暗躍
(やっぱり関係的にも名前的にも、親友にするなら郷奇君だよね。同じゴウだし)
箍を外した大麻は『友達』を作るためにがむしゃらに動いた。璃悔郷奇を『理想の友達』とするために彼のことを徹底的に調べ上げた。
学校帰りを尾行して通学路と住所を、放課後の動向に習い事、家族関係に交友関係、好きな食べ物や遊びetc……。
誰かに見つからないように気を付ければ、元々不登校で時間は充分にあった。
「お、おいおいおい! これ見ろ見ろっ!」
「何があったって……うぉっ?」
「うぇへ、花火じゃね。それも丸々一袋」
璃悔郷奇とその取り巻きの通学路はその日の気分によって若干変わる。他の生徒と同じように校門から学校に入るか、今のように学校全体を囲むフェンスの隙間から体育館裏へと侵入するかの二択だ。
なのでまずその裏道に郷奇が好みそうな品を置いて拾わせる作戦は成功した。
郷奇に拾わせたのは花火とライター一式だ。
(成功してよかった~。正直、あんな一袋にライターのセットって、あまりに不自然だから拾わないんじゃないかって不安だったけど)
少なくとも大麻は拾わないだろう。花火の一本二本位なら弾みであるかもしれないが、あんな完成品を丸々自分の物にする度胸は彼にはない。
尤も、ここで躓いても痛手ではあるが致命傷ではない。できれば拾って欲しかったというだけで、昨日までに郷奇の生活圏の大部分に対応した道具と計画を揃えている。
(よし次は倉庫だ)
次に大麻は取り壊しの予定があって立ち入り禁止となっている古い木造の倉庫へと向かった。
小学生男子は秘密基地という言葉に心躍る生き物であることが多い。郷奇達もこの廃倉庫を含め、自販機の裏、自宅の植え込みの陰等、各地の隙間を秘密基地にして遊んでいた。
彼らが大麻が拾わせた花火で火遊びをするとすれば、この倉庫であると可能性が高い。花火をするには親の許可を取るのが普通だが、彼らの花火は拾った――あるいは盗んだ――代物だ。保護者に話す可能性は低い。
そうすると人目を忍ぶ必要があり、彼らが保有する秘密基地の中で花火のできるサイズとなると、この廃倉庫が妥当となる。
この倉庫は奥の方にコンクリート拵の水場がある。流石に乱暴な郷奇でも古い木造建築の床に直接花火を浴びせることはしないだろう。
だから予め水場の中に家から持って来たサラダ油と図工室から盗んだ木屑を撒いておく。
これでこの近辺で花火をすれば、かなりの確率で発火し、古い木造倉庫も燃え上がるだろう。簡単に逃げられないよう、油の導火線を壁際から扉にまで伸ばして簡単に逃げられないようにする。
ここでの大麻の作業は終わり。後はこの倉庫に来ないで別の場所に行った場合に備えて、公園横の自販機の裏、学童施設と隣家の隙間等の、他の秘密基地や家の付近に隠してある道具の補充・設置を済ませる仕事がある。
そうして全ての作業を終えた大麻は眼の前の階段を見上げていた。
「ここって確か、神社だったよね?」
(祈ったらご利益あるかな?)
授業終了の鐘まではまだ時間があったため、大麻は石造りの階段をなんとなく昇って行った。
そして遂に授業終了の鐘が鳴った。後は教師やクラスメイトに見つからないように注意しつつ郷奇の動向を見守るだけだ。子供だけで花火をする悪巧みを計画しているとすれば彼らは周囲の目を気にするはず。決してばれないように遠巻きに見ている他にない。後は計画が上手くいくように祈るだけだ。
(よし! 郷奇君が倉庫に向かっている!)
ガッツポーズをしつつ物陰に隠れる。件の三人が倉庫の扉を潜るのを一日千秋の思いで見つめていた。
そして扉が閉められて、三人の姿は見えなくなった。窓も木版で覆われていて、中の様子を窺うことはできない。
(神さま、お願いします。どうか郷奇君達を殺さないで下さい……!)
自分のトラップが殺傷力を持つことは当然大麻自身も把握していた。だからここで郷奇が焼死や一酸化炭素中毒死でもすれば全てが台無しになる。
だからといって罠の威力を落とすこともできなかった。大麻の計画では郷奇にはそこそこの重傷を負ってくれた方が都合がいい。
あちらを立てればこちらが立たず。ジレンマに悩みながらも大麻は威力をそのままに作戦を実行した。
最後の最後は神頼みという欠陥を内包した計画。
ご都合主義は基本的にフィクションでしか起こらない。まして失敗してもカバーが効く序盤のミスならまだしも、計画の成否を左右する欠陥など、当事者の意図しない方向に転がるのが関の山だ。
だが……それでも大麻は欠陥をそのままにしてこの賭けに臨んだ。何も怠惰等というお粗末な理由ではない。大麻の心の半分を占めていたのは『不安』だった。
悪魔によって狂気の計画へ邁進しながらも、大麻には、
『これは許されることなのか?』
という疑念が常に付き纏っていた。
だから後少しの仕上げで万全となったかもしれない計画を敢えて不完全のままに進めた。
仮に計画が失敗すれば、それは大麻には狂気に見合った天運が無かったということ。すなわち常識的な方法では手に入らなかった『友達』が、狂気の手段を持ってしても手に入らないことの証明となる。
そうなれば大麻は生涯、両親以外からの愛情も信頼も受けられず、両親と死別した後は孤独のままに人生そのものを呪い続けることになる。
少なくとも今の大麻は心の底からそう信じていた。『生きてさえいればいいことがある』『未来を信じる』等の在り来たりな甘言は、箍の外れた大麻には響かない。
だから、ここで不完全な外道の計画が成功すれば、それは天が、神が、
『お前の願いを認める』
と言ったも同然ということになる。冷静な人間が聞けば呆れるか戦慄するような常軌を逸したロジックだが、少なくとも大麻には充分だった。
計画の成功を願いながら大麻はフェンスの抜け道へと走った。既に大麻にできるのは祈ることだけ。容疑を掛けられる可能性を考えれば一刻も早く距離を取る必要があった。
爆発音が鳴り響いたのは大麻が学校の敷地を抜け出て九分五二秒後のことだった。