体が作り物。郷奇が聞き覚え等ある訳がない。しかしこう言っておけば、郷奇が忘れた既知の存在という認識が与えられる。

 璃悔両親は『郷奇は悪くないから、責めるのは間違いだ』と自分達に言い聞かせて、辛うじて理性を保っている。ブレーキを破壊すれば後は大麻の願い通りになると、彼はほぼ確信していた。


「『――あなたがいじめて自殺に追い込んだ子供の母親の声なんて、覚えている筈もないわよね』」


 伝える事を伝えた大麻は受話器を下した。後はこの情報が璃悔家にどんな波紋を齎すのか。

 一応、郷奇の過去は可能な限り調べたが、いじめはともかく自殺は見つからなかった。そもそも学校関係者が自殺ともなれば必ず情報が周知される。冷静に調べれば、この電話が嘘を吹き込むだけの悪戯電話だとすぐに判る。

 冷静であれば。


「流石にもう『息子は悪くない』は無理だよね?」


 大麻は禍々しい満面の笑みを浮かべた。


 数日後、怒号と悲鳴を耳にした隣家の通報により璃悔夫妻は児童虐待——後に殺人未遂罪が追加——の罪で警察に逮捕され、郷奇は行政に保護された。

 学校はあくまで郷奇が学校に来ない理由を『一身上の都合による転校』とし、クラスメイトも特に疑念は覚えなかった。


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