前編
第五迷宮-フィフスラビュリントス-深層。
地下59階、氷河の地層。
少女が倒れていた。
年は17。
髪は金で、純白のローブをまとっている。
腰には長剣。
ローブの脇腹の部分に血がにじんでいた。
辺りには吹雪が吹き荒れている。
だが、雪が少女に降り積もることは無い。
少女の周囲を半透明の障壁が守っていた。
彼女……魔剣士ノールはぼんやりと吹雪を眺めていた。
自らの死を予感しながら。
……その時だった。
テレポ
「来たぞ」
男の声がした。
ノール
「え……?」
幻聴かと思った。
吹雪であまりにもうるさいから。
聞き間違えたのかと思った。
だが……。
テレポ
「どうした? 幽霊でも見たような顔をして」
男は歴然と立っていた。
身長は182センチ。
すらりとした体型をしていた。
意志の強そうな鋭い目つき。
黒い商人風の装い。
迷宮の深層には不釣合いな格好だった。
男の体に少しずつ雪が積もっていく。
テレポ
「寒っ」
男は大げさに震えてみせた。
ノール
「来ないと……思ってた……」
テレポ
「来るに決まってるだろう。料金は貰ってるんだからな」
ノール
「石……二つ目なの」
ノール
「これ……安いやつだから……」
石とは迷宮救命士派遣会社が販売する救護石。
レスキューストーンのことだ。
石には二つの効果が有る。
一つは結界を張ること。
もう一つは派遣会社への救難信号だった。
高級であれば結界に癒しの効果が付与された物も有る。
石の価格はそれを販売する会社によって異なる。
価格には救助代が織り込まれていた。
信号を受けて会社の救命士が助けに来る。
だが、冒険者の救助は命がけだ。
下層までなら良い。
危険な深層からの救難信号はしばしば黙殺された。
深層に救助は来ない。
誰が決めたわけでも無い。
半ば暗黙の了解のようになっていた。
ノールは石が二つ目と言った。
つまり、一つ目の石を売った会社は助けに来なかったということ。
石の効果が切れるまで待ち続けたということ。
彼女は金を払った相手に見捨てられた。
だが、男は来た。
単身で、深層まで。
テレポ
「安くて悪かったな」
テレポ
「他所の悪徳企業と違ってウチは顧客を見捨てたりはしない」
ノール
「けど……ここ深層だから……」
ノール
「一人で……来たの……?」
テレポ
「ああ」
テレポ
「俺はスキルで瞬間移動が出来るんだ」
ノール
「凄いね……」
テレポ
「別に」
テレポ
「一流の冒険者にはなれなかった。仲間に見捨てられてな」
テレポ
「だから救助屋なんてやってる」
ノール
「私も……見捨てられちゃった……」
ノールは自分を見捨てた仲間の顔を思い浮かべた。
恨みは無い。
ただ悲しかった。
ノール
「おそろい……だね……」
テレポ
「嫌な揃いだな」
ノール
「ふふっ」
テレポ
「結界を解け。地上に帰るぞ」
ノール
「うん……」
ノールは救護石の結界を解除した。
彼女の体が吹雪に晒される。
風と雪から守るように男はノールを抱え上げた。
ノール
「私はノール……救命士さん……名前は……?」
テレポ
「俺はテレポ」
テレポ
「特級救命士だ」
……。
ノール
「社長、救難信号ッス!」
零細企業テレポカンパニーの借り社屋。
魔導板に向き合っていたノールが大声で言った。
迷宮でテレポと出会った時より髪が短くなっていた。
テレポ
「詳細は?」
気合の入ったノールに対し、テレポは淡々と返した。
場慣れしている。
余計な力みは無かった。
ノール
「アッハイ。ええと……要救助者一名。階層は……」
ノール
「一階……ッスね」
テレポ
「確かか?」
ノール
「はい。悪戯……ですかね?」
一階のモンスターは弱い。
そんな弱いモンスターを相手に救助が必要なのか。
一種の麒麟児だったノールには想像がつかなった。
テレポ
「……いや。ただの初心者だろう」
テレポ
「良くあるんだ。こういうことは」
ノール
「そうなんスか?」
テレポ
「ああ。それに、悪戯なら悪戯で良いさ」
テレポ
「救難要請が来た」
テレポ
「つまり、前金は貰ってるってことだ」
ノール
「それは……そうっスね」
テレポ
「それじゃ、行ってくる。座標をこっちに送れ」
ノール
「社長お一人で?」
テレポ
「この程度の仕事に外注は出せないだろ。ルビーも休暇中だし」
テレポ
「それともお前が行くか?」
ノール
「い、いえ。迷宮-ラビュリントス-は……もう……」
テレポ
「モタモタするな。座標を寄越せ」
職場慣れしないノールをテレポが咎めた。
ノール
「はい。ええと……」
ノールは魔導板を操作した。
必要な情報をテレポの腕輪へと送る。
テレポ
「良し。もっと早く出来るように練習しておけ」
ノール
「……ごめんなさいッス」
テレポ
「行ってくる。救難信号が来たら連絡しろ」
ノール
「はいッス」
テレポ
「それと、喋り方どうにかならんのかお前」
ノール
「えっ?」
……。
アイシス
「うぅ……」
迷宮一階。
レンガを敷き並べたような外観の通路。
年若い少女……アイシスがうずくまっていた。
背を通路の壁に向けている。
髪は銀髪。瞳は緑。
穏やかそうな容姿だが、今は恐怖で歪んでいた。
迷宮には似つかわしくない淡い色の普段着。
下は動きやすいズボンでは無くロングスカートだった。
彼女の右隣には安物の棍棒が転がっていた。
綺麗なもので一度も使われた痕跡が無い。
少女の周囲は障壁によって守られている。
救護石によるものだ。
涙ぐむ少女の周囲をモンスターがとりまいていた。
体長1メートルを超える大ねずみだった。
アイシス
「やっぱり……皆の言った通りだったんだ……」
アイシス
「私なんかに冒険者は……」
アイシス
「ひっ……!」
ねずみが障壁をひっかいた。
障壁は頑丈だ。
深層のモンスターであっても破るのは難しい。
だが、初心者であるアイシスには分からない。
恐怖でしか無かった。
アイシス
「誰か……誰か助けて……」
涙ぐみながら助けを求める。
その時。
テレポ
「来たぞ」
アイシスの前方から声がした。
視線をやると男の姿が有った。
アイシス
「えっ……?」
アイシスは驚いた。
足音などは一切聞こえなかったからだ。
恐怖で感覚が鈍っていたのだろうか。
そう考えた。
テレポはアイシスを取り囲むモンスターを見た。
テレポ
「大ねずみが三体。典型的なマダ初(まるでダメな初心者)だな。……っと」
テレポは左腰に手を伸ばした。
そこには短剣のホルダーが有った。
何か煌いた。
アイシスがそう思った次の瞬間、モンスターは絶命していた。
モンスターの肉体は朽ち、後には魔石だけが残った。
アイシス
(凄い……。モンスターが一瞬で……)
アイシス
(武術の達人だから足音もしなかったのかな?)
ぼんやりとそう考えた。
テレポ
「結界を解け。帰るぞ」
アイシス
「……はい」
……。
アイシスは結界を解き立ち上がった。
テレポと向かい合う。
テレポ
「俺はテレポ。特級救命士だ」
アイシス
「その、アイシスです。ヒーラーです。一応」
アイシス
「本当に来てくれたんですね」
テレポ
「どういう意味だ?」
アイシス
「石が安かったので、詐欺かもしれないと」
テレポ
「置いてくぞコラ」
アイシス
「ご、ごめんなさい」
テレポ
「持ってた救護石-レスキューストーン-は一つだけか?」
アイシス
「…………はい」
テレポ
「お前は全ての石を使い切った」
テレポ
「石の無い者は迷宮に入ることは出来ない」
テレポ
「法律でそう定められている」
アイシス
「…………はい」
テレポ
「分かってるなら良いがな」
アイシス
「…………」
テレポ
「楽に稼げると思ったか?」
アイシス
「それは……!」
嘲られたような気になりアイシスの表情が歪んだ。
アイシス
「ダメかもって……思ってました」
アイシス
「けど、他に思いつかなくて……」
テレポ
「何か欲しい物でも有ったか? タマゴッツとか」
タマゴッツとは二十年ほど前にヤングな女学生に流行ったナウいおもちゃだ。
アイシス
「タマゴッツって何ですか?」
テレポ
「えっ?」
アイシス
「えっ?」
テレポ
「…………俺はおじさんじゃない」
テレポは全身から哀愁を立ち上らせた。
アイシス
「誰もそうとは言ってませんけど」
テレポ
「タマゴッツじゃ無かったら何が欲しいんだよ最近のクソガキは」
アイシス
「自らおじさんサイドに立ちましたね?」
テレポ
「言えよコラ」
アイシス
「私、孤児院の育ちなんです。けど、経営が苦しいらしくて……」
アイシス
「ですが……お金を融通して下さるという方が現れて……」
テレポ
「で?」
アイシス
「代償として……その……」
テレポ
「お前を買いたいと」
アイシス
「…………」
テレポ
「一晩のやつ? 愛の奴隷コース?」
アイシス
「っ!」
アイシスはテレポの頬を張った。
アイシスの顔が耳まで赤く染まっていた。
テレポ
「いって……」
アイシス
「ごめんなさい。せっかく助けていただいたのに」
テレポ
「多感な少女の領域に踏み込んで悪かったよ」
アイシス
「やっぱり自分のことおじさんだと思ってません?」
テレポ
「一向に思ってませんが?」
アイシス
「……はぁ」
テレポ
「人生舐めたお嬢様かと思ってたが、色々大変なんだな」
アイシス
「多少は」
テレポ
「助けてやろうか?」
アイシス
「え……?」
テレポ
「要るのか。要らんのか」
アイシス
「何が目的ですか?」
テレポ
「手助けした分のリターンは貰う」
テレポ
「稼いでもらうさ。このダンジョンでな」
アイシス
「…………?」
アイシス
「私には……そんな能力は……」
テレポ
「見せてやるよ」
テレポ
「迷宮救命士派遣会社」
テレポ
「営業成績(下から)一位の有限会社テレポカンパニー」
テレポ
「そのアフターサービスってやつを」
アイシス
「アフター……?」
テレポ
「『パワーレベリング』だ」
テレポはニヤソと笑った。
アイシスは少し不安になった。
後半へ続く。