かまってほしい sideアルファ
ミランダが屋敷の夫人となって一ヶ月が経った。私は実質伯爵を受け継いだ。父上の仕事はまだあるが、母上との時間はぐっと増えた。今、二人は屋敷ではなく近くの別荘にいる。侍女を一人連れて。父上の世話を甲斐甲斐しくしてやるのだと母上は意気込んでいた。
そんな両親の意向を汲み、屋敷の取り仕切りはミランダが主になっていた。不慣れながらも、彼女は懸命に家のことをしてくれている。それ自体は感謝している。感謝しているのだが…
「奥様。孤児院へのクリスマスプレゼントのリストがきました」
「ありがとう、マールさん。一緒に見てくだいますか? まだ子供達の名前や欲しいものを覚えてきれていないから。なるべく欲しいものを贈りたいわ」
「左様でございますか。それなら――」
「…………」
「奥様。ツリーの飾りつけはどうしますか? 手が回らないようでしたら、こちらでやりますよ?」
「まぁ、大きなツリー! マールさんのお話が終わったら、ぜひ手伝わせて」
「…………」
「奥様! 見てください。新作のクッキーです! ほらクリスマスっぽいでしょ?」
「あら、可愛らしい。これ、包んで子供達に渡せないかしら?」
「それはよいですね」
「じゃあ、俺は色んな形に作ったりしてみますね!」
「ふふっ。お願いします」
「…………」
いや、よくやってくれてるんだ、本当に。私と会話する暇もないほど。
特に今はクリスマスシーズンで孤児院へのクリスマス会に向けて準備が忙しい時期だ。
誕生日プレゼント選びは代々夫人の役目だ。その役目をミランダは楽しんでやってくれている。それは結構なことなのだが…
寂しいんだ。
かまってもらえなくて。
そんな子供っぽいことを言えるはずもなくミランダを目で追うだけの時間。
空しい…
「坊っちゃん! そこどいてくださいまし!」
アリアに言われて席を立つ。居場所がない。ため息をついて庭に出てみた。
庭を歩いていると、ミランダの姿を見かけた。その様子に立ち止まる。
「まぁ、じゃあクリスマスリースにはこのお花を使おうかしら」
「はい。ミランダ様。乾燥させれば美しい赤が残ります。その…ミランダ様によく似合う花になるでしょう」
「まぁ、ふふ。楽しみだわ」
――ブチッ
私は嫉妬深い男だとよく理解している。だから、新しい若い庭師と楽しげに話している光景など許せるはずもなかった。
無言のまま二人に近づく。そして、ミランダの手をとった。思いの外、冷たい手。そんな手になるまで話し込んでいたことに腹が立つ。
「アルファ様…」
驚いたミランダの顔を見てから、庭師の顔を見ておく。庭師はあんぐりと口を開いてこちらを見ていた。年はミランダと同じくらいかそれより年下かもしれない。
「話があるんだ。少しいいか?」
「あ、はい。じゃあ、お花をお願いしますね」
「は、はい!」
ミランダの冷たい手を引いて、わざと腰に手をかけた。頬にキスをしながら「行こうか」と声をかける。チラッと見ると庭師は赤面していた。それに少しだけ優越感を覚える。我ながら小さい…
そのままミランダと歩き出した。
「アルファ様、お話ってなんですか?」
「あぁ、それは…」
しまった。庭師から引き離すことばかり考えて何を話すかまで考えてなかった。
「アルファ様?」
本当の理由を言ったら、子供っぽいと呆れられるだろうか。しかし、嘘を付くのも変だ。迷った末、本当のことを口にする。
「かまってほしくて…」
「え?」
格好が悪くて視線を逸らす。
「ミランダが夫人としての務めをよくしてくれているのは分かっている。分かっているのだが…」
チラリとミランダを見る。吐く息は白く、頬は赤くなっていた。無垢な瞳が言葉の続きを待っている。
「…休みの時ぐらい。私をかまってほしい」
情けないほど小さな声になった。格好が悪いと思っても言葉に出すと不思議と心のモヤが晴れる。それは、きっとミランダが受け入れてくれると信じているからだ。
ミランダが手を繋いだまま、背伸びする。顎に唇の感触。軽いそれはいつもの熱はなく冷たかった。
「ごめんなさい、アルファ様。せっかくのお休みですのに、お話ができなくて」
寂しい思いをさせたと感じてくれのか、しゅんと項垂れる。それに愛しさが込み上げた。
「だったら今、満たしてくれ」
そう言ってミランダに口づける。冷たい口に熱を与えたくなった。
「もっと口を開いて。冷たくなっている」
「そ、それなら…お屋敷に入った方が…」
「ダメだ。屋敷に入ったらまた、ミランダが囲まれる。だから、ほら」
促すと恥じらいながら口が開いた。それにくすりと笑う。たぶん今自分は悪い顔になっているだろう。しょうがない、嬉しいのだから。
薄く開いた唇に熱を送るように塞いだ。
かまってほしいなんて、子供っぽくて格好が悪いがそれでもいい。というか、ミランダにお願いをする時はこの方法でいこう。新しい玩具を見つけた子供のように私は一人、喜んでいた。
◇◇◇
「そうだ。アルファ様にも手伝ってもらいましょ!」
屋敷に戻ったミランダがツリーを前にパンと手を叩く。その意味が分からずに黙っているとツリーの飾りつけを手渡される。クリスマスツリーの飾りつけをなんて子供の時以来だ。少し恥ずかしいが、協力する。
「アルファ様! そこです! 星の飾りは!」
「………」
「違います、坊っちゃん。もう少し上です」
「………」
「いいです! はい。次はこちらを!」
「………」
侍女やミランダ達に囲まれてクリスマスツリーの飾りつけの指示を待つ。なんだ、この状況は…
「やっぱり、アルファ様がいると上の飾り付けもしやすいですね」
「そうですね。坊っちゃんの背の高さが役に立ちます。毎年、してもらいましょう、奥様」
「いいですね! そうしましょう」
「坊っちゃん、手が止まってますよ」
「………」
こうしてツリーの飾りつけは私の担当になった。毎年のようにそれは行われ、ツリーの飾りつけができないから、さっさと仕事を終わらせてくれと言われるまでになっていくのだった。
◇◇◇
一日が終わり、ベッドの上でミランダと二人きりになる。この時間が私にとって至福の時間だ。誰にも邪魔されずにミランダにベタベタ触れる。今日もミランダを後ろから包み込むように抱きしめている。向き合って抱きしめたいが、それだと話ができずじまいになってしまうので、最近ではこの体勢で話をするのが定着している。
「今日はありがとうございました。アルファ様とクリスマスの準備ができて楽しかったです」
「私もミランダとできて楽しかった。家族とクリスマスを祝えるのはいいものだな」
自分が仕事を始めてからこんな風に賑やかにクリスマスの飾りつけをしていなかった。クリスマスに戻れない日々も多かった。母上には随分と寂しい思いをさせていたに違いない。
過去は取り戻せないが、未来はどうにかできる。私はひそかにミランダとは毎年、欠かさずクリスマスを祝おうと決意した。
「楽しみですね。クリスマス。アルファ様とお祝いできるなんて夢みたいです」
「そうだな…だが、来年は二人ではないかもしれないぞ」
「え?」
するりと彼女の腹を服越しに撫でる。意味がわかったのか、ミランダの顔がポッと赤くなる。
「ミランダは、早く子供が欲しいみたいだから、協力は惜しまない」
そう言うと、ミランダがあたふたし出した。
「明日はお仕事ですので…その…控えめにしてください…ね?」
そう言われ、呆気なくスイッチが入った。
「ミランダで満たされると仕事が捗るんだ」
「そ、そうなのですか?」
それは本当だ。またミランダに会いたくていつも以上に仕事の効率が良くなる。
「だから、協力してほしい」
そう言うとミランダは手を握ってハキハキとした口調で言う。
「分かりました! お任せください!」
気合いが入った彼女に笑いながら、抱き寄せる。
かまってもらえなかった分、その夜はミランダへ愛情をとことん注いだ。