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悪魔と正義漢

作者: 相浦アキラ

 遥か未来の話である。

 青く美しい地球は、未曾有の阿鼻叫喚に陥っていた。

 宇宙文明の侵略。独裁国家が引き起こすテロ戦争。古代遺跡からの地底人の侵攻。無人兵器の暴走。南極に眠る大怪獣の復活。……その他、数えきれないほどの災厄に同時多発的に地球は見舞われていたのだ。


 そんな最中、ベッドタウンの集合住宅に、類まれなる正義感を持つ一人の男がいた。

 男はその日も、死者数を示すテレビの数字に歯噛みし、独り言ちる。


「この世界に、正義はないのか。私の心には熱く燃え滾る正義の心が確かにあるというのに。嗚呼! 何故天は私をこんなに弱くした! 力さえあれば、私は、私の全てを捨ててでも悪を討ち果たし、正義を成し遂げるというのに!」


「今の言葉、二言は無いな」


 悪魔の声だった。

 男の頭中に、確かに悪魔の声が響き渡った。


「お前は悪魔か」


「そうだ」


 男は自身の発狂を疑う事なく、直線距離で腑に落ちた。

 悪魔の声は、まるでこの世の悪を三日三晩煮詰めた様な、心臓の毛がよだつような、人智を超えた悪魔存在を体現したかのような、そんな悍ましい唸り声だったからだ。


「悪魔でも何でもいい。私に力をくれ。頼む」


「無論。望み通り、お前に力をやろう。ただし……」


「それ以上は言うな」


「待て。お前が力と引き換えに支払う、酸鼻極まりない代償についての説明を受ける気はないのか?」


「必要ない。お前が僕の心の奥底に疼く、ちっぽけな利己心を呼び起こして悦に浸る気なら、無駄な事だから止めた方がいい」


「そうか、それもいいだろう。では、早速代償と引き換えに力を授けよう。手始めの代償は脾臓、力は金剛力とでもしておこうか」


 男は脇腹に広がりゆく鈍い激痛に転げまわりながらも、動脈に迸る黒い戦慄を感じ取った。

 そして脂汗の向こうに確かな笑みを浮かべた。




 それからの男は、重大な代償を惜しげもなく払いながら、超人的な力を駆使して悪と戦い続けた。

 スパコン超えに強化した頭脳を駆使し、宇宙人共の侵略艇の不規則軌道すら予測してみせ、多次元からの中性子放出により乗組員を殺傷。

 更に鹵獲した侵略艇を駆って反攻作戦を繰り返し、たまらず母星まで撤退した宇宙戦隊に対し、あらかじめ設置していたステルス爆弾を起動。母星もろとも宇宙人を絶滅させた。


 暴走する無人兵器に対しては、肺で生成したナノマシンを吹き飛ばし、悪逆独裁国家の基地まで誘導。自爆プログラムを強制起動させて、基地ごと吹き飛ばした。


 地底人は男に怯えるあまりマントルの奥深くまで逃げ去り、溶け切って自滅した。こと巨大怪獣に至っては秒で内蔵を抉られ、木星まで殴り飛ばされる有様であった。


 男は、厚さ1メートルはあろう玉虫色の唇を光らせ、赤黒い5つの瞳を淀ませ、52本の手足を弛ませ、刺すような全身の苦痛に喘ぎながらも、平和になりつつある世界をぼんやりと感じていた。


「醜いな」


 悪魔の嘲笑に、男も巨大な鼻を鳴らして見せる。


「何とでも言うがいい。これが俺の正義だ」


「何が正義だ。愚民共がお前の事を何と言っているか教えてやろうか?」


「私には関係ない事だ」


「そんなに気になるなら教えてやろう。地球を滅ぼす過去最悪の怪異にして諸悪の根源……黙示録の扉を開きに来た異界の大邪神。精々そんな所だよ。正義とやらの為に文字通り身を削って来たお前に対する、愚民どもの評価はね。主要各国が同盟を組んで、お前を殺す為に軍隊を組織しているのもとっくに知っている筈だろう?」


「ああ、分かるよ。人々の憎しみと恐怖が、今この瞬間も私に流れ込んでくる」


「やはり無駄だったという事だ。お前の為して来た事は」


「勘違いをするな。私は決して、他者評価の為に正義を為して来た訳ではない。私はただ、自らの信ずる正義を貫くだけだ。今までも、そしてこれからもな」


「……つまらない男だ」


「何とでも言うがいい。これが俺の正義だ」


 それから悪魔は、今までに増して大きな代償を男から奪っていった。

 常人なら首筋を掻き切ろうともがき、自死を切望せざるを得ない程の艱難辛苦が、男を常に苛み続けた。

 それでも、ずっと守って来た人類から憎悪と軽蔑とミサイルの雨を受けながらも、男はそれでも何一つ変わらず正義を貫き通した。


「つまらない男だ」


「…………」


「本当につまらない男だ、お前は」


「…………」


「そんなつまらないお前に、一ついい事を教えてやろう」


「…………」


「お前の腐りかけの内臓も、脈打つ苦痛も、醜いその姿も、お前が支払った代償とは無関係なのだ。そんなものは、大嫌いなお前への、俺からのちょっとした嫌がらせに過ぎなかったのだ」


「…………」


「本当の代償は、力の暴走だ」


「…………止めろ」


「無駄だ。最早俺にも止める事は出来ない。残念だったな。後で感想を聞かせてくれよ。お前がそんな姿になってまで守って来た世界を、徹底的に破壊し尽くしてやった時の気分をな」


「…………」




 そして、男の力は暴走し、青い閃光が万象を貫いた。

 宇宙から物質と呼べる概念は概ね消失したのだった。

 そんな黒色の静寂の中……やがて、最後に残った男の肉体の残滓もまた、終わりを迎えようとしていた。


「どうだ。教えてくれ、今の気分を」


「私は、正義を為した」


「お前は……」


「私の目的は、ただ自らの信じる正義を為す事……」


「世界を破壊しておいて、何が正義だ!」


「他者評価も、因果も、私には興味がない……ただ私は、正義を為した。それだけが全てだ。何一つ後悔は無い」


「心底つまらん……見下げ果てた偽善者だよ、お前は」


「……何とでも言うがいい」


「どうやらお前は最初から、人間では無かったようだな」


「少なくとも今は、人間では無い」


「…………」


「さて、悪魔よ、どうやら私もここまでのようだ……」


「そうか。それは結構な事だ。清々するね」


「悪魔よ……私の命が燃え尽きるその前に、見るがいい。私の最後の正義を……」


 男の千五十八本の手足が、悪魔へと次元伸長していく。

 ――刹那。


「……舐めるな」


 内蔵を全て奪い取り、悪魔は男に止めを刺した。


 崩れ行く男の肉体を見送りながら、悪魔は男の殺意の意図に気付きつつあった。

 男は、無間の間で永遠に生きながらえる悪魔を慮って、その魂を救わんと決死の攻撃を敢行したのだった。

 そんな、吐き気がする程生暖かい殺意の色に、悪魔は顔を歪めた。


「つまらん。心底つまらん奴だったよ、お前は」


 そして悪魔は、やがて巡り来る永遠へと小さな嘆息を零し、ゆっくりと瞳を閉じたのだった。


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