9.共に手を繋いで 【出会い編end】
ロンダの思いを聞いた私は、我を忘れて、泣きながら怒ってしまいました。だって、いくら私の為とはいえ、ロンダが黙っていなくなるなんて、許せなかったのです。大声を出して、わんわん泣いて、そのまま倒れてしまいました。
自分の体力のなさが恨めしいです。
朦朧とする意識のなか、私はロンダが消えませんように、と願い続けました。
「んっ……」
目を開くと、花のいい香りがしました。香りにつられて目をむけると、オレンジ色の鮮やかな花が見えます。
瑞々しい花びら。摘みたての香りがして、瞬きを何度もしました。
これは、カーネーション?
あれ? カーネーションの花は一輪ずつ押し花にしたはずなのに、どうして……
──がばっ
あることに思い当たって、体を起こします。久しぶりに起きたのでくらりと目眩がしました。頭を軽くふるい、カーネーションをじっと見ます。花瓶の横には、手紙があって、封蝋の家紋に目を見張りました。
これ、アルファ様の……
急いで封を開け手紙を見ると、休みに来ると書いてありました。
ドクン、ドクン……
心臓が早鐘を打ち、手が震えてしまいます。
アルファ様が来ている……?
ロンダは……?
どうなったの……?
私は身を起こして、着替えもしないまま、部屋から飛び出しました。
*
部屋を出ると、お母様とロンダがいました。私の姿を見ると、驚いて二人が近づいてきます。
「ミランダ! 大丈夫なの?!」
よかった。
ロンダがいた。
ほっとしてしまい、足元がふらつきましたが、なんとか両足を踏ん張ります。
「大丈夫……ロンダこそ……居てよかった……」
「心配かけて、ごめんなさい……」
ロンダがぎゅっと抱きしめてくれました。
ますます安心して、私も抱きかえします。
「ミランダ。アルファ様がいらっしゃっていたわ……」
ロンダの声に肩が跳ねました。ロンダはゆっくり私から離れます。
「アルファ様に全部話したわ。身代わりのことも何もかも」
心臓が鷲掴みされたかのように苦しくなります。
知られてしまった……
アルファ様はきっと、軽蔑なさったわよね……
だって、私はずっとあの方に嘘をついていたんだもの。
「ミランダ、大丈夫。大丈夫よ」
震えだした背中をロンダがさすってくれます。
「アルファ様は許してくださったわ」
「えっ……」
「許してくださった上で、ミランダを婚約者にしたいって言ってくれたわ」
その言葉に、一筋の涙が流れました。
信じられなくて、でも嬉しくて。
言葉にならない思いが込み上げけてきました。
「あとは伯爵夫妻のご判断を待つだけだけど、アルファ様はご夫妻がなんと言おうと、気持ちは変わらないって言っていたわ。大丈夫。きっと、うまくいく」
「ロンダ……」
「私の勝手な行動があなたを傷つけた。いくら謝っても、謝りきれない。ごめんなさい……」
「そんな! ロンダは悪くない。私だって、身代わりだと知りながら、アルファ様に嘘をつき続けた。違うって、いつだって言えたはずなのに……」
それをしなかった。
いいえ、したくなかった。
だって、私は……
「アルファ様に会えなくなるのが嫌だった。また会いたくて、私は嘘をつき続けたの!」
彼のまっすぐな瞳が見たくて。
あの照れたようなしぐさが見たくて。
優しい微笑みが見たくて。
声が聞きたくて。
本当の婚約者じゃないくせに、私は嘘をつき続けた。
ロンダの幸せとか、尤もな言い訳を自分の中に作って、私はこの状況に甘んじていた。私は浅ましいわ。
「アルファ様が、好きなのね」
ロンダの言葉に、こくりとうなずきます。
あの高い背が好き。
低くつぶやかれる声が好き。
まっすぐ見つめる瞳が好き。
私を思いやる優しい心が好き。
いつから? たぶん、出会った瞬間から。
私はアルファ様に恋をしていたの。
「アルファ様が好き。すごく好き」
止まらない涙と共に私の思いも流れて落ちていくようでした。
ロンダが抱きしめてくれる。お母様も肩を抱いてくれる。
二人に慰められて、心の曇りが晴れていきます。
そっか、私、ずっと言いたかったのね。
アルファ様が好きだって、言いたかったんだわ。
数日後、私たちの元に伯爵夫人から家への招待状がきました。
婚約の話をするために、私とロンダ、お母様の三人で、辺境の地へと行くことになりました。
ーーーーー
伯爵家は、古城でした。
敷地は広く、見渡すかぎり緑の平原が広がっていて、とても静かです。
扉を開いてすぐの玄関ホールも広く、かつては兵士たちの診療所として使われていたそうです。
古いながらも掃除が行き渡っていて、そこに住む人たちの丁寧な暮らしぶりが伺えました。
アルファ様が生まれ暮らしている場所。
私は観光地でも来たみたいにほうと息を吐いてしまいました。
執事の方に案内されて、ひときわ大きなサロンスペースに通さました。出迎えてくれたのは伯爵夫人です。アルファ様はいませんでした。初めて会ったときと同じく、穏やかな笑みを浮かべていました。
「遠いところをようこそいらっしゃいました」
「お招き頂きありがとうございます」
お母様が一歩前に出て、深く頭を下げます。私とロンダもそろって、頭をさげます。お母様は頭を下げたまま、話だしました。
「この度は誠に申し訳ありませんでした。婚約破棄をされても何もいえない身ですのに、このように話す機会を与えてくださり感謝しております」
「まぁまぁ、そんな堅苦しくなさらないで、カリム男爵夫人。さぁ、座ってください」
私たちは夫人に促されるままソファに腰かけました。夫人が目で合図を送ると、執事の方がお茶を運んできてくれました。
「さぁ、お茶をどうぞ。私の大好きなミルクティですのよ。温かいうちに召し上がって」
ちらりとお母様を見るとうなずかれました。私はティーカップを持ちました。カップを持ち上げただけで、茶葉の豊かな香りがただよいました。香りに誘われるがままお茶を口に含むと、砂糖の甘味と、茶葉のほろ苦さが絶妙にまじりあって口に広がります。
「「おいしいです」」
一言呟くと、ロンダと私の声が重なりました。
「まっ、ふふ。さすが双子だわ。息がぴったり」
私は気恥ずかしくなってしまって、首をすくめて、いそいそとカップをソーサに置きました。夫人はくすくす笑いながら、私たちを交互に見ました。
「どちらがロンダ様かしら?」
「私です」
「そう、あなたが。お手紙、読ませて頂きましたよ」
その言葉に、緊張感が走ります。
「とても誠意のある言葉で綴られていました。そして、とても妹さんとアルファのことを案じているのが分かりました」
穏やかな声が続きます。
「手紙を見て、アルファ自身に尋ねた結果、私たちは、ロンダ様とアルファの婚約解消することに決めました。そして、ミランダ様とアルファの婚約を申し込みたいと思っています。いかがでしょうか?」
夫人の言葉に涙がこぼれました。ロンダもお母様も目頭が熱くなってます。
「ありがとうございます。でも、私達は偽証の罪があります。それは娘を止められなかった私、親の責任です。どうか、娘達には、何のお咎めもないようにしてください」
「お母様!」
「あらあら。罪だなんて、そんなこと思ってないですよ」
夫人が私を見ます。
「ミランダ様」
「……はい」
「あなた、首のところにホクロがあるんじゃない?」
夫人の話通り、私には首のところにホクロがあります。
「はい」
「初めてお会いした時にね、首に可愛らしいホクロに気づいたの。ほら、私、あなたに近づいてお話ししたでしょ? その時にみつけたのよ。ふふっ、私、目だけはいいの」
そうだ。アルファ様とお話しする前に夫人と話しました。
「最初に出会ったのが、――あなただった。とっても可愛らしいお嬢さんで本当に嬉しかったわ。そして、そのお嬢さんとアルファが婚約してくれるんだもの。こんなに嬉しいことはないわ。たとえ、あなたが名前を偽っていたとしても、私は許します。だから、アルファと婚約してくださいますか?」
優しい夫人の言葉に、こくこくと頷きます。夫人は満足そうに微笑むと、アルファ様を呼びました。
しばらくして、アルファ様が部屋に入ってきました。
私は立ち上がってアルファ様の元に駆け寄ります。
「アルファ様……私……」
「もう、いい。もう、いいんだ」
困ったような優しい微笑み。それを見て涙を拭います。
「ミランダ……」
初めて呼ばれた名前にドキドキしながら、アルファ様を見つめます。
「君の婚約者になりたい。婚約式をしてくれないか?」
涙があふれ、こぼれ落ちました。そして、ありったけの思いを込めて私は笑いかけます。
「はい、喜んで」
そして、一ヶ月後のよく晴れた日。私たちは、婚約式をしました。
ーーーーー
「いい婚約式でしたわね」
「本当に」
家族に見守られて行った婚約式はおごそかな雰囲気で行われました。そして、式が終わった私達はお食事会をするため、その足で歩いているところです。
先頭はお母様方、そのすぐ後ろをお父様方が歩いています。
アルファ様のお父様に初めてお会いしましたが、アルファ様にそっくりでとても驚きました。
年を重ねたアルファ様に出会えたようで、思わず微笑んでしまいました。
「本当によかったわ。次は結婚式ね。ねぇ、結婚式は、いつにしましょうか?」
伯爵夫人の言葉に私達の足が止まります。
結婚式!?
今、婚約式をしたばっかりなのに!?
おろおろしだす私をよそに、お母様方の話は盛り上がってきます。
「そうですね…一年後とかでしょうか?」
え!? 一年後なの!?
「あら、もっと早くてもいいんじゃないですか? 半年後とか」
ええ!? 半年後なの!?
「では衣装の用意をしなくてはいけませんね」
「ぜひ私にも衣装選びに参加させてください。きっとミランダさんなら、真っ白なドレスが似合いますわ」
「それもいいですね。ミランダはオレンジが好きなので、オレンジ色のドレスでもいいのかもしれません」
「まぁ、素敵! きっと、ミランダさんに似合いますわ! ね、アルファもそう思うでしょ?」
不意に話をふられたアルファ様は少し考えた後、おっしゃいました。
「彼女ならその色が似合うと思う」
「そうよね!」
「ただ…」
「なぁに?」
「婚約式も終わったばかりだ。少し落ち着いたらまた結婚式の話をしたい」
「あらそう? もう今日にでも選びに行きたいのに。まぁ、あなたがそういうなら…でも、ドレスは一緒に選びましょうね! ね、ミランダさん」
「はい…」
夫人の押しの強さに負けて返事をします。
結婚式…
そしたら私は、アルファ様の奥様に…?
そこまで考えて頬が赤くなりました。すごく恥ずかしくて、でも嬉しくて、ふわふわした気持ちになります。
「母上がすまない…」
夫人には聞こえない小声でアルファ様が私に話します。
「いえ…嬉しいです」
微笑んで言うと、アルファ様も微笑まれます。その顔がふいに真剣な眼差しになります。
「落ち着いたらと言ったが…」
「?」
「そう遠くない未来にしたい」
アルファ様が歩みをとめ、私を見つめます。
「君をミランダ・アールズバークにしたい」
「近いうちに必ず」
その言葉に心臓がドキンと跳ねました。嬉しい言葉にありったけの思いを込めて私は言います。
「はい、喜んで!」
アルファ様が微笑みながら手を差し出します。その手に自分の手をのせると、しっかりと握られました。
共に手をとり歩み出した私達の指には、婚約式で交わした指輪が光っておりました。
出会い編end
出会い編、終わりました!
ここまでお読みくださりありがとうございます。
出会い編はじれじれ、にやにやする話にしよー!と思っていたのに糖度が足りないです、全然。
なので、ラブコメ色を強めようと思っていた婚約編を糖度上げるために修正中です。
お待ちくだされば、幸いです。
出会い編はあと1話、小話にロンダと、ヨーゼフの話をはさみます!
では、婚約編で、できればお会いいたしましょう!