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昔から千波の直感は優れていた。
理由や論理ではない。彼女は本質を見抜く力がある。論理的に物事を考えるタイプの芽衣子にとって、千波は妹ではあったが少し苦手な存在だった。
その千波が今、ハッキリと靖子のことを『妖かし』と言った。それは芽衣子にとって、少なからずショックなことだった。
芽衣子はゴクリと唾を飲み込んでから――
「どうしてそんなことが言えるの?」
「どうして? 不思議なこと言わないでよ。どうしてもこうしてもない。私はあの人の気を感じたしあの人をこの目で見た。あれは妖かしでしょ」
「それだけ? それだけで彼女を妖かしだと言うの?」
「私、お姉みたいに頭良くないから。でも、間違ってない。お姉もわかってるんじゃないの?」
その通りだった。芽衣子自身、靖子が妖かしを取り込んでいることを疑っていた。いや、確信していた。だが、それを信じたくなかった。
「もし、彼女が妖かしだとしてだから何だと言うの?」
「お姉、なんかおかしいね。蓮華の家の使命を忘れたわけじゃないでしょ。人に害をなす妖かしを浄化する。それが私達の仕事でしょ」
「彼女を浄化するというの? 彼女がいったい何をしたというの?」
千波はジッと芽衣子を見つめ――
「お姉、変わったね」
「私が?」
「昔はそんなふうに迷ったりしなかった。3年前、私が友達になった妖かし、お姉は迷うことなく浄化した」
「恨んでいるの?」
「恨んでなんてないよ。あの時の小次郎はまだ何もしていなかった。小次郎の中には人の魂を喰らう妖かしとしての本能があった。だから、浄化されても仕方ないと思うし、浄化というのは決してただ殺すのとは違うってこともわかってる」
「だったら――」
「だから恨んでなんていないって言ってる。ただ、あの時のお姉なら、あの新妻さんという人に対しても迷わず浄化するんじゃないの?」
確かにそのとおりかもしれない、と芽衣子は思った。
少し考えた後――
「3年前のこと、私は間違ったと思っていない。でも、今はあれだけが本当に正しい答えだったのかどうかは正直言って迷ってる。もっと違う答えがあったのかもしれない。急いで答えを出してはいけなかったのかもしれないって。だから、今回はちゃんと考えたい」
芽衣子の言葉に千波は黙って聞いていたが、その言葉が終わるとすぐに――
「うん、わかった。お姉がそう言うなら、お姉の判断に任せる」
千波はキッパリと言い切った。
「いいの?」
「良いもなにもお姉がそう決めたんだから、それで良いよ」
「私がこの家を継ぐ立場だから?」
「そんなの関係ないよ。私にとってお姉は昔からそういう存在ってだけ」
「そんなに信頼していいの?」
「何迷ってるの? でも、そういう迷いがあるから変われたのかもしれないね。今のお姉、私は良いと思ってるよ」
まっすぐな千波の視線に芽衣子は戸惑っていた。思ったことをすぐに口にする千波ではあったが、これほどまでに妖かしについてハッキリと話をしたことはなかった。
「……千波は私を誤解してる。私はそんなに強くないわ」
「そうかな。昔のお姉は強かった。迷うことなく強かった。でも、狭かった。これまでのお姉なら、私は戦っても勝てると思ってきた。でも、今のお姉はとても大きくなったように感じるよ。戦うことは考えたくないって感じ」
時々、千波の人間の大きさを強く感じることがある。
「わかったようなことを。生意気ね」