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太陽が照りつけていた。
朝からすでに今日が真夏日になることを感じさせる。夏休みが終わって2週間がすぎるというのに、まだまだ暑さは続いている。
蓮華芽衣子は眼鏡を外すと、そのまま雲ひとつない青空を見上げた。
「何を黄昏れていたの?」
ふいに背後から声をかけられ、芽衣子は少し驚いて振り返った。
声の主は音無雅緋だった。彼女は芽衣子と同じ高校の一年生だ。去年は芽衣子と同じクラスメイトだったが、体調を悪くしてほとんど一年間出席しなかったために留年したため芽衣子にとっては後輩といえる。
今年になって彼女は登校するようになり、最近では少しだが芽衣子とも言葉を交わすようになった。とはいえ、芽衣子にとって雅緋はあまり好きにはなれない苦手な存在だった。
「何のこと? 空を見ていただけよ」
そう言いながら、再び眼鏡をかける。
「さっき、あの角の家の庭を見つめていたでしょ」
「黄昏れていたわけじゃないわ。花が咲いていたのよ」
「あの家に花が咲いているのは珍しいことじゃないでしょ。確か『植物園』とか呼ばれていなかったっけ?」
「あなたもそういうことに興味を持つのね」
「興味なんてないわ。耳にしたことを言ったまでよ。それに花は綺麗よ。そのくらいの感情、私にもあるわ」
雅緋らしい物の言い方だと蓮華は思う。芽衣子にとって雅緋は苦手な存在だ。彼女は自分の言葉と行動に絶対的な自信を持っているように見えた。そんな自信たっぷりの雅緋という人間を受け入れることは出来ないが、それでも否定したいとも思わない。
「朝顔が咲いていたのよ」
「そうね、そういう季節だものね」
「そうじゃなくて、あなた何も感じなかった?」
「朝っぱらから花を見てロマンチックになれというの?」
「そう、それならいいわ」
そう言うと、雅緋はふっと息を吐き出してから――
「何かの気配を感じたということ?」
それを聞いて、芽衣子はやっぱりと思う。
「ねえ、あなた、新妻靖子って憶えている?」
なぜ雅緋に新妻靖子のことを聞いたのかには一つの事情がある。
昨年、雅緋が休むまでの一週間の間、雅緋は誰とも話をしようとはしなかった。クラスメイトも彼女のオーラに誰も寄り付こうともしなかった。だが、そんな中で唯一、彼女に話しかけたことがあるのが新妻靖子だったからだ。
私の問いかけに一呼吸置いてから――
「知らないわ」
雅緋はアッサリと言った。それが本当かどうかはわからないが、雅緋にとってさほど重要な存在と感じていないのは確かだろう。
それも仕方ないだろう。
きっと芽衣子が雅緋の立場ならば、やはり同じ印象を持ったことだろう。
新妻靖子はそういう少女だった。
そして、あの『植物園』と呼ばれる家は、彼女の祖母の家だった。