後編
アイシス
「パワーレベリング……」
テレポ
「ああ」
アイシス
「って何ですか?」
アイシスは首をかしげた。
テレポ
「知らんの?」
アイシス
「はい」
テレポ
「オッサンじゃない」
アイシス
「世代の問題では無いと思いますが」
テレポ
「だよな?」
アイシス
「とは」
テレポ
「うん?」
アイシス
「パワーレベリング」
テレポ
「ええと……ステータスを見せてくれるか?」
アイシス
「それはプライバシーのやつです」
アイシスは僅かに眉根を下げた。
テレポ
「うん?」
アイシス
「プライバシーのやつは大事にしろと子供達が」
テレポ
「最近のガキはしっかりしてんな」
テレポ
「良いから見せろよ。話が進まん」
アイシス
「悪用しないと誓えますか?」
テレポ
「何に?」
アイシス
「……神様?」
テレポ
「宗教は嫌いだ。誓うのは悪魔で良いか?」
アイシス
「仕方ないですね。良いでしょう」
テレポ
「良いのかよ」
テレポ
「それじゃ、とっとと」
アイシス
「は、はい……」
アイシスは左手首に有る腕輪を操作した。
冒険者なら誰でも持っている。
多目的情報端末だった。
アイシス
「ど……どうぞ……」
アイシスは数値化された自身の能力を宙に浮かび上がらせた。
何故か恥ずかしそうにうつむいている。
テレポ
「何照れてんだ? 俺がいかがわしいことさせてるみたいだろ?」
アイシス
「だって、恥ずかしいじゃないですか」
テレポ
「何が?」
アイシス
「感覚としては0点のテストを見せる時のそれに限りなく近いです」
テレポ
「孤児なのにテストとか有るの?」
アイシス
「孤児でも学校くらい通えますよ。義務教育というやつです」
アイシス
「……中学までですけど」
テレポ
「0点取ったことあんの?」
アイシス
「いえ? テストの順位は上の方でした」
テレポ
「お前がわかんねえ」
アイシス
「それで……ステータスが何なのでしょうか?」
テレポ
「待て。お前表示を間違えてるぞ」
アイシス
「えっ?」
テレポ
「ステータスじゃなくて3サイズが出てる」
アイシス
「ええっ!?」
アイシスは慌てて宙に浮かび上がった数値を見た。
テレポ
「嘘だが」
表示されていたのは正しくアイシスのステータスだった。
アイシス
「えいっ」
殴った。
テレポ
「殴るな」
アイシス
「えいっ」
テレポ
「蹴るな」
アイシス
「結局……何なんですか」
アイシスはテレポを睨んで言った。
テレポ
「レベルの所を見てみろ」
アイシス
「レベル……? あっ!」
アイシス
「2に上がってます。どうして……?」
テレポ
「俺がモンスターを殺したからだ」
テレポ
「モンスターが死ぬと魔素が放出される」
テレポ
「冒険者はその魔素を吸収してレベルを上げていくんだ」
テレポ
「魔素は死んだモンスターの近くに居れば誰でも吸収することが出来る」
テレポ
「たとえ、まったく戦闘に参加していなくてもな」
アイシス
「なんだか……不平等ですね」
テレポ
「…………そうだな」
テレポ
「魔素を巡って喧嘩が起きたり、仲間が追放されたりなんてこともある」
テレポ
「特に、戦闘職じゃない特殊技能持ちには風当たりが強い」
一瞬、テレポの眉間に深い皺が刻まれた。
アイシスは気付かなかった。
アイシス
「ええと……」
アイシス
「私は強くなったんでしょうか? レベル2になったので」
テレポ
「試してみるか?」
アイシス
「はい!」
アイシスは意気揚々と探索を開始した。
……。
アイシス
「ひいいいいいいいいぃぃぃっ!」
アイシスは悲鳴を上げながらテレポの所に戻ってきた。
その後ろには一体の大ねずみの姿があった。
テレポ
「よっと」
テレポはアイシスの代わりにねずみを仕留めた。
アイシス
「はぁ……はぁ……」
アイシスは膝に手を当てながら息を荒げていた。
テレポ
「お疲れちゃん」
アイシス
「全く……強くなった気が……しないです」
テレポ
「そりゃ、レベル1上がったくらいじゃな」
アイシス
「えっ?」
テレポ
「それじゃ、パワーレベリングに行くぞ」
アイシス
「……今のは何だったんですか?」
テレポ
「面白そうだったから」
アイシス
「…………」
テレポ
「いてっ」
アイシスはテレポを棍棒で突いた。
テレポ
「棍棒で突くな」
次は爪でひっかこうか。
アイシスはそう考えた。
……。
テレポ
「それじゃ、俺にオブサレイ」
テレポはアイシスに背中を見せた。
アイシス
「はい?」
テレポ
「早くおぶさっテ!」
アイシス
「なんで若干キレ気味なんですか」
テレポ
「はよ」
アイシス
「はい」
若干ためらいつつ、アイシスはテレポの背に体を寄せた。
テレポ
「…………」
テレポ
(乳でけーなコイツ)
アイシス
「あの?」
テレポ
「紳士」
アイシス
「意味不明です」
テレポ
「それじゃあ出発するぞ。いちおー覚悟はしといてくれ」
アイシス
「覚悟?」
テレポ
「行くぞ。3、2、1、9、8」
アイシス
「何のフェイントですか!?」
テレポ
「悪い。俺は人をおちょくるのが好きなんだ」
アイシス
「知ってますけど」
テレポ
「そう? 7、6、5、4、GO!」
アイシス
「えっ」
予期せぬタイミングでテレポは跳んだ。
固有スキル、瞬間移動。
アイシスにとっては初めての体験。
何かがブレたと思った次の瞬間、眼前に別世界が広がった。
熱い。
テレポは岩盤の上に立っていた。
周囲を溶岩に囲まれている。
地下56階。
炎竜の地層。
深層だった。
レベル2の冒険者が踏み入れて良い場所では無い。
アイシスの視界に強大な魔物が映った。
体長5メートルを超える巨大なアルマジロだった。
アイシス
「ええええええええぇぇっ!?」
想像を絶する事態に悲鳴が上がった。
自分の脚で立っていたら腰を抜かしていただろう。
テレポ
「大丈夫だから」
アイシスを背負うテレポが平然と言った。
アイシス
「大丈夫って……」
とても信じられない。
だが、嘘にしては彼は落ち着きすぎていた。
アイシス
「き、気付いてますよ」
アルマジロの視線はテレポ達に向けられている。
獲物として認識されていた。
テレポ
「そうだな。行くぞ」
そう言ってテレポは跳躍した。
アイシスを背負ったまま。
アルマジロの上へ。
頭上に立ったテレポはアルマジロに手を伸ばした。
テレポ
「跳べ」
次の瞬間、アルマジロの姿が消えた。
足場を失ったテレポは地上へと落下する。
アイシス
「どこに……!?」
アイシスは視線を巡らせた。
アイシス
「あっ……」
溶岩の上にアルマジロが見えた。
身動きが取れないらしく、ずぶずぶと沈んでいく。
親指を立てて溶鉱炉に沈んでいく。
溶鉱炉など無いが。
やがて魔物の姿は完全に見えなくなった。
アイシスは体内に何かが流れ込んでくるのを感じた。
魔素だ。
レベル2になった時は気付けなかった。
今は知識が有る。
そうと分かった。
テレポ
「あいつ、溶岩耐性が無いんだ。溶岩エリアの大物のくせに」
テレポ
「だから簡単に倒せるってワケ。俺専用だけどな」
テレポ
「魔石が手に入らないから、普通に倒せるならその方が良いんだけどな」
テレポは自然体だった。
大物狩りをした直後とは思えない。
どれほどの修羅場を経験しているのか。
新米のアイシスには計り知れないことだった。
アイシス
「あなたは……」
テレポ
「ここを出よう。むさくるしい」
何かを尋ねようとしたアイシスの言葉をテレポが絶った。
アイシス
「そうですね。汗で……ちょっと服がはりつく感じがします」
テレポ
「……もうちょっとここに居るか」
アイシス
「何故?」
……。
テレポ達は迷宮の一階に戻った。
最初にアイシスが居た場所だった。
テレポ
「降りろ。別に降りなくても良いけど」
アイシスの汗ばんだ胸がテレポの背に当たっていた。
アイシス
「どっちですか。降りますけど」
テレポ
「ああ」
アイシスはテレポの背から降りた。
テレポ
「……それじゃ、ステータスを見せてくれ」
アイシス
「はい」
アイシスは腕輪を操作してステータスを表示させた。
アイシス
「あっ……!」
アイシスは思わず声を漏らした。
アイシス
「凄い……! レベル31!?」
それは最早、一流の冒険者と言っても良いレベルだった。
テレポ
「深層のモンスターだったからな」
テレポ
「一匹でもそれくらいの経験値は得られるってわけだ」
アイシス
「これなら……」
テレポ
「ああ。一階のモンスターくらいなら楽勝のはずだぞ」
暗いはずだった未来が明るく開けた。
アイシスにはそう思えた。
彼女は深い感謝の念をテレポへと向けた。
アイシス
「その、一緒に来てもらえませんか? 成長した姿をお見せしたいです」
テレポ
「そうだな。どうせヒマだし」
アイシス
「お暇なんですか?」
テレポ
「超いそがしいから帰るわ」
アイシス
「嘘つかないで下さい」
アイシスはテレポの腕を引いた。
……。
五分後……。
アイシス
「ひいいいいいいいぃぃぃっ!」
なんということでしょう。
そこには大ねずみから全力で逃げ去るアイシスの姿が有った。
レベル31の脚力だ。
とっくにねずみは撒いているのだが、それにすら気付いていない。
テレポ
「なんで逃げるんだよ!? レベルは十分だろ!?」
アイシスの後を追いながらテレポが怒鳴った。
アイシス
「怖いです!」
テレポ
「アホかああああああああぁぁぁっ!」
テレポの怒声が迷宮に木霊した。
やがてアイシスは迷宮を踏破する伝説の冒険者になる。
だが、今の二人には知る由も無い話だった。
end.
面白かった方は星5
作者に殺意を抱いた方は星1をお願いします。